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55 華麗に躱す
部屋の外が騒がしくなり、アーノルドの帰宅だと察した俺は、今からでも王宮に来ないかと誘った。
だが、ジルベルトには引き継ぎを終わらせたいと告げられたので、明日また会う約束をして執務室を後にした。
見送りはいらないと言っているのに、ジルベルトがついてくる。
もう、アーノルドと鉢合わせしても知らないからな?!
馬車から降りてきたアーノルドが、俺とジルベルトの姿を見ると、一瞬だったが恐ろしいほど顔を歪めた。
それからトコトコと小動物のように俺の元に歩いてきて、ジルベルトを突き飛ばすように押し除けて、俺の腕に纏わりついてきた。
「リオン! 僕がいない間にまた来てたの?」
むうっと口を尖らせるアーノルドは、今日もあざとかった。
「ああ」
「もう帰っちゃうの?」
「四時間くらい待っていたんだがな?」
にっこりと笑顔で答えると、アーノルドの頬が引きつる。
「き、今日は、遠い場所の病院だったから、往復に時間がかかっちゃって……」
「ほう。どこの地域の、なんて名前の医者に診てもらったんだ?」
きょろきょろと目を泳がせるアーノルドが面白くて、つい意地悪をしてしまう。
それに、ジルベルトを突き飛ばしたことも、ちゃーんと見てたからな?
「なっ、なんでそんなこと気にするの?」
焦るアーノルドの姿に笑いを堪える。
だが、これ以上追求してアーノルドの機嫌が悪くなれば、ジルベルトが嫌がらせをされそうだ。
俺はさっと切り替えて、アーノルドをお姫様扱いすることにした。
俺の腕に纏わりついていたアーノルドの手を離すと、すぐに不服そうな顔をする。
そんなアーノルドの腰に腕を回して、ぐっと体を引き寄せた。
「そんなの決まってるだろ? 俺の大切なアーノルドが、身元不明の医者に診察されていたらと思うと、心配にもなる」
途端に機嫌を良くして、ぽっと頬を赤らめるアーノルドに、俺は口の端を上げて耳元に唇を寄せた。
「お前の華奢で綺麗な肌を見られたのか?」
「あっ、う、う……」
「悪戯されなかったか? こんな風に……」
腰から臀部をいやらしい手付きで撫で回すと、アーノルドが体をもじもじとさせながら「あっ、あぁん」と甘えた声を漏らす。
「少しでもいやらしいことされたらすぐに俺に言えよ? お前に手を出す奴は、相手が医者だろうが、全員ぶっ飛ばすからな」
「リ、リオンっ……」
感極まったように俺の名前を呼ぶアーノルドの、ぷりっとした尻を鷲掴みにした。
「返事は?」
「はっ、はひっ!」
惚けた顔をするアーノルドに、にっこりと笑って頷くと、まるで神を崇めるかのような表情で熱い視線を向けられた。
……俺と一緒にいるアーノルドは、素直で良い子なんだけどな。
そう思いながら、唖然とするジルベルトに視線を向ける。
「ジルベルト。明日から、頼んだぞ」
「……はい」
少し強めの口調で言えば、ジルベルトは俺の意図を察したのか、無表情で頷いてくれた。
「なに? なんの話?」
「ん? ファギー兄様の仕事の手伝いをしてもらうから、明日から王宮に来るように話していたんだ」
「えー、ジルベルトだけずるい! 僕もリオンに会いに行きたい!」
周囲の使用人たちにも聞かせるように話したから、これでジルベルトが邸にいなくても平気だろう。
そう思ったが、なぜか病弱設定のアーノルドが、王宮に行きたいと駄々をこね始めた。
お前、病気は治ったていで話していないか?
「アーノルドはダメだ」
「っ、なんで……」
昔の俺がアーノルドの我儘を全て聞いていたからか、俺に拒否されたアーノルドは、顔色を悪くして言葉を失っていた。
「アーノルド、お前は体が弱いんだ。病弱なお姫様を呼び出す王子様がどこにいる? お姫様が会いたいと願うなら、王子様が足を運ぶべきだろう?」
白銀の髪を一束手に取って、アーノルドを見つめながら口付けると、ピンク色の瞳がキラキラと輝き、うっとりと俺を見つめる。
「そうだね! 僕、待ってるっ……」
「良い子だ」
アーノルドの後頭部に手を回して、額にちゅっとリップ音を鳴らして口付けた。
そして背後にいるジルベルトに向けて、上手くいったな? と、ウィンクをする。
なぜかジルベルトの斜め後ろにいた、俺に苦い紅茶を入れた若い使用人が「僕?!」と飛び跳ねていたが……。お前じゃない。
またなと頭をぽんと撫でて馬車に乗り、リンネス邸を後にする。
聖女のように祈るような格好をするアーノルドは、俺の馬車が見えなくなるまでずっと外に立っていた。
「はぁ……。疲れた」
「お疲れ様でした」
「迫真の演技だっただろ?」
「ええ。いつのまにあんな演技を?」
「俺の家族にお手本のような人がいるからね」
にやりと笑うと、リュカは納得したように頷いた。
「セオドル殿下ですか」
「ご名答。セオ兄様も、通常時でよくあんなキザなこと出来るよな? 途中で笑いそうだった」
「でもあの演技で、リオン殿下に魅了された人が多々いましたよ?」
「……誰一人としてわからん」
むむむと唸ると、リュカは残念な子を見るような目で俺を見てくる。
「さすがにアーノルド様はわかりますよね?」
「アーノルド? あれは別に俺が好きなわけじゃないだろ? あいつは、自分を守ってくれる王子様が好きなだけ。俺自身を好きなわけじゃないよ」
ないない、と手をヒラヒラとさせると、リュカは白けた顔で何やら呟いていた。
朝は余所余所しかったリュカが、今は普通に話してくれることが嬉しい。
主人と侍従として良好な関係が続けば良いな、と願うのだった。
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