バケモノ大公の第五夫人

ぽんちゃん

文字の大きさ
10 / 41
第一章

8 泣きたいのは僕の方

しおりを挟む



「なにを言っておるのだ! フロレンティーナは、まだ歩くこともできない赤子だぞ!? 正気か、お前たちは……」


 国王陛下が我が子を見る目は、汚らわしいものを見るような目だった。

(いくら母様のことが気に食わないからって、まだ赤子のフロレンティーナを差し出そうとするだなんて……)

 王妃様もサブリナも、本当に血の通った人間なのかと疑いたくなる。
 怒りに震えていると、「俺も賛成」とグウェインが片手を上げた。


「だって父上、サブリナですよ? 美しい王女を娶るはずが、こんなじゃじゃ馬が嫁いできたとなったら、大公は『侮辱された!』とまたキレ出すのでは? 俺だったら、即刻、斬り殺すかも」

「~~っ、グウェイン!! あんたは黙ってなさい!!」


 遠回しにブサイクだと言われたサブリナは、顔を真っ赤にして怒っている。
 でも僕は、初めてグウェインを見直した。
 グウェインは、妹をけなしながらも救おうとしていることがわかったからだ。

(ああ、情けない。僕も、フロレンティーナのお兄ちゃんなのに……)

 勇気を振り絞り、手を上げようと試みる。
 けれど、王妃様とのお茶会で意見を言って、彼女たちに百倍返しされた記憶がよみがえった。
 フロレンティーナを守りたいのに、なかなか言葉が出てこない。
 中途半端に上がった手を見つめ、自分の不甲斐なさに泣きたくなった。


「では、どうしたら……」

「今から養子をとるか?」

「だが、王族以外に赤い髪の女などいないし、染めたとしてもすぐにバレるだろう」


 大臣らが頭を悩ませる。
 けれど、身代わりを送ったことがバレたら、今度こそ本格的に戦争が起こるのではないだろうか。
 今回、国内最強のシトロエン辺境伯が、あっさりと敗れたのだ。
 もし、次に攻め込まれたら、ゾネ王国は今度こそおしまいだ。
 そのことは、ここにいる全員がわかっているだろう。

 それでもなかなか話がまとまらないまま、時間だけが過ぎていく。
 そして宰相が、皆の代表として国王陛下に首を垂れる。


「代役を用意したとして、髪を赤に染めても、赤い瞳は誤魔化せません。……ゾネ王国の民のために、どうか賢明なご判断を」


 大臣らもそろって頭を下げ、僕は息を呑んだ。
 つまり、サブリナかフロレンティーナのどちらかが、国のために犠牲になれ、ということだ。
 決断を迫られる国王陛下が、渋い顔をする。
 けれど、彼がフロレンティーナを選ぶことはないだろう。
 僕の予想通り、国王陛下はさほど時間をかけずに口を開いた。


「インネサイト国に嫁ぐ名誉ある役には、サ――」

「それなら、彼はどうです?」


 皆が固唾を飲んで見守っていると、王妃様が国王陛下の言葉をさえぎる。
 豪華な扇子で指され、僕はあまりの衝撃に思考が止まった。

(………………えっ? 僕?)

 壁と一体化していた僕に、皆の視線が集まる。
 背にブワッと嫌な汗が流れる。
 僕が選ばれるはずがないと思うのに、僕は立っているのがやっとだった。
 バクバクと、心臓の激しく音が鳴り始めた時、母様が立ち上がる。


「なにを言い出すのかと思えば……。セティは王族ではございません」

「ええ、そうですね? でも、わたくしはあの子を、思っていますわ?」

「なっ! 母上!? 正気ですか!?」


 グウェインが驚愕した面持ちで立ち上がり、ガタンッ! と音を立てて椅子が吹っ飛ぶ。
 イメルダ王妃様が笑顔で嘘を吐き、この場にいる誰もが絶句した。

 王妃様の思惑を察し、僕は目の前が真っ暗になる。
 ここで僕を王族に迎え、インネサイト国に捧げる生贄にしようとしているのだ。

(母様がどれだけお願いしても、僕だけ王族だと認められなかったのに、こんな形で戸籍が変わってしまうの……?)

 この持って行き場のない気持ちは、どうしたらいいのだろう。
 呆然とする僕の代わりに、母様が声を上げた。


「イメルダ様がセティを気にかけてくださっていることは、私も嬉しく思います。ですが、セティは女性ではないのです。セティを選べば、インネサイト国の怒りを買うことになるでしょう」

「うふふっ。そんなカリカリしないで? ほんの冗談じゃないの」


 困った人ね、と言わんばかりにイメルダ王妃が肩を竦め、グウェインは力が抜けた様子でドサッと椅子に腰掛けた。


「イメルダ様っ! 今は冗談を言っている場合では――」

「で。フロレンティーナ王女を選ぶのね?」
 
「そっ、それは……」


 フロレンティーナの名を出されてしまい、母様が言葉に詰まる。
 いくら王妃様が苦手な相手でも、優しい母様は、同じ娘を持つ母親として、サブリナに人質になれとは言えないのだろう。
 だからといって、フロレンティーナを差し出すこともできない。

(どうしてこんなことに……一体、どうしたらいいんだろう……)

 僕を見つめる母様は、今にも泣き出しそうな悲痛な表情だ。
 そして、震える唇がゆっくりと動く。


『ごめんなさい、セティ……』


 音にならなかった言葉が、僕にはどうしてか耳元で聞こえた気がした――。


「それは、できません」


 フロレンティーナを守る道を選んだのだろう。
 凛と背筋を伸ばした母様が言い切る。
 すると、その言葉を待ってましたとばかりに王妃様が声を荒げた。


「では、どうするの? っ……まさか! エルシー様は、自分の娘が可愛いからと、わたくしに娘を差し出せと仰るの!? 水の女神様が、そんな非情なことをされる方だとは思いもしなかったわ!?」


 大切なサブリナを守りつつ、母様を悪に仕立て上げようとしているのだろう。
 王妃様の怒涛どとうの口撃を聞いているだけで、僕は嫌な気持ちにさせられる。
 けれど、母様は毅然きぜんとした態度で言い放った。


「いえ。フロレンティーナが成長するまで、猶予ゆうよをいただきたいのです」

「「「っ……」」」


 固唾を呑んで見守っていた大臣たちから、どよめきが起こる。
 直後、人々の視線が僕に突き刺さった。
 肌があわ立つ。

(……なんで僕を見ているの? 僕は王族でも、王女でもない。関係ないはずだ)

 それなのに、冷や汗が止まらない。


「……ああ、なるほど。あの子を差し出すのか」

「気の毒にな。すぐに殺されるだろう」


 今まで僕の存在を無視したり、王子から理不尽な暴力を受けていても気にも留めていなかった人々に、あわれみの目を向けられる。

 そこでようやく理解した。
 ――僕は、母様に捨てられたのだと……。


「では、決まりだな。王女が美しく成長するまでの期間。――セティ。お前が名誉ある役をつとめよ」

「っ…………そ、そんなっ、」


 理不尽な王命が下る。

 静まり返った場で、僕は絶望した。
 平凡な容姿で、王族でも王女でもない。
 そんな僕がインネサイト国に行けば、即刻、処刑されてしまうだろう。
 まだ繋がっている首に触れる手は、無様なまでに震えていた。

(はっきり言われたことはないけど、誰よりも僕のことを邪魔者だと思っていたのは、母様だったのかもしれない……)

 辛い現実に打ちのめされる。
 見開いたままの瞳から、堪え切れずに涙があふれ出た。

 その瞬間、暗い空にピカッと稲妻が走った。


「きゃあッ!!!!」


 サブリナが耳をつんざくような叫び声を上げる。
 大臣らは窓の外に視線を向けた後、一斉に母様を見つめた。
 どこかに雷でも落ちたのか、ドゴォーンと大きな音も鳴り、雷が苦手なサブリナは、とうとう会議室から逃げ出した。
 だが、走り去るサブリナを気にかける者は誰もいなかった。
 なぜなら、すぐさま席を立った大臣らは、母様に駆け寄っていたからだ。


「エ、エルシー様、大丈夫ですか……?」

「これをお使いください。エルシー様のご英断に敬意を表します」

「…………ええ。ありがとう、ござい、ますっ」


 俯き、静かに肩を振るわせる母様が、なんと儚げで美しいことだろう。
 皆が母様に寄り添い、優しく声をかけている。
 その光景に、僕は言葉を失った。


 ――泣きたいのは、僕の方なのに……。


 なんで母様が悲しそうにしているのだろう。
 母様自身が、僕を人質に選んだのに――。

 僕の心の奥底にあった黒く醜い感情を刺激する。
 ぽつぽつと降っていた雨が、窓ガラスを激しく叩きつけ始めた。



















しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】  触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。  彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。  冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

処理中です...