二人の妻に愛されていたはずだった

ぽんちゃん

文字の大きさ
25 / 28

25 十五年後の本音 ジェラルド

しおりを挟む

 「ナーシャ様……」

 私の妻を熱っぽい目で見つめる桃色の癖毛の美青年は、私の部下である。
 曲がったことが大嫌いな逞しい育ての母のおかげで、謹厳実直な性格の彼は、十八にして騎士爵を得た優秀な人物だ。
 クルーズ伯爵家の嫡男だが、家督を継ぐことを選ばなかった彼は、産みの母の子とは思えないほど欲がない。
 それに加え、可愛がっている妹の恋人が三男だということもあるが、実際にはモニカに遠慮している部分もあると思う。
 産みの母と会うことはないだろうが、万が一のことも考えているのだろう。
 自分の中に、初恋の人を苦しめた悪女の血が流れていることに虫唾が走ると語っていた。

 そんな彼は、私のことを尊敬していると言って毎日のように我が家に食事に来るのだが、彼の本当の目的は人妻を口説くことだ。

 「今日はジェイクの好きなステーキよ」
 「嬉しいですっ! 僕と結婚してくださいっ!」
 「ふふっ。嬉しいけど、年齢差がね」
 「むぅ。僕は気にしませんっ!」

 緑がかる水色の瞳を潤わせて、口を尖らせるジェイクは、何年も前から私の妻に求婚している。
 産みの母を軽蔑している割には、自分の美貌をフル活用しているのだから、そういった部分は似ているのかもしれない。

 元夫の愛人によく似たジェイクからのアプローチに妻が靡くことはないとは思うが、私はいつも冷や冷やとしている。
 もちろん顔には出さないが。
 四十手前になっても変わらず美しいアナスタシアは、今でもジェイクを可愛がっている。
 逆に私は皺も目立って来ている為、愛する妻に捨てられないように、内面も外見も磨き続けている。

 それに、元夫のジェフリーは、未だにアナスタシアを愛していると語っており、再婚していない。
 領民達からは、「また言ってるよ!」と揶揄われ、二人の白い結婚の話は、十五年経った今では笑い話になっている。

 私がジェフリーにした最大の報復といえば、アナスタシアに子を四人も産ませたことだろう。

 おしどり夫婦であることを見せつけて、ジェフリーの耳に入るようにしている。
 妻とはいつも一緒にいるが、未だ本音を聞いていない為、いつかジェフリーに会いに行くのではないかと不安になることもある。
 昔はアナスタシアを幸せに出来るのは私だけだ、と自信満々に語っていたのだが、今は心の狭いちっぽけな男に成り下がっている。



 ジェイクを見送り、ソファーでぼんやりとしている私の隣に腰掛けたアナスタシアは、私の手を握った。

 「昔からジェイクを可愛がっていたのは、一目見た時からブラッドの息子だって気付いていたからなの……」

 ハッとして彼女を見ると、いつものように穏やかに微笑んでいた。

 「ジェイクが生まれてお祝いに来てくれたブラッドに、こっそり伝えたの。『貴方にそっくりね』って。もちろん、鎌を掛けたつもりだったんだけど、ブラッドの顔色が瞬時に悪くなったわ」
 「っ……そうだったのか」
 「ええ。推測するに、あの子はしたたかな子だったから、私とジェフリーが婚姻している間。昼間はブラッド、夜はジェフリーと睦み合っていたんだと思うわ。どちらの子が産まれても、クルーズ家の血は流れているでしょう?」
 「…………恐ろしい、女だな」

 女性は守るべき存在ではあるが、決して弱くはないと悟った。
 今度父に教えてやろう、と小さく笑う。

 「だが、よくブラッドだって気付いたな?」
 「瞳の色もそうだけど……。彼は私にとって特別な人なの。私に、初めて告白してくれた人よ」
 「…………は?」
 「ふふっ、驚いた? 時期は違うけど、クルーズ三兄弟は、私のことを好きになってくれたみたいね?」

 くすくすと楽しげに笑うアナスタシアは、もう時効よね? と本心を語り始めた。

 学園時代からジェフリーに憧れていたが、次男だった為、諦めていた。
 だが、ジェフリーが当主となることが決まり、父親が政略結婚の相手に選んできた。
 快諾したが、恋人がいると噂を耳にした。
 ジェフリーには、いつも一線を引かれていたが、婚約者としての義務は果たしてくれていた。
 そんな中、恋人を第二夫人として娶りたいと話をされて、迷ったのだが了承した。
 その日から、ジェフリーがアナスタシアに対して愛を囁くようになった。
 恋人を娶る為に、自分に嘘の言葉を吐いているとわかっていても、嬉しかったこと。

 婚姻するまでは、順調な交際をしていたと語るアナスタシアは、時折私の反応を窺いつつ話を続けていた。

 だが、初夜に放置され、勝手に病弱だと判断されていたことに呆気にとられた。
 何度否定しても「強がらなくて良いんだよ」と苦笑いをされて、話を聞いてもらえなかった。
 ジェフリーの中で、勝手にアナスタシアの理想像を作られていることに驚いていたが、そうではなかった。
 裏で糸を引いていた存在、クララの影響だった。

 クララは自分が正妻になれない立場だと理解しており、更にはアナスタシアの実家が資産家だと知っていて、より贅沢をするために第二夫人として娶られる時を虎視眈々こしたんたんと狙っていたのだ。

 そして三人で生活する中で、ジェフリーがクララにされていることに気付いたのだ。
 ジェフリーを助けられるのは自分しかいない、と奮闘したが、逆効果だった。
 話を聞こうとしないジェフリーに嫌気が差したが、それ以上にクララのしたことが許せなかった。
 目には目をどころか、何倍返しにもしてやろうと、反撃に出ることにした。
 嘘は付かずに、印象操作をしたのだ。
 アナスタシアはずっとジェフリーを愛していると、周囲に思い込ませた。
 クララの味方はジェフリーとクルーズ伯爵家の使用人だけだったが、アナスタシアは三人を取り巻く全ての人間の心を掴み、味方につけたのだ。


 彼女が本当にジェフリーを愛していたのは、クララが第二夫人になる前日までだった。


 「私があの子を認めなかったら、ジェフリーが馬鹿にしたように言ったの。『君の身体が弱くて本当に良かったよ。だって、君に似た傲慢な子が生まれることはないからね。神様は見てるんだよ?』って、嘲笑ったのよ? 私は健康体だけど、それでも言って良いことと悪いことがあるわ。心ない言葉を嫌というほど浴びせられたけど、あの言葉は耐えられなかった。それまでは彼の為に最善を尽くしていたけど、馬鹿馬鹿しくなったの」

 私の手を握る力が強まり、アナスタシアは気持ちを落ち着かせるように、深呼吸する。

 「そんな最低な発言をしていたとは……。弟が申し訳ないことをした。本当にすまない」
 「貴方が悪いわけじゃないわ。それに、私が黙ってやられるような女じゃないって知ってるでしょう?」

 十五年前にも見た、特上の笑みを浮かべるアナスタシアに、背筋に恐ろしい戦慄せんりつが走った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。

処理中です...