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17 ヒーローの片鱗
しおりを挟む場違いなほど軽薄な声に、思わず柱の影から覗き込む。
そこには、困惑した顔で立ち尽くすブリトニーと、彼女の腕を取ろうとする長身の青年がいた。
胸元をはだけたような服装に、淡い黄緑のロングヘアを掻き上げる男性。
その仕草や笑みの軽さは、いかにも遊び慣れている人間のものだった。
(……ブリトニーが話していた、“しつこい貴族の子息”って、まさか)
「あれは、ロナン卿の弟君だね」
隣の兄様が、困ったように微笑む。
マティス侯爵家の末子、ペレアス様。
真面目なロナン卿とは似ても似つかない、女遊びの噂ばかりが絶えない人だ。
「やめてください! 私は……っ」
必死に拒もうとするブリトニー。
けれどペレアス様は、愉快そうに彼女を追い詰めていく。
「ブリトニーから離れろ!」
真っ直ぐに響いた声が、空気を一変させた。
現れたのは、ロミオだった。
鋭い眼差しでペレアス様を睨み据える姿は、私の知る柔らかなロミオとはまるで違う。
「な、なんだお前は……」
一瞬言い返そうとしたペレアス様だったけど、ロミオの顔を認めた途端、みるみる青ざめていく。
「……チッ。リヴィエール公爵令嬢の婚約者か。めんどくせぇな……。用を思い出したから、帰る」
吐き捨てるように言い残し、ペレアス様は肩を揺らしながら回廊を去っていった。
残されたのは、呆然と立ち尽くすブリトニーと、彼女を庇うように立つロミオ。
「大丈夫? ブリトニー。何かされなかった?」
「っ……ロミオ……」
安堵に崩れ、ブリトニーの瞳から涙が零れ落ちる。
その姿に、ロミオの頬がわずかに赤く染まった。
けれど彼の瞳には、誇らしげな光も宿っていた。
「助けてくれてありがとう。やっぱりロミオは、変わらないわね……ううん、変わったわ!」
「……いや、どっち?」
「変わったの! 昔よりずっと強くなったわ! だってあの人、すごくしつこいのよ? しかも偉い家柄なのに……ロミオの顔を見た途端、あんなに怯えて逃げていくなんて! ふふっ、見た? あの情けない顔!」
大袈裟なほどに喜びを爆発させるブリトニーに、ロミオは「そんなことないよ」と繰り返しながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
「みんな見て見ぬ振りをしていたのに、ロミオは助けてくれた。やっぱり素敵だわ。今も、昔も――」
「っ……」
その微笑みは、初恋の残り香を抱いた甘やかで切ないものだった。
ふたりの視線が絡み合い、空気が静かに揺れる。
――胸がざわめく。
(やっぱり……お似合いだわ)
涙がにじみ、視界が揺らぐ。
そのとき、大きな手がそっと私の手を包み込んだ。
「……兄様……」
ひとりだったら、きっとこの場で声を殺して泣いていだろう。
でも、兄様がいてくれるから――。
隣で手を握ってくれるから、私は泣かずに立っていられた。
「ねえ、ルキナ。近くに新しい菓子店があるんだ」
兄様は少しだけ首を傾げ、柔らかく微笑んだ。
「ルキナが好きそうな菓子も並んでいるらしい。お土産に買うつもりだったけど……一緒に寄って帰ろうか」
「えっ……でも、お仕事が……」
「気にしなくていいよ」
温もりが掌から伝わり、張り裂けそうだった胸がすっと落ち着いていく。
何も問わず、ただ優しく導いてくれる。
それが、どれほど救いになることか。
「それに父様なら、迷わずルキナを優先すると思う。怒られることもないさ」
穏やかに断言する兄様に、自然と笑みがこぼれる。
「さあ、行こう」
「っ……はいっ!」
弾けるように駆け出す。
けれどそのとき、兄様の視線がふと、柱の陰に留まった。
まだ互いを見つめ合うロミオとブリトニーの姿がそこにある。
兄様の瞳に、ほんの一瞬、冷ややかな光が宿った。
(……兄様って、たまに別人みたいに怖い顔をする)
でも、それはきっと、私のために怒ってくれているから。
そのことに気づいた瞬間、胸が熱くなる。
兄様はロミオに声をかけることなく、私の手を引いて王宮をあとにした。
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