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52 私は特別な存在 《姫奈side》
しおりを挟む新しいドレスの裾が、夜風で艶やかに揺れる。
磨き上げたヒールを鳴らして歩けば、通りすがりの男たちが一瞬息を呑み、振り返る。
けれど私は、その視線を軽く置き去りにして、煌びやかな職場へと足を踏み入れた。
私が働く高級キャバクラは、シャンパンゴールドを基調にした内装で、豪奢さと落ち着きが調和した空間。
綺麗系、モデル系、派手系──キャストのレベルはどれも高い。
その中でも際立った存在感を放っているのが、他ならぬ私。
――夢咲姫奈だ。
本名は、山寺文香。
“品のある女性に育ってほしい”という願いが込められているらしい。
けれど私は、同級生のキラキラネームを羨ましく思って育った。
地味で冴えない自分の名前が、ずっと嫌いだった。
だから源氏名を得て、可愛い名前で別人のように振る舞える夜の世界は、私にとって生まれ変わったような場所だった。
昼は、事務員。
夜は高級キャバクラの人気嬢――姫奈として活動する毎日。
そんな私の今のお気に入りの太客がいる。
大手神崎グループに勤めている、イケメン。
倫太郎くん、こと――リンくん。
彼はいつも私を「可愛い」と褒めてくれて、いかにも枕目的、という客とはまるで違う。
いやらしい目も向けてこない。
触れてこないけど、私が触れれば拒まれもしない。
その絶妙な距離感が、私の心をくすぐった。
(これだけのイケメンだし、そりゃ本命の彼女くらいいるでしょうね)
そう思いながらも、私は彼の腕に絡みつく。
「リンくんリンくんっ! 次のデートは、夜景を見に行きたい!」
「いいけど……あー、この日は予定があるんだよな……」
スマホのスケジュール帳を見て、言葉を濁すリンくん。
彼女との約束があるのだろうと、女の勘が告げていた。
でも、私は迷わない。
「やだぁ……ヒメナ、リンくんと行きたいんだもん」
上目遣いで甘えれば、彼は少し困った顔をした。
けれど――やっぱり、効いている。
(ほらね。男なんて、こういうのにすぐ落ちる)
わざと語尾を伸ばし、舌足らずな声をつくる。
本当の私はこんなしゃべり方じゃない。
昼職ではきっちり言葉を選ぶし、同級生の前でこんな幼稚な言い回しをしたら、速攻で白い目で見られる。
(自分でも馬鹿みたいだと思う。でも、使えるものは使うだけ)
彼らは“作られた可愛さ”に弱い。
演技だとわかっていても、可愛いと思ってしまう――そういう生き物。
だから私は、それをよく知っていて、利用する。
「ねぇリンくん、おねがぁいっ♡」
「……まあ、いいか。行こう」
「っ、やったあ♡」
その瞬間、全身がゾクッと震えるほどの快感に包まれた。
彼女より私を選んだ。
その事実が、最高に気持ちよかった。
そしてリンくんといろんなところへ旅行に行き、女子たちが羨ましがるような豪華なホテルに宿泊する。
将来有望なイケメンを連れ歩くこともそうだけど、自分も楽しめるし、映える料理の写真をSNSに投稿すると、たくさんのいいねがもらえた。
もちろんその映えスポットは、可愛い私をより際立たせるためのもの。
大金を叩き、メスを入れて整えた顔と体は、私の最大の武器だ。
『姫奈ちゃん、マジで超可愛い』
『髪もネイルも真似したい!』
『過去一更新! かわちぃ♡』
『顔面強すぎ。天使?』
コメント欄は称賛の言葉であふれる。
フォロワーがどんどん増えていき、私はみんなの人気者になりたくて、どっぷりとハマっていった。
けれど、その欲はじわじわと昼の生活を蝕んでいた。
「はあ……昼職、マジでかったりぃ……。二日酔いだし、ムリ。今日、休も」
最初はお金のための副業だった。
それがいつのまにか本末転倒で、夜のきらめきのほうが本業になりつつあった。
(でも私は大卒だし、昼も働いてるし、ここにいる誰より賢いんだから)
そう思い込みながら、いつしか周囲のキャストを見下すようになっていた。
――一般人から見れば、私も他のキャストも、みんな同じように見えているのに……。
このときの私は、自分だけが特別な存在だと、疑いもしていなかった。
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