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26 プロポーズの言葉 ジェラルド
しおりを挟むジェフリーに愛想を尽かしたアナスタシアは、一度は離縁する気になったのだが思い直した。
クララとは違ったタイプの、ジェフリーが好ましいと思うような女性を演じたのだ。
「何をしたと思う?」
「そうだな……。我儘を言わない、とか? なんでも言うことを聞いた?」
半分は正解かしら? と首を傾げたアナスタシアは、私の耳元に顔を寄せた。
──クララを一番大切に扱ったの。
艶やかな声で囁いたアナスタシアは、楽しそうにくすくすと笑い続けている。
一番憎いはずの相手を大切に扱うことなど、理解し難くて絶句する。
普通なら、会話どころか、顔を合わせたくもないはずだ。
怪訝な顔をしていれば、アナスタシアはわざとらしく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あの子を大切に扱えば扱うほど、ジェフリーは私に愛を囁いたわ。笑っちゃうくらいにね?」
「…………ナーシャ、」
「嫌いになった?」
「いや、強い女性だと思っただけだよ。それに、あいつはナーシャから何をされても自業自得だ」
妻のご機嫌取りをする私の頬は、僅かに引き攣っている。
アナスタシアに心を開き始めたジェフリーが、クララが義兄に乱暴された話を暴露したとき。
彼女は真実を知っていたが、一緒になって同情して哀れんだ。
可哀想なクララ、と涙した。
今まで辛かった分、贅沢をさせてあげることを提案し、クララの望むことを叶えていった。
自分は家族に愛され、お金に困ったことがないことを主張し、今までクララの置かれた環境を大袈裟に嘆き悲しんだ。
だから、何をするにもアナスタシアより、クララを優先するように仕向けていた。
そうすることにより、猫を被っていたクララは本性を現し始め、どんどん我儘になっていった。
ジェフリーのクララに対する評価が下がっていき、ジェフリーから軽蔑されていたアナスタシアの評価は底辺だった為、必然的に上がり続ける。
「無理にさせたわけじゃないのよ? ただ、そうした方がクララも喜ぶかもしれないわね? って話しただけ。最終的な判断を下すのは、いつもジェフリーだったわ?」
「そうか。私の妻は、なかなかの策士だな」
納得したように頷いたが、私の頬は引き攣ったままである。
そして気付いた時には、ジェフリーにとってアナスタシアは大切な存在になっていた。
その頃にアナスタシアがジェフリーの元を去り、邪険に扱ったことを後悔させてやるつもりだったそうだ。
私は妻を蔑ろにしたことはないが、配慮に欠ける行動は取らないように気を引き締める。
アナスタシアだけは、絶対に怒らせてはいけないと肝に命じた。
「本当はね……。ジェフリーを許す気なんてなかったの。今思い出しても腹が立つわ。でも、私も悪かったと思ってる。だって、本当の悪はクララだったんですもの。頭ではわかっていたけれど、彼が憎くて仕方なかったわ……。あの頃は、彼を助けることが出来るのは私しかいない、って驕っていたの。だから、失って後悔したら良いって……」
消え入りそうな声色は、後悔の念が滲み出ているような気がした。
長い年月が経ったことにより、妻は笑いながら語っていたが、当時のことを想像すると胸が痛む。
いくら愛想を尽かしたとはいえ、ずっと愛していた相手とその恋人の仲睦まじい姿を、目の前で見せつけられるのだ。
微笑みながらも、確実に心は傷ついていたはず。
もっと早くに彼女と出逢っていたならば、と悔やんでも悔みきれない。
二度と辛い気持ちにはさせないと想いを込めて、優しく手の甲を撫でた。
今も強がっているのでは、と心配する私を他所に、アナスタシアは柔らかな微笑を浮かべた。
「でも、あの計画の最中に気付いたの。私がいなくなって、クララからのマインドコントロールが徐々に解けていることに……。報復計画というより、彼の更生計画だと思っていたわ?」
「なるほど。だから口を出さなかったのか」
「ええ。彼はあの子が関わると頭がおかしくなるけれど、普段はまともだったの。二人で過ごしているときは、婚姻前の恋人同士のような、穏やかな時間だったわ……。だから、私がいなくなった方が彼の為になったのよ……」
過去を思い出しているのか、ぼんやりと遠くを見つめるアナスタシアの横顔は、酷く優しい。
「あいつが真っ当になったら、」
「ありえないわ」
ジェフリーの元へ行きたかったのかと聞こうとすると、瞬時に否定され、安堵した。
「理由を聞いても?」
「ふふっ、プロポーズの言葉。覚えてる?」
ああ、と頷いたが、今思い出しても普通だった。
必ず幸せにするから結婚して欲しい、と告げただけだ。
納得いかない顔をしていれば、アナスタシアは私の腕に頬を寄せる。
「亡くなった婚約者のお方を、忘れて欲しいとは言いません。その方よりも、愛して欲しいとも思っておりません。ただ、そのお方と私……、二人を平等に愛して下さいますか?」
過去を再現するかのように囁いたアナスタシア。
当時のことを思い出し、同じ台詞を紡ぐ。
「それは約束出来ないな」
「……そうですか」
壊れ物を扱うように、そっと抱き寄せる。
──生涯、ナーシャだけを愛するよ。
額を合わせて囁けば、アナスタシアは白い頬を染めて小さく頷いた。
この言葉が決定打となっていたことに驚いた。
なぜなら、私にとっては普通のことだったから。
それなら「二人を平等に愛する」と誓ったジェフリーは、最初から私が牽制するような相手ではなかったということになる。
「だからね、その時から貴方についていこうと決めていたの」
「ククッ。そうか」
「あらまぁ、さっきまで不安そうな顔をしていたくせに」
「っ…………お見通しだったか」
ばつの悪い顔をすると、妻は私に優しく口付け、愛を囁いてくれた。
愛する妻を抱き上げて寝室に向かえば、「五人目は無理よ」と、可愛らしく笑っていた。
妻に愛されている自信を取り戻した私は、天に召されるその時まで、妻だけを愛することを誓った。
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