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25 十五年後の本音 ジェラルド
しおりを挟む「ナーシャ様……」
私の妻を熱っぽい目で見つめる桃色の癖毛の美青年は、私の部下である。
曲がったことが大嫌いな逞しい育ての母のおかげで、謹厳実直な性格の彼は、十八にして騎士爵を得た優秀な人物だ。
クルーズ伯爵家の嫡男だが、家督を継ぐことを選ばなかった彼は、産みの母の子とは思えないほど欲がない。
それに加え、可愛がっている妹の恋人が三男だということもあるが、実際にはモニカに遠慮している部分もあると思う。
産みの母と会うことはないだろうが、万が一のことも考えているのだろう。
自分の中に、初恋の人を苦しめた悪女の血が流れていることに虫唾が走ると語っていた。
そんな彼は、私のことを尊敬していると言って毎日のように我が家に食事に来るのだが、彼の本当の目的は人妻を口説くことだ。
「今日はジェイクの好きなステーキよ」
「嬉しいですっ! 僕と結婚してくださいっ!」
「ふふっ。嬉しいけど、年齢差がね」
「むぅ。僕は気にしませんっ!」
緑がかる水色の瞳を潤わせて、口を尖らせるジェイクは、何年も前から私の妻に求婚している。
産みの母を軽蔑している割には、自分の美貌をフル活用しているのだから、そういった部分は似ているのかもしれない。
元夫の愛人によく似たジェイクからのアプローチに妻が靡くことはないとは思うが、私はいつも冷や冷やとしている。
もちろん顔には出さないが。
四十手前になっても変わらず美しいアナスタシアは、今でもジェイクを可愛がっている。
逆に私は皺も目立って来ている為、愛する妻に捨てられないように、内面も外見も磨き続けている。
それに、元夫のジェフリーは、未だにアナスタシアを愛していると語っており、再婚していない。
領民達からは、「また言ってるよ!」と揶揄われ、二人の白い結婚の話は、十五年経った今では笑い話になっている。
私がジェフリーにした最大の報復といえば、アナスタシアに子を四人も産ませたことだろう。
おしどり夫婦であることを見せつけて、ジェフリーの耳に入るようにしている。
妻とはいつも一緒にいるが、未だ本音を聞いていない為、いつかジェフリーに会いに行くのではないかと不安になることもある。
昔はアナスタシアを幸せに出来るのは私だけだ、と自信満々に語っていたのだが、今は心の狭いちっぽけな男に成り下がっている。
ジェイクを見送り、ソファーでぼんやりとしている私の隣に腰掛けたアナスタシアは、私の手を握った。
「昔からジェイクを可愛がっていたのは、一目見た時からブラッドの息子だって気付いていたからなの……」
ハッとして彼女を見ると、いつものように穏やかに微笑んでいた。
「ジェイクが生まれてお祝いに来てくれたブラッドに、こっそり伝えたの。『貴方にそっくりね』って。もちろん、鎌を掛けたつもりだったんだけど、ブラッドの顔色が瞬時に悪くなったわ」
「っ……そうだったのか」
「ええ。推測するに、あの子はしたたかな子だったから、私とジェフリーが婚姻している間。昼間はブラッド、夜はジェフリーと睦み合っていたんだと思うわ。どちらの子が産まれても、クルーズ家の血は流れているでしょう?」
「…………恐ろしい、女だな」
女性は守るべき存在ではあるが、決して弱くはないと悟った。
今度父に教えてやろう、と小さく笑う。
「だが、よくブラッドだって気付いたな?」
「瞳の色もそうだけど……。彼は私にとって特別な人なの。私に、初めて告白してくれた人よ」
「…………は?」
「ふふっ、驚いた? 時期は違うけど、クルーズ三兄弟は、みんな私のことを好きになってくれたみたいね?」
くすくすと楽しげに笑うアナスタシアは、もう時効よね? と本心を語り始めた。
学園時代からジェフリーに憧れていたが、次男だった為、諦めていた。
だが、ジェフリーが当主となることが決まり、父親が政略結婚の相手に選んできた。
快諾したが、恋人がいると噂を耳にした。
ジェフリーには、いつも一線を引かれていたが、婚約者としての義務は果たしてくれていた。
そんな中、恋人を第二夫人として娶りたいと話をされて、迷ったのだが了承した。
その日から、ジェフリーがアナスタシアに対して愛を囁くようになった。
恋人を娶る為に、自分に嘘の言葉を吐いているとわかっていても、嬉しかったこと。
婚姻するまでは、順調な交際をしていたと語るアナスタシアは、時折私の反応を窺いつつ話を続けていた。
だが、初夜に放置され、勝手に病弱だと判断されていたことに呆気にとられた。
何度否定しても「強がらなくて良いんだよ」と苦笑いをされて、話を聞いてもらえなかった。
ジェフリーの中で、勝手にアナスタシアの理想像を作られていることに驚いていたが、そうではなかった。
裏で糸を引いていた存在、クララの影響だった。
クララは自分が正妻になれない立場だと理解しており、更にはアナスタシアの実家が資産家だと知っていて、より贅沢をするために第二夫人として娶られる時を虎視眈々と狙っていたのだ。
そして三人で生活する中で、ジェフリーがクララにマインドコントロールされていることに気付いたのだ。
ジェフリーを助けられるのは自分しかいない、と奮闘したが、逆効果だった。
話を聞こうとしないジェフリーに嫌気が差したが、それ以上にクララのしたことが許せなかった。
目には目をどころか、何倍返しにもしてやろうと、反撃に出ることにした。
嘘は付かずに、印象操作をしたのだ。
アナスタシアはずっとジェフリーを愛していると、周囲に思い込ませた。
クララの味方はジェフリーとクルーズ伯爵家の使用人だけだったが、アナスタシアは三人を取り巻く全ての人間の心を掴み、味方につけたのだ。
彼女が本当にジェフリーを愛していたのは、クララが第二夫人になる前日までだった。
「私があの子を認めなかったら、ジェフリーが馬鹿にしたように言ったの。『君の身体が弱くて本当に良かったよ。だって、君に似た傲慢な子が生まれることはないからね。神様は見てるんだよ?』って、嘲笑ったのよ? 私は健康体だけど、それでも言って良いことと悪いことがあるわ。心ない言葉を嫌というほど浴びせられたけど、あの言葉は耐えられなかった。それまでは彼の為に最善を尽くしていたけど、馬鹿馬鹿しくなったの」
私の手を握る力が強まり、アナスタシアは気持ちを落ち着かせるように、深呼吸する。
「そんな最低な発言をしていたとは……。弟が申し訳ないことをした。本当にすまない」
「貴方が悪いわけじゃないわ。それに、私が黙ってやられるような女じゃないって知ってるでしょう?」
十五年前にも見た、特上の笑みを浮かべるアナスタシアに、背筋に恐ろしい戦慄が走った。
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