ゼニスは視界の隅で笑う~争いはバトルで裁かれる、監視社会の現代版コロッセオ~

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第3話:退院の兆しと小さな不安

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コン、コン。

さっきまでの静けさが嘘みたいに、
軽いリズムのノックが病室に響いた。

返事をする間もなく、扉がそっと開く。

看護師が顔をのぞかせ、
わたしを見るなり ぱっと 驚いた表情を浮かべた。

「七瀬さん……! 起き上がっても大丈夫ですか?
 どこか痛いところはありませんか?」

心配そうな看護師の顔を見ながら、

「え……あ、はい。大丈夫……だと思います」

声が自分でも驚くほどかすれていた。

起き上がるのが不思議なくらい、
わたしは寝ていたのかな?
まぁ……事故があったことを考えれば、
当たり前の反応かもね……ふふっ……

そのあたりに関しては、
あえて口にすることをやめた。

看護師は、わたしの座った姿勢をもう一度確認するように見つめてから、
小さく息をついだ。

「……起き上がれているんですね。本当に……良かった……」

その声色は、安心したような、
でもどこか......驚きをまだ引きずっているような響きだった。

看護師は、わたしの様子をもう一度確認してから、
小さくうなずいた。

「では、先生を呼んできますね。
 少しだけこのまま待っていてください」

そう言って、慌ただしく部屋を出ていった。

扉が閉まる音が遠くに消える。

そのタイミングで、
わたしはゼニスに問いかけた。

「ねぇ……わたしって、そんなに寝てたわけ?」

((——はい。あなたの睡眠時間は長期に分類されます。
 ただし詳細な経過は……あなたが望むのであれば、お答えします。))

「うわ、なんか言い方が怖いんだけど……」

胸のざわつきが、さっきより少し強くなったかも......

ゼニスの一言で、
わたしは——全てを悟ったような気がした。

おそらく、数日……?
いや、あの看護師の表情からして……
数ヶ月でもおかしくない。

きっと、そうなんだろう。

理解した瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
けれどその痛みを、わざと深く追わないようにした。

なにも考えないことにしよう。
だって生きてるし、
こうして……目覚めることができた。

それだけで十分だと、
自分に言い聞かせるように納得させた。

静かな病室は、
わたしの胸の鼓動だけが響いているような気がした……。

……と、その静けさを破るように。

コン、コン。

さっきの看護師よりも、
わずかに重みのあるノック音。

扉が開き、
白衣をまとった初老の医師と、
その少し後ろに先ほどの看護師が控えるように立っていた。

白髪混じりの髪はきちんと後ろへ撫でつけられ、
深い皺の刻まれた目元には、
長年の臨床で培われた観察の癖が宿っていた。

「……七瀬さん。目が覚めたと聞きました」

低く落ち着いた声。
でもどこか、慎重に言葉を選んでいるような響きがあった。

後ろの看護師は、
わたしの表情と体の状態を気遣うように、
そっと医師の横へ並んだ。

医師はベッドのそばで立ち止まり、
まるで経過の記録と一致しているか確認するように
じっとこちらを見つめた。

「体の具合はどうですか?痛みや違和感はありませんか?」

優しい声色。
けれどその奥には、
わたしの返事を推し量るような静かな圧が潜んでいた。

医師はカルテを確認しながら、
いくつかの質問を淡々と投げかけてきた。

「頭痛はありますか?」

「……少しだけ。でも我慢できる程度です」

「吐き気は?めまいは?」

「いえ……特には」

「指先は動きますか?」

医師の言葉に合わせて、
わたしはゆっくりと両手の指を開いたり閉じたりしてみる。

「大丈夫……だと思います」

淡々とした会話が続く。
でも、その中で医師の視線だけは、
どこか慎重すぎるほどにわたしを追っていた。

一通り答え終えると、
医師は深く息をつき、カルテを閉じた。

「大きな問題は……今のところ見当たりません。
 念のため、いくつか検査を行いますが——
 問題がなければ、退院の方向でお話を進めましょう」

へぇ……意外にも退院できるんだ。
医師が言ってるんだから、大丈夫ってことなのかな?

その時、頭の奥でゼニスの声がそっと揺れた。

((——退院は……安全性が確保されているからこその判断、です。))

「まぁ……そうなんでしょ……ふふっ……」

自分に言い聞かせるように小さく笑ったその直後、
頭の奥でゼニスの気配がふっと静かになった。

その様子に気づくはずもなく、
医師は軽くうなずき、カルテをめくりながら
淡々とした口調に戻った。

「では七瀬さん。これからいくつか検査を行います。
 血液、CT、簡単な神経反射のチェック……といった基本項目です。
 どれも大きな負担にはなりませんので、ご安心ください」

看護師が横で小さく頷き、
必要な準備を確認するように視線を落とす。

「結果に問題がなければ、退院の日程を調整しましょう。
 あまり緊張なさらずに、ゆっくりで構いませんよ」

そう告げると、医師と看護師は
静かに部屋を後にした。

閉まった扉の向こうで、
かすかに足音が遠ざかっていく。

退院できるんだ……。
どのくらい寝ていたのかはわからないけれど、
それでも——やっぱり嬉しい。

そんなことをぼんやり考えていた、そのとき。

ドアが開き、看護師が顔をのぞかせる。

「七瀬さん、失礼しますね。
 検査は明日の予約がとれました。ですので、今日はゆっくり休んでください」

そう言って、にこやかに微笑む。

「検査の結果に問題がなければ、明後日には退院できる予定です。
 その際の手続きなどは、また明日ご説明しますね」

退院——
今度は少し現実味を帯びて、その言葉が胸に落ちていく。

看護師は軽く会釈して、そっと扉を閉めた。

また静けさが戻る病室で、
わたしは嬉しさと、ほんの少しの不安を胸の奥にそっと押し隠すように、深呼吸をした。
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