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しおりを挟む(とても大人で、やはり魅力的なお方だ。先程は、年齢的にも、私とは釣り合わないと話していたが……。それは私の台詞だと思う)
自己中心的な父親と義母を見てきたフラヴィオは、他者の幸せを一番に考え、行動できるクレムのことを、心から尊敬する気持ちで溢れていた。
「公爵閣下が私たちを探してくださり、わざわざ出向いてくださったのです」
「そうですっ! その日暮らしをしていたところに、来るか、と声をかけていただきました!」
庭師のティトが、胸を張って答える。
話を聞けば、ミランダに解雇されてからは、サヴィーニ子爵家で雇われていた者もいれば、違う職に就いていた者もいたそうだ。
「フラヴィオ様にお会いでき、さらにまたお仕えできる日が来るとは思ってもいませんでした……。閣下には感謝してもしきれません」
皆に深々と頭を下げられるクレムだが、やめてくれと言わんばかりの表情だ。
使用人たちが新たな主人を持ち上げているわけではないことは、フラヴィオにも伝わってきていた。
元々、国の英雄として崇められていたクレムだが、尊敬の念がやまない。
今更ながらフラヴィオは、クレムがディーオ王国の英雄なのだと再確認することとなっていた――。
そして、正体を知らなかったとはいえ、皆が敬っている相手に対して、フラヴィオは最初から親しげに接してしまっていたことに気付く。
愚かだと思う反面、己が無知でよかったと思う気持ちもある。
(もし、クレム様が英雄だと知っていたならば、私は声もかけられなかっただろう……)
神殿で出逢った日を思い起こしていたフラヴィオが隣を見上げれば、話を聞こうとクレムが屈む。
その反応に、皆が驚いたように目を丸くしていたが、熱っぽい翡翠色の瞳は、目の前にいるクレムしか見えていなかった。
「感動することばかりで……。少し、疲れてしまったかもしれません」
「…………っ、そうか」
フラヴィオの真意を読み取ったクレムが、カッと鋭い目を見開いた。
羽ペンでも持つかのように、フラヴィオを軽々と抱き上げてくれる。
「クレム様は、いつから私が、フラヴィオ・レオーネだとご存知だったのですか?」
「…………それは、」
「先に、お部屋に案内されてはいかがでしょう?」
気配なく、そっと近付いてきた白髪の品のある男性が、クレムに声をかける。
きっとふたりきりで話した方が良いと判断したのだろう。
オスカルと名乗ったお方は、家令だそうだ。
フラヴィオの祖父と同年代に見えるが、キビキビとした動きに、健康的な肌艶だ。
(だが、どうしてか先端が尖る大きな槍を、杖代わりにしていたが……)
なんとも強そうな家令と別れた後、公爵夫人の部屋に案内してもらう。
「っ…………」
部屋に入った瞬間、フラヴィオは息を呑んだ。
大きく分厚いガラス窓から、青い花畑を一望出来る部屋だったのだ。
軟禁されると思っていたフラヴィオが想像していたより、遥かに華やかな部屋だ。
圧巻の景色を前にして、フラヴィオはまたしても目頭が熱くなっていた。
「これは、メイドふたりからだ」
棚に置かれていた箱を手にしたクレムが、フラヴィオに差し出す。
手渡された箱を開ければ、フローラが遺してくれた宝石類がぎっしりと詰まっていた。
「っ、これって……」
マリカとキャシーが、随分と前に売ったものだ。
フラヴィオ自身も諦めていたというのに、まさか手元に戻ってくるとは思わなかった。
「あのふたりは、一年間タダ働きだ」
どこか怒ったように告げたクレムは、ふたりから話を聞いているのだろう。
フラヴィオのために怒ってくれていることがわかり、それだけで嬉しかった。
「誠意を見せてもらうために、ふたりには死ぬまでタダ働きだと脅し――ゴホン。説明したが……。それでもいいと話したから雇うことに決めた。たが、ヴィオが嫌ならふたりは好きにしていい」
「っ…………ありがとうございます、クレム様」
優しすぎる。
その一言に尽きた。
たった一年では、到底返済出来ない金額。
それにタダ働きとはいえ、ふたりに衣食住を提供してくれるのだ。
青い花畑を眺めるフラヴィオは、いつまでもクレムのそばから離れられず、クレムもまた、ずっとフラヴィオに寄り添っていた――。
そして一週間近く部屋にこもって話をしていた新婚夫夫は、熱い初夜はいつ終わるのだろうと、使用人たちがそわそわしていたことなど、純情なふたりが気付くはずもなかった。
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