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49 わかってると思うけど
しおりを挟む翌朝、利仁さんは「お土産を買いたくて」と言って一度外へ出ていった。
地元で過ごせる最終日。
私は両親とこたつでテレビを見ながら、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことができた。
そして、夕方。
――戻って来た利仁さんは、ひとりではなかった。
「紬さん、ちょっといいですか?」
利仁さんの後ろに、見慣れた人影が二つ。
ひとりは幼馴染の正義くん。
そして、その隣には――目の下に深い隈をつくり、どこか影を引きずった栗原くんが立っていた。
「……栗原、くん?」
私が名を呼ぶと、彼は小さく身をすくませ、深く、深く頭を下げた。
「西橋の話を鵜呑みにして、広瀬さんを傷つけたことを……謝りたくて……」
思いがけない来訪に息を呑む。
次に会うのは、いつかもっと落ち着いたときだと思っていた。
(それに、利仁さんは、どうやって彼らと連絡を取ったの……?)
そんな疑問が胸をよぎったけど、利仁さんの横顔を見ると、すぐに察した。
彼は、わだかまりを残したまま、私が地元から離れるのは嫌だったのだろう。
その静かな気遣いが胸に沁みた。
「西橋には、借用書を書いてもらった。神崎さんが、一緒に行ってくれて……」
「えっ……」
差し出された封筒の中には、三百万円の借用書が入っていた。
「三百万円……だったの?」
「ああ……。あいつに貸した金は……ばあちゃんの遺産だったんだ。すごく、大切なもので……。だから俺……本当に……ごめん……」
そう告げた栗原くんの声は震え、悔しさと情けなさで滲んでいた。
(だからあれだけ落ち込んでいたのね……)
ショックだった理由がようやく腑に落ちた。
古くからの友人に裏切られたことだけじゃない。
大切な家族の遺産を、本来の目的とは違って、倫太郎の遊びや見栄のために使われそうになったからだ。
それを、きちんと借用書として形にできたのは、不幸中の幸いだった。
けれど――。
「でも、私たちには三千万って……」
問い返すと、利仁さんがわずかに眉を下げた。
「それは、西橋が抱えてた“借金の総額”だったんです。ご両親が一緒に返そうと話してくれたので、総額を伝えたのだと思います」
「……」
結局、借金は三千万あるようだ。
吐き出した息の重さに、自分でも驚く。
西橋家のこれからの苦労が、容易に想像できた。
そんな私の胸中を察したように、栗原くんが勢いよく頭を下げる。
「広瀬さんを、悪者だと思って……責めた……。俺は、正義のヒーローぶった加害者になるところだった。最低だよ。もう、どんな言い訳もできない。本当に……ごめん……」
ぽた、ぽた、と涙が落ちる音が聞こえた。
私の胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「……もういいよ」
自然と、そう口にしていた。
「だって……栗原くんも、騙されていた被害者だもの」
栗原くんの肩がびくりと震える。
その顔は、呆然としながらも少しずつぐしゃりと崩れていった。
「ほらね? つ、紬ちゃんなら、絶対許してくれるって、言ったでしょ?」
正義くんが小さく笑って声を添える。
長い前髪の下の目は見えないのに、口元のやわらかな笑みだけで、ずっと見守ってくれていたことがわかった。
正義くんの話によると――
高校ではほとんど関わりのなかったふたりが、今は連絡を取り合う仲になっているという。
そしてあの後、栗原くんは同級生の女子たちにしこたま怒られたそうだ。
けれど、正義くんが間に入ってくれるおかげで、少しずつ許されていくだろう。
「俺……広瀬さんにそう言われる資格なんて……」
「今、ちゃんと謝りに来てくれた。それだけで十分」
涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、栗原くんは何度も頷き、何度も頭を下げた。
「……ありがとう……ありがとう……」
その姿に、私の中の小さなつかえが、すっと消えていった。
彼らを見送って玄関の扉を閉めると、私は利仁さんの方へ向き直り、深々と頭を下げた。
「利仁さん。彼らを連れて来てくださって……ありがとうございました」
「いえ。わだかまりはない方がいいですから」
柔らかい声音。
私にはもったいないくらい、素敵な人だ。
「でも、一言言ってくれたらよかったのに」
「先に話したら、僕を待っている間、紬さんはそわそわして、ご両親とゆっくりできないかな? と思ったんです。でも、すみません、次からは話し――」
そこまで聞いた瞬間、胸の奥が熱くなって、理性が追いつかなくなった。
気づいたときには、私は利仁さんの胸に飛び込んでいた。
「……大好きっ」
息を呑むような間のあと、ふっと優しい笑みの気配が落ちてくる。
その腕が、そっと私を包み込んだ。
「――……紬」
耳元で呼ばれた、初めての呼び捨て。
ドキッとする。
そっと顔を上げると、利仁さんの手が愛おしげに私の髪を梳き、指先が頬に触れた。
「もうわかってると思うけど。僕も、愛してる」
「~~っ!!」
そう言った利仁さんが、あまりにも幸福そうに微笑むものだから、愛おしくてたまらなくなる。
私はまた抱きつき、ただただ、彼に甘え続けた。
◇ ◇ ◇
その日のうちに家族へ別れを告げ、私たちは利仁さんのマンションへ戻ることになった。
私の荷物が運び込まれ、玄関に並ぶ箱の数が増えていく。
――同棲生活の、始まりだった。
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