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しおりを挟むさっきまで叫んでいたことが嘘のように穏やかに笑うジルベルトは、すごく可愛かった。
もう少し話をしたくて、俺はジルベルトが描いてくれたブレスレットの絵を見ながら、真似して描いてみた。
線はブレブレで大きさもバラバラ。
それを見たジルベルトが、ぷっと吹き出した。
俺もつられて笑いながら書き直す。
俺の長い黒髪が何度も机に垂れて、その度に耳にかけていると、ジルベルトがそっと俺の耳元あたりの髪に触れた。
驚いてジルベルトの方を見ると、ぱっと手をあげたジルベルトは、戸惑うように俺に触れていた自身の手を見つめていた。
俺が髪を邪魔くさそうにしていたから、咄嗟に押さえてくれたんだろう。
「髪、切りたいんだけどさ。ダメだって言われちゃって」
「……勿体ないと思います」
「勿体ない? またすぐに伸びるだろう」
「きれい、だから……」
「え?」
小さな声でよく聞こえなかったが、綺麗って言ったのか?
……嫌い、じゃないよな?
聞き直したが、そっぽを向かれてしまった。
「綺麗だから、リオンの黒髪」
ジルベルトの褒め言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
決して俺と視線を合わせようとしないジルベルトが可愛くて、つい頬が緩んだ。
「わかった。じゃあ、切らないでおく」
「……短くても似合うと思いますが」
「敬語じゃなくて良い。普通に話してくれ」
「うっ」
「ジルベルトの方が歳上だろ?」
「リオン、の方が、身分は上。です」
「カタコトだな」
くつくつと笑うと、ジルベルトが少しだけむくれているように見えた。
「髪、結ばないの?」
「ん?」
「昔はいつも高い位置で結んでたから」
「そうだったな。あの髪型、目元が吊り上って、性格悪そうに見えないか?」
「……性格悪かったし」
「うぉいっ!」
ジルベルトの胸元にぺしっと軽く叩いてつっこみを入れると、目を細めてはにかんだ。
もう少し頬に肉がついて顔色が良ければ、相当な男前だろう。
「髪、やろうか?」
ポケットから何かを取り出したジルベルトは、俺の髪を纏めてくれるつもりらしい。
その瞬間、部屋の隅で気配を消すリュカの視線が、俺の背中に突き刺さった。
「出来るのか?」
「上手くはないけど」
そう言ったジルベルトは徐に席を立って、俺の背後に立った。
ジルベルトが俺の黒髪に触れると、リュカの視線がビシバシと感じる。
気配を消す能力に秀でているリュカ。
俺は今の今まで、リュカが部屋にいることをすっかり忘れていた。
リュカの視線に気づいていない様子のジルベルトが、何本か編み込みをしてくれる。
俺は冷や汗をかきながらじっと固まっていた。
リュカは、侍従の仕事をジルベルトに取られたと思って怒っているのか?
それとも、俺がリュカには髪を結わなくて良いと言ったのに、ジルベルトにやらせたからか?
刺さるような視線だけを送って、一言も発しないリュカの方を見ることができない。
カチコチに固まっている間に、ジルベルトはあっという間に髪を結ってくれていた。
鏡を手渡されて結ばれた黒髪を見ると、複雑に編み込まれた髪が後頭部で纏めてある。
まるで結婚式の花嫁のような髪型に、驚いて後ろにいるジルベルトに振り返った。
「天才か?!」
「……褒めすぎ」
「どこで習ったんだ? ヘアメイクの仕事が出来るぞ!」
「へあめいく?」
「あ。いや、なんでもない」
「乳母がアーノルドにしていたのを見てたから」
「見ただけで? すごいな……」
鏡を手にして、首を左右に振りながら髪型を見ていると、ジルベルトが俺の手から鏡を奪い取る。
鏡を棚に置いて戻ってきたジルベルトは、頬杖をつきながら俺の方を見ない。
耳が赤くなっているから、もしかしたら照れているのかもしれない。
「ジルベルト、ありがとな。気に入った」
「……これくらい、誰でも出来る」
「そんなことないぞ? 現に、俺は出来ない」
「リオンは不器用だから、仕方ない」
「うん。だから、ありがとう」
俺の方を見て欲しくて、ジルベルトの膝の上にぽんと手を置くと、頬杖をついたままジルベルトが俺の方をちらりと見た。
「リオンの口からありがとうって、変な感じ」
「うっ、今までごめんな?」
「ごめんも似合わない」
「ぐっ。俺、喋れなくなるじゃん」
困ったように眉を下げると、ふっと笑ったジルベルトが、俺の結われた黒髪を整えるように触った。
「これくらい、いつでもしてあげる」
そう言って、すごく嬉しそうに顔を綻ばせたジルベルトに、俺も笑顔で頷いた。
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