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第一章
7 推しの身包みを剥がした奴は、名乗り出ろ!
しおりを挟むロキ様を僕好みにコーディネートし、一緒にディナーを楽しんで、帰りは屋敷まで送ってもらう――。
まるで恋人のデートのような夢みたいな時間に、僕は頬が緩みっぱなしだった。
そして、僕のもう一つの顔。
謎の芸術家としての活動も、順風満帆だ。
つい先日、僕の描いた一枚の絵が、五億という破格で落札された。
「過去最高額だっ!」
我ながら画才があるとは思っていない。
ただ、僕の作品には“中毒性”があるらしい。
名だたる巨匠たちが「独創性」を高く評価してくれたおかげで、作品は次々と高値で取引されている。
そしてその金で、僕は“推し”に貢ぐ。
それ以外の使い道など、思いつかない。
もっとも、今の立場ではロキ様ひとりに贈り物を渡すわけにはいかない。
だから僕は、彼を含む護衛たちの分をまとめて購入し、ついでにグロンダン家の使用人たちへの手土産も用意する。
あくまで「余ったから」と見せかけて渡すのが、今の僕にできる精一杯の心遣いだった。
「本当なら、ロキ様を見下すような使用人たちになんて、一銭も使いたくないけど……」
ため息を堪える。
僕は気持ちを切り替え、最近話題の新しいカフェへと向かった。
目当ては、予約が取れないほどの人気を誇るローストビーフサンドだ。
特別に注文しておいた大量の商品を受け取った。
(ロキ様を喜ばせる方法は、こんな方法じゃない、よね……)
食べ物を渡しても、その場しのぎにしかならない。
ロキ様が望んでいるのは、きっと奴隷の身分から解放されることだ。
ロキ様を奴隷の身分から解放するためには、抱えている借金を清算するしかない。
けれど、相手が悪かった。
金貸しは、グロンダン侯爵家。
破格の利息をふっかけてくる悪徳の頂点だ。
全額返済となれば、何百億という額にまで膨れ上がるだろう。
いくら僕の絵が高額で売れても、借金返済に要する年月は気が遠くなるほどだ。
だから以前、マリシャス・グロンダンに「あの強そうな人を、僕の専属護衛にしてもらえないか」と打診してみたことがある。
でも――
『いくら可愛いベルナの願いでも、アイツだけは無理なんだ』
そう言って断られた。
理由はくだらないものだった。
ロキ様の体に刻まれたタトゥーが「芸術的に美しい」から、だと。
ふざけている。
けれど、それが現実だった。
僕はロキ様だけではなく、彼と行動を共にする護衛たち全員を救いたいと願っている。
彼らの絆の深さは、言葉を交わさずとも伝わってくる。
四人でなければ意味がないのだ。
そして、僕が独自に調査してわかった、ロキ様が借金奴隷に身を落とす理由となった、弟の存在。
グロンダン侯爵家のどこかに隠されている彼を救い出すこと。
それが、僕の最終目的だった。
分厚い手帳を開き、今日のグロリアーナの予定を確認する。
水曜日――つまり、辺境伯令息のガブリエルが担当の日だった。
「……最悪」
グロリアーナには、曜日ごとに愛人が割り振られている。
月曜は王子のベリアス、火曜は隣国の貴公子オリウィエル、木曜はシャックス。
そして水曜が、ガブリエル。
僕が与えられているのは、週に一度、金曜日だけ。
そのほかの休日には、全員を集めて愛人たちと愉しんでいるらしい。
けれど僕は、正式な婚約者。
マリシャス・グロンダンのお気に入りでもある。
だから、突然の訪問であっても、受け入れられる立場にあった。
「ベルナ様、ようこそお越しくださいました」
執事が丁寧に迎えてくれる。
彼の後ろに整列する使用人たちも、僕の訪問を歓迎してくれていた。
「突然で悪いな。これはその、手土産だ。皆で食べてくれ」
「……なんと! お気遣い、痛み入ります」
袋を差し出すと、使用人たちがどよめいた。
「あれ、噂のローストビーフサンドじゃない!?」
「えっ!? 本当に!? 今、一番人気の――」
「さすがベルナ様……素敵すぎる……!」
褒め言葉を背に受けながら、僕はグロリアーナの元へと向かう。
ガブリエルに軽く牽制されながらも、短い会話を交わして早々に引き上げた。
――さて。ここからが、本番だ。
ロキ様たちは現在、離れの増築作業に駆り出されている。
そこへ差し入れを届けに行くつもりだった。
けれど――
屋敷を出ようとしたそのとき。
すれ違った使用人の足元に、目が留まった。
(……あれは、僕がロキ様に贈った靴……)
一瞬、時間が止まった。
頭が真っ白になったまま、気づけば僕は走り出していた。
「ベルナ様!? どうされたのですか!?」
執事の声が背後で響いたが、もう耳に入っていなかった。
脇目もふらず、建設中の離れへ駆けつける。
そして――
目の前に広がった光景に、僕はその場に膝をついた。
「どうして、僕が贈った服を、着ていないの……?」
灼けるような日差しのもと。
ロキ様は、かつての薄汚れた服に身を包み、裸足で丸太を担いでいた。
左頬には、痛々しい青痣が浮かんでいる。
他の護衛たちも、みすぼらしい姿のまま……。
現実が理解できなかった。
脳が、拒否していた。
(まさか……僕の贈り物が、ロキ様の身を危険に晒した……?)
吐き気がした。
この世界の理不尽さに、胸が痛んだ。
それでも、ロキ様はただ静かに、僕を見ていた。
その視線を受け止めるのが怖くて、僕は目を逸らした。
けれど、その瞬間。
遠巻きに僕を見ていた使用人の胸元に、あの刺繍が見えた。
白いシャツの胸元には、僕がロキ様のために縫った、特別な刺繍。
何も考えず身体が動き、僕は男の胸ぐらを掴んでいた。
「…………おい。なぜ、お前がそのシャツを着ている」
「ヒッ!!!!」
自分でも驚くほど、低く抑えた声が出た。
「それは、僕がグロリアーナ様の大切な護衛に贈った服だ」
「もっ、申し訳ございませんっ、そうとは知らずに――」
真っ青な顔で謝罪する男を、僕は許せそうもなかった。
ロキ様に暴力を振るって、物を奪ったかもしれないのだ。
「謝る相手が違うだろう」
「すっ、すみませんっ、すみませんでしたっ!!」
男は謝罪の言葉を繰り返す。
それから僕の指示で、ロキ様から衣服を奪った使用人たちが呼び出される。
状況を悟った彼らは、真っ青な顔でシャツや靴を脱ぎ、正座した。
「お前たち。奴隷から物を奪わなければ、生きていけないほど惨めなのか。――恥を知れ」
「「「ッ……」」」
普段、温厚な僕が怒っているからか。
ロキ様に悪さをした連中は、恐怖で震え上がっていた。
背後で、誰かの視線を感じた。
振り返ると、少し離れた場所に、ロキ様が静かに佇んでいた。
感情の読めないその瞳は、怒鳴る僕の姿をじっと見つめている。
どんな思いで、僕を見ているのか――
僕には、まだ届いていなかった。
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