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79 フィリッポ
しおりを挟む家畜小屋に繋がれて、一週間。
牛と生活していたフィリッポは、どうせ仕事を与えても足手纏いになるだけだと、見下している領民たちに罵られていた――。
「ほら、飯の時間だ」
家畜に餌をやるかのごとく与えられたのは、フィリッポが苦手とする野菜しか入っていない、粗末なスープだ。
伯爵が口にするようなものではない。
しかし、この薄味のスープを口にしなければ、餓死してしまう。
ギリギリと歯を食いしばるフィリッポは、渋々スープを口に含む。
無償でも食したいと思わないものだというのに、不摂生な生活を送っていたフィリッポの体調は、かつてないほど良好だった。
「心優しきジラルディ公爵夫夫からの温情だ。ありがたく思えよ」
「~~ッ!! ふざけるなッ!!」
不敬にもフィリッポを見下ろす男の口から、フラヴィオの名が上がる。
(なぜ、誰も助けに来ないんだ!?!? 私はフラヴィオの……ジラルディ公爵夫人の父親だというのにっ!!)
一度たりともフラヴィオを愛したことがないというのに、こういう時だけ父親面をするフィリッポは、どうしようもない屑だということを自覚していなかった――。
「こんなことをして、ただで済むと思うなよッ!! お前らの罪は、すべて包み隠さず、陛下に報告してやるからなッ!!」
「ああ、かまわないぜ?」
「……はへ?!」
せっせと働いていた領民たちにも話が聞こえていたのか、『早く報告してこいよ!』と、他の者たちまでフィリッポを責め立てる。
国王陛下の名を出しても、領民たちは怯えるどころか、テンションが上がるのだ。
「お前が陛下に報告に行くってことは、自らの罪を暴露するようなものなんだよ」
「…………?」
「おいおい、なんだその間抜け面は。そんなこともわからないのか?」
怪訝な顔をしたフィリッポを、領民たちが笑い者にする。
しかし、フィリッポが本当に理解できていない様を見て、皆が哀れみの目に変わっていた。
「なんでもかんでも、都合の悪いことはフラヴィオ様のせいにしていただろうが。そのフラヴィオ様が、実は病で療養していただけだったんだろ?」
「っ……」
フィリッポの目が泳ぐ。
バレバレなのだが、「な、なんのことだ……?」とすっとぼけるフィリッポに、皆呆れ顔である。
「俺たちはな。お前を拘束した罪を問われたっていいんだよ。それだけの覚悟でやってるんだ」
領民たちの本気の目に見据えられ、フィリッポは背筋に寒気が走った。
(どいつもこいつも、狂っている……)
なんでも人のせいにして、必死に罪を隠蔽してきたフィリッポにとって、領民たちは異質な存在に見えていた。
「本当は、フラヴィオ様を毒殺しようとしてたんじゃないのか? みんな噂してるぜ?」
「なっ……貴様らは揃いも揃って馬鹿なのか!? 父親の私が、フラヴィオにそんなおぞましいことをするわけがないだろうっ!!」
育児放棄していたというのに、フィリッポは父親らしいキリッとした顔で答える。
「それなら、フラヴィオ様の誕生日を答えてみろよ。父親なんだから、わかるよな?」
「…………た、誕生日?」
なにも思い出せないフィリッポは、口をはくはくとさせる。
フラヴィオが生まれた日すら、フィリッポはミランダと過ごしていたのだ。
趣味どころか、誕生日すらわかるはずもなかった。
「やっぱりお前は、父親失格だ!!!!」
「っ、た、誕生日くらいで……」
ギッと睨まれたフィリッポは、口を噤んだ。
「こんな頭が空っぽな奴が領主だったなんて、俺たちは本当に運が悪かったぜ」
「妻の浮気にも気付かない無能野郎だぜ? 俺だったら、あんなブス女に浮気されたら、恥ずかしくて出歩けねぇーよ!」
「~~~~ッ!! うるさいッ!! 黙れ黙れ黙れ~~ッ!!」
「お前がうるせぇんだよ」
「ヒッ!」
フィリッポの大声に、牛が暴れ出す。
結局、フィリッポがなにを言っても、領民たちからは無能扱いされていた。
貴族というだけで、特別な存在だと思っていたフィリッポにとって、平民から馬鹿にされることはなによりも屈辱的なことだった――。
それからすぐ、フィリッポは解放された。
領民たちは、ただ反省してほしいと思っていただけなのだが、どんな言葉をかけてもフィリッポには響かない。
時間の無駄だと判断されたからに過ぎなかった。
粗末な布を腰に巻き、辱めにあうフィリッポが、股ずれを起こしながら死に物狂いで邸に戻ったが、豪華なレオーネ邸は既に差し押さえられていた――。
「ああああ、そんな……ッ!! 私にはもう、フラヴィオしかいないっ」
絶望するフィリッポが最後に頼ったのは、散々育児放棄していたフラヴィオだった。
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