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第二章
18 新居
しおりを挟む二ヶ月かけてインネサイト国に向かう旅路は、想像よりも遥かに穏やかな旅となった。
移動中はレオルカ様と過ごし、夜は僕だけ馬車で寝泊まりをしていたため、星を眺めながら夜更かしすることもできた。
仕事をする必要もなく、ぼんやりと過ごしていても怒られない。
快適な人質生活だった。
(それもこれも、すべてはレオルカ様が優しい人だからだ……)
でも、全員が僕に好意的なわけではない。
休憩時間の際には、ギルミアさんとリンドール副隊長も交えて話すこともある。
けれど、他の人とは目が合っても逸らされるし、エルサリオン隊長には確実に避けられている。
人質の分際で、僕がレオルカ様と楽しく過ごしていることが気に食わないのだろう。
そのことをなんとなく察しているけれど、僕は誰に嫌われようと、レオルカ様のそばを離れたいとは思わなかった。
(だって、僕の髪を、綺麗だと言ってくれたから……)
何気ない会話の中で、レオルカ様はさらりと僕の髪色を褒めてくれた。
レオルカ様は単なるお世辞を言っただけで、特別な意味なんてなかったのかもしれない。
でも、父様譲りの自慢の髪色を褒められることが、なによりも嬉しかった。
僕がレオルカ様を意識するには、充分だった。
「セティ、着いたよ。ここが私の屋敷だ」
日が暮れた頃、僕はレオルカ様の声に飛び起きる。
うたた寝をしている間に、風格のある荘厳なローズブレイド大公邸に到着していた。
「おかえりなさいませ」
馬車の窓を開ければ、恐ろしい顔で睨みつけている鬼の仮面をつけた男性が、レオルカ様に恭しく頭を下げる。
彼の後ろには、多くの使用人が整列していた。
(うわぁ、すごい。……僕も仮面をつけた方がよかったかな?)
出迎えの人たちは、やっぱり仮面をつけていた。
役職ごとに仮面が違うのか、狐や猫といった、可愛らしい仮面をつけている人たちもいる。
「先にセティを案内する。あとで、二人分の食事を持ってきてくれ」
「――かしこまりました」
使用人たちが一斉に頭を下げる。
その光景から、レオルカ様が高貴な人物であることを改めて実感した。
それから同行していた者たちと別れ、僕を乗せた馬車はさらに奥の森の中へ向かう。
本邸からどんどん離れていき、僕は言い知れない不安感に襲われる。
(……牢屋に入れられちゃうのかな? でも、『二人分の食事』って言ってたから、別の場所かも)
過去にグウェインの悪ふざけで、牢屋に入れられたことは何度かある。
日の当たらない、寒くて冷たい場所だ。
壁に向かって独り言を話す人や、急に奇声を上げる人もいて、半日いただけでも気が滅入るようなところだった。
思い出しただけで背筋に寒気が走り、ぶるりと震えていると、静かに馬車が止まった。
「今日からここが、セティの過ごす屋敷だ」
レオルカ様のエスコートで馬車を降りれば、マイナスイオンが溢れる緑に囲まれた場所には、可愛らしい山小屋風の屋敷が建っていた。
僕の想像していた場所とは正反対の、温かみのある屋敷だったことに驚きを隠せない。
「気に入ったか? 家具などは私好みに用意したが、セティの好きに模様替えしていいからな」
「こ、こんなに素敵な場所が、僕のお家……?」
まだ夢でも見ているのだろうか。
ぼんやりとする僕は、レオルカ様に連れられて屋敷の中に入る。
二階建ての屋敷の一階には広々としたキッチンや風呂場といった水回りがあり、階段を上がった先には、大きなベッドが置かれた寝室があった。
クローゼットには、煌びやかな衣装と過ごしやすそうな普段着用の服が用意されていた。
「ここにあるものは好きに着ていい。すべてセティのものだ」
「っ、これ、全部……?」
「ああ。少しだが、すぐに着れるように準備しておいた。夕食までまだ時間があるから、着替えるか?」
クローゼットから藍色の衣装を取り出したレオルカ様が「これなんてセティに似合うんじゃないか?」と衣装を僕の体に合わせているけれど、僕は目を白黒とさせる。
(この色を選ぶなんて、どういうつもりなんだろう?)
夜空のような藍色は、レオルカ様の瞳の色だ。
僕がその色を身に纏うということは、レオルカ様と親しい間柄だと意味する。
周りの人から見れば、僕たちの関係は、婚約者や恋人、伴侶と受け取られるだろう。
……ゾネ王国の常識で考えたなら、だけど。
(もしかすると、インネサイト国では相手の瞳の色を纏うことに、深い意味はないのかも……)
そう結論付けたものの、さっそく衝立の奥で、藍色の衣装に着替えようとする僕は浮き足立っていた。
だから、僕の醜い背中を見られたことに、気付くのが遅れてしまった――。
「……セティ、すまない。覗くつもりはなかったんだが、見えてしまった」
「っ……」
シルクのシャツに袖を通したところで、レオルカ様に声をかけられる。
その声色が、悲しみに満ちていることを感じ、僕は息を詰まらせた。
百八十センチは高さのある衝立より、レオルカ様は背が高かったらしい。
僕の醜い背中が見えてしまったみたいだった。
ぎゅっと体を抱き込む。
(……僕には人質の価値がないってことを、きっと知られてしまった)
絶望感に襲われる。
――いや、レオルカ様なら、きっと最初からわかっていたはずだ。
質の悪い馬車と、荷物はカバンひとつだけで、付き人はギルミアさんしかいないのだから、僕に価値がないことくらい、出会った時に見抜いていただろう。
そう思うと、なんだか体の力が抜けて立っていられなくなった。
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