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婚約編
13
しおりを挟む「シュヴァリエ様、おめでとうございますっ!」
「……いや、違うんだが……」
ハァと小さく溜息を吐いた私は、虚な目で「ありがとう」と答え続けていた──。
愛する人と添い寝をし、幸せなのに一睡も出来なかった私は、寝起きも爽やかなリュセと共に、仲良く食堂に向かっていた。
すれ違う使用人全員が声をかけてくれ、キラキラとした目で私たちを見ている。
彼らが期待するようなことをしてはいないのに、心から祝福されていた……。
普通ならば、使用人から主人に声をかけることなどない。
そんなこととは知らないリュセは、『使用人の人たちにも慕われているんですねっ』と、彼らと同じように魅力的な黒い瞳を輝かせている。
もうリュセが喜ぶならなんでもいいかと、私は微笑むだけにしておいた。
食堂に行けば、こちらも勘違いをしている父とセバスが「おめでとう」と祝福の言葉を告げる。
私がなにか言う前に二人が涙ぐみ、席につこうとしていたリュセがぎょっとする。
「ハッ! もしかして、今日はシュヴァリエ様のお誕生日ですか?! ど、どうしようっ。なにも用意していませんでした」
「…………違うぞ?」
初日から、私たちが夜を共にしたと、知れ渡っていることなど思いもしていないリュセは、とんでもない勘違いをしている。
困ったように微笑んだ私は、天然なところも可愛いリュセの頭を優しく撫でた。
たったそれだけのことなのに、頬を紅潮させるリュセは、スキップしそうなほど喜んでいる。
昨晩は私を寝台に招き入れたというのに……。
初心なのか、大胆なのか、わからない。
だが、とにかく愛らしくて仕方がなかった。
「リュセは……」
「はいっ」
「……なぜ、こんなに愛らしいのだろう……?」
他人と共に添い寝をしたことは、私にとっては初めての体験だった。
しかも、その相手が愛する人なのだから、うかうか眠れるはずもない。
間違いなく寝不足なのだが、私の心は幸せな気持ちで満たされていた。
気付けば、今にもスキップしそうだったリュセが棒立ちで、両手で顔を隠している。
「っ、すまない。声に出していたか?」
「うっ……」
「ククッ、リュセの癖がうつったみたいだ」
指の隙間から恨めしそうな目を向けられてしまったが、可愛すぎて笑ってしまった。
「ついに理性が焼き切れたな? まあ、無理もないだろう」
「そうですね、なにせこんなに愛らしいお方なのですから。なにもしない方がどうかしています」
ようやく席についた私たちを見守る父とセバスが、またなにやら勘違いをしているが……。
放っておくことにする。
そんなことより、リュセと寝食を共にするという夢のような生活が送れることに、胸がいっぱいなのだから……。
◇
幸せな気持ちのまま職場に向かえば、部下たちの視線が突き刺さった。
今までは、学園やサルース商会でリュセの姿を見ることは出来たが、これからは違う。
声をかけて来ることはないが、リュセとのことを聞きたくて仕方がないのだろう。
あわよくば、お茶会に招待してほしいと、皆の顔に書いてあった。
特に気にせず着替えを済ませたのだが……。
朝礼中も、鬱陶しいくらいに視線を送って来る。
「ハァ、仕方がない。お茶会を開いた時には、招待してほしいと話しておく」
「「「っ、ありがとうございますっ!!」」」
「さすが副団長っ!」
「……こんな時だけ持ち上げるな」
女神様に会えるとはしゃぐ団員たちは、ようやく真面目に訓練をする気になったようだった。
リュセも喜ぶだろうと思いながら訓練場に向かえば、黒地の隊服を着た五人組が、道を塞ぐように立っていた。
「本当にリュセ様が、婚姻の準備を進めているのか……?」
「ああ。既に公爵邸に滞在しているらしいぜ?」
「だがまあ、半年の間でなにが起こるかわからないしな? 俺たちにも、チャンスがあったりして」
「はははっ。私たちもリュセ様を迎える準備をしておくか?」
わざと私に聞こえるように話す第一騎士団の連中は、美しい顔が台無しになるような、ゲラゲラと下品な笑い声をあげていた。
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