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37 どっちもどっち
しおりを挟む「ねえ、でもさ。そもそも西橋くんって、舞華と付き合ってるんじゃなかったの?」
女性社員たちが、ざわついた声で囁き合う。
ふらりと立ち上がった倫太郎は、虚ろな目でその輪を見た。
「彼女じゃない」
短く、低い声だった。
それを聞いた舞華と呼ばれる女性は、信じられないものを見るように目を見開く。
「俺がいつ、彼女だなんて言った?」
「え……?」
「お前が言ったんだろ? 『二番目でもいい』って。お前はあくまでも、紬の代わり。だから、彼女でもなんでもないんだよ」
「っ…………酷い!!」
泣き出した舞華さんに、同僚たちが慌てて駆け寄る。
「いつも家のことさせられて、自分は何もしない。感謝の言葉すらなくて……。でも、西橋くんのことが、好きだったから……」
かすれた声でそうつぶやく舞華さん。
倫太郎は、私にしたことと同じことを、他の人にもしているようだった。
ただ、今回は社内の女性が相手だったため、痛烈に批判される。
「女性が家事をするのが当たり前じゃないんだからね」
「そうよ、今の時代は協力し合うものよ!」
友人たちが舞華さんの肩を抱く。
倫太郎は、再び針の筵の中に立たされる。
「……俺だって、心の中で感謝してた」
ぽつりと、倫太郎が言った。
その声には悔しさが滲んでいた。
「心の中で思ってても、意味ないから。それに、アタシが家事をしてる時、いつもソファで寝転びながらスマホをいじってたじゃない。他の女の子と連絡とってるの、知ってるんだから」
「っ、」
舞華さんの暴露に、倫太郎の口が動く。
けれど、もう言葉にはならなかった。
(でも……倫太郎だけが、悪いのかな?)
肩入れしているわけではない。
ただ、二番目でもいいからと、相手に恋人がいるとわかっていてアプローチするのも、正しいとは言えない気がする。
責められるべき点は、双方にあるはずだ。
そのとき、静かな声が空気を割った。
「うーん。そもそも、相手に恋人がいるとわかっていて付き合おうとする気持ちが……僕にはよくわからないな」
「「っ、」」
神崎さんの口調はあくまでやわらかい。
責めるような言い方ではないのに、その一言が場の温度を一瞬で変えた。
女性社員たちが顔を見合わせ、次第に口を閉ざしていく。
誰が悪い、と単純に断じられない現実が、ようやく皆の中に広がったのだ。
「ねえ、舞華。二番目でもいいって言ったのは、本当なの?」
「私たちには“社内恋愛だから内緒にしてる”って言ってたよね?」
「そ、それは……!」
動揺した舞華さんの言葉が詰まる。
どうやら嘘をついていたらしい。
そして、別の同僚が冷ややかに言った。
「そういえば、前に私の彼氏のことも“素敵”って言ってなかった?」
「ち、違うっ! 友達の彼氏を取ろうなんて思ってないからっ!」
「……友達じゃなかったら、いいの?」
「っ……」
その瞬間、彼女の味方をしていた人たちも、そっと距離を取る。
友情が、音もなく崩れ落ちていくのが見えた。
なんとも言えない空気が流れる。
その沈黙を破ったのは、また神崎さんだった。
「でも、紬さんは今は僕とお付き合いしていますし、西橋はフリーです。だから、西橋は浮気をしたわけではないし、岸井さんは“二番目”だったわけでもない。行き違いはありましたが、普通の恋人同士です。堂々としていればいいのでは?」
「「っ……」」
その言葉に、舞華も倫太郎も一瞬息を呑む。
まるで励ましのようでいて、どちらにも肩入れしない絶妙な言葉だった。
ふと見ると、倫太郎が凍りついたような目で私を見ていた。
こんなはずじゃなかった、そんな感情がにじみ出た、助けを求めるような視線。
けれど私は、ただ静かにまぶたを伏せて、そっと彼から目を逸らした。
結果として、彼らは“どっちもどっち”という印象だけを残し、周囲の関心は静かに引いていった。
重たい空気の中で、神崎さんが私の手を取る。
「……そろそろ行きましょうか。明日は、大切な日ですしね」
その声に促され、私はいまだに言い争う倫太郎と舞華さんを残してその場を離れた。
外に出ると、神崎さんは少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「すぐに駆けつけられなくてすみません。彼、実は地方に異動していたので。まさかここに来るとは思っていなくて……」
そして、最近のことを話してくれた。
倫太郎は仕事で大きなミスをし、左遷されたのだという。
同情は――しなかった。
ただ、これ以上誰かを巻き込まないことを願うばかりだった。
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