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7 謝罪
しおりを挟む私が俯いていると、神崎さんがやわらかく言葉を添えた。
「もしかしたら、仕事のあとに同僚たちと交流を深めていたのかもしれない。それも、仕事を円滑に進めるための努力だと、僕は思う」
その声は、穏やかだった。
倫太郎を庇うというより、私がこれ以上傷つかないように、慎重に言葉を選んでいるように思えた。
「すみません、気を遣わせてしまって……」
「いや、そんな――」
「神崎さんの話を信じられないわけじゃないんです。ただ……たぶん私は、倫太郎が嘘をつき続けていたことを、信じたくないんだと思います」
もう、倫太郎が嘘をついていたことは分かっている。
けれどそれを認めた瞬間、私たちの年月までもが、全部嘘になる気がして――。
倫太郎を信じてきた自分の心まで、間違いだったと突きつけられるのが怖かった。
きっと私は、倫太郎を疑うことよりも、自分の想いを否定することのほうが、ずっと怖いのだ。
「……紬」
凛音が優しく背を撫でてくれる。
「うちの社員が申し訳ないことをした」
何も悪くないのに、神崎さんが倫太郎の代わりに頭を下げてくれた。
謝ってほしいわけじゃなかったけど、誠実に対応してくれる彼に、少しだけ心が救われた気がした。
「神崎さんが謝る必要なんてありません。……でも、私のために時間を割いてくださって、ありがとうございました」
本当なら、今頃神崎さんは、会社の仲間たちと楽しく飲み会に行っていたはずだ。
それなのに、部下のプライベートのことまで尻拭いをさせられるなんて、たまったもんじゃないだろう。
けれど神崎さんは、最後まで私たちに付き合ってくれた。
その後、神崎さんがスマートに支払いを済ませ、店を出てお礼を言う前に、高級車が止まっていた。
運転手が扉を開ける。
「今夜は遅いし、家まで送らせてください」
その言葉で、神崎さんが車を用意してくれていたことを知り、思わず目を見張った。
まさか、神崎さんがここまで気を回してくれていたとは――。
「ありがとうございます。助かります」
凛音は軽く微笑み、自然にお礼を告げると、迷うことなく車に乗り込む。
でも、私はその場に立ち尽くしたまま、どうしても一歩を踏み出せなかった。
「僕に家を知られたくないなら、家の近くまででもいい。送らせてくれませんか? もう暗いし、ひとりで帰らせるのは心配だから」
「……ぇっ、」
当たり前のようにそう告げられて、私は思わず口を開けてしまった。
仕事に疲れて外に出る気のない倫太郎に、深夜でも「食べたいものがある」と頼まれ、仕方なく買い物に行っていた日のことを思い出す。
あのころは上京したばかりで、夜道を歩くのも怖かった。
本当は一緒に行きたかったけれど、倫太郎が不機嫌になって不貞寝してしまうのがわかっていたから、私は黙って財布を手に取った。
それをきっかけに、彼は時々、当たり前のように深夜の買い出しを頼むようになった。
私はどうしても夜道が怖くて、少しでも出歩かずに済むよう、事前に軽食やお菓子、酒などを冷蔵庫にストックすることにした。
けれど、私が用意したものを食べて満足した倫太郎は、結局すぐに眠ってしまう。
どんなに気を配っても、一緒に過ごせる時間は変わらなかったのだ。
(もしあのとき、本音を伝えていたら……何かが変わっていたのかな……)
いや、きっと別れはもっと早まっていただろう。
「広瀬さん?」
沈みそうになった気分の中。
そんな私を救い上げるかのように、柔らかい声が耳に届き、ハッとして我に返った。
「どうかしましたか?」
「あっ。……こ、こんなことしてもらったの、初めてで……びっくりしちゃって……」
しどろもどろになる私に、神崎さんが軽く微笑む。
その笑みには、穏やかさの奥に落ち着きと色気が宿っていて、無意識に目を奪われた。
(……うっ。こんな笑顔、反則……)
「つむぎー? なにしてるの? 早く乗りなよ」
なかなか車に乗り込まない私を、凛音がキョトンとした顔で首を傾げる。
「行きましょうか」
「は、はい……。ありがとう、ございます」
私が車に乗り込むまで、神崎さんはそっと見守ってくれた。
全ての所作があまりに自然で完璧で、まるで自分がどこかのご令嬢になったかのような気分だ。
比較してはいけないとわかっているのに、今日初めて会った神崎さんの方が、私を大切にしてくれている気がした。
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