期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
63 / 129

61

しおりを挟む


 要塞のようなジラルディ公爵邸に到着する。
 当たり前のことなのだが、レオーネ伯爵邸とは比べ物にならないほど壮大だった。

(しかし、時が止まったかのように静かだ……)

 歓迎されることはないとわかってはいたものの、迎えも来ないようだ。

「いつまで待たせる気だ!? 閣下は、本当に納得しているんだろうな……?」

「もう、フィリったら。ぷりぷりしないのっ」

 待たされていることに文句を垂れるフィリッポと、観光気分のミランダ。
 外の様子が気になるフラヴィオは、馬車のカーテンをちらりと開けたが、瞬時に手を離していた。

(っ、ざっと三百人はいた……。でも……母様の好きな花が……)

 真っ青な花畑が見えた気がしたフラヴィオは、とくんと胸が高鳴る。
 軟禁されたとしても、ネモフィラの花が見られる部屋ならいいな、と心をときめかせていた――。

 ノックの音がし、馬車の扉が開く。
 真っ先にフィリッポが馬車をおり、その後をミゲルが慌てて追いかける。
 父親が無礼なことを言う前に、フラヴィオもおりようとしたのだが、ミランダに腕を掴まれた。

「フラヴィオ。わかっているわね? 閣下に気に入られて、レオーネ領を取り戻してちょうだい。すべてはあなたの大切なミゲルのためよ?」

 フラヴィオの耳に、信じられない言葉が届く。
 取り戻すもなにも、フラヴィオにそのような権限はない。

(国王陛下が決定されたことだというのに、ミランダは頭がいかれているのだろうか……?)

「あなたはフローラに似て賢い子だもの……。その憎たらしい……いいえ、美しいお顔で閣下を誘惑なさい。貧弱な体だけれど、あなたは若いもの。前妻に一途な閣下でも、きっとイチコロよ?」

「っ…………なんて下品な」

「ふふっ、なんとでも言ってちょうだい。私ね? あなたのことは好きにはなれないけれど、これでも誰よりも期待しているのよ?」

 心底軽蔑した目を向けたフラヴィオは、雑に腕を振り払う。
 ミランダがフィリッポに言いつけようが、どうでもいい。
 どれだけ罵倒されようと、フラヴィオは国の英雄を誘惑するつもりなど、これっぽっちもなかった。

「なにかありましたか?」

「っ、いいえ。なんでもありませんわ!」

 アキレスの整った顔に見惚れているミランダが、うっとりとしながら手を差し出す。
 にこりと微笑んだ美丈夫は、ミランダの手を取るかと思いきや、華麗に無視していた。

「フラヴィオ様。閣下が見つけて欲しいそうです」

「……はい?」

「この期に及んで恥ずかしがっておられるご様子で……。ふふっ。ですが、隠れきれておりませんので、すぐに見つかるかと」

 アキレスに相手にされず、膨れっ面のミランダがひとりで馬車をおりる。
 案の定、ミランダが夫に泣きつき、『フラヴィオッ! 早く出てこいッ!』と、フィリッポの怒号が響く。
 途端に、ざわざわと人の声が聞こえ始めた。

 激しい揺れにふらつくも、溜息を堪えるフラヴィオがアキレスの手を取って馬車をおりれば、騒いでいた人々が一斉に息を呑んだ。

「「「っ…………」」」

 辺りが静まり返る様子に戸惑う。
 多くの人から注目されることに慣れていないフラヴィオだが、凛と背筋を伸ばしていた。

 ジラルディ公爵邸にかつてない衝撃が走る――。

 英雄に仕える有能な使用人たちだが、屈強な大男だと思っていたフラヴィオ・レオーネが、儚げな美人だったことに驚きを隠せないでいた。

 緊張していたフラヴィオだが、目の前に広がる青い花畑に圧倒される。

(まるで空を飛んでいるようだ……。いや、海に溺れている感覚か……。なんて素晴らしい庭園なんだ。こんなに素敵な場所は、初めて…………ん?)

 可愛らしいハート型のトピアリーに、隠れるように立っている大男がいる。
 顔は見えないが、体はほとんどはみ出していた。

(……かくれんぼが下手すぎる。我が国の英雄は、随分とお茶目なお方のようだ)

 思わずといったようにフラヴィオが笑みをこぼせば、総勢三百名がほうっと息を吐く。
 若く美しい後妻の登場を、ようやく現実だと受け止めた人々が、今度は主人の心配を始めた。

――妖精のような絶世の美人が、戦場の鬼神の容姿を受け入れられるはずがない。

 全員の心の声が、一致した瞬間だった。

 フラヴィオがゆっくりと歩みを進めるも、使用人たちに緊張が走っている。
 そして、フラヴィオに付き添ってくれていた神殿騎士六名の手によって、大男が引っ張り出された。
 見慣れた黒髪が見えた瞬間に、フラヴィオは限界まで目を見開いていた。

「っ…………」

 ずっと探していたフラヴィオの想い人――。
 どこかそわそわとするクレムが、フラヴィオの顔色を窺っていたのだ。

















しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。 落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。 “番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、 やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。 喋れぬΩと、血を信じない宰相。 ただの契約だったはずの絆が、 互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。 だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、 彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。 沈黙が祈りに変わるとき、 血の支配が終わりを告げ、 “番”の意味が書き換えられる。 冷血宰相×沈黙のΩ、 偽りの契約から始まる救済と革命の物語。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

処理中です...