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第二章
22 指を鳴らしただけ
しおりを挟むロキ様が、仲間の三人――ゼクトさん、ジノさん、ライナスさんと話し合い、自由の身になっても僕を守ると、誓いを立ててくれた。
けれど僕は、「自由になった瞬間に故郷に帰ることになっても、咎めるつもりはない」と、ちゃんと伝えたのだ。
それでも彼らの決意が揺るがなかったのは、もしかしたら――
『僕は、ベルナ様のおそばにいたいです』
そう言ってくれた、シャノンくんの素直な気持ちがあったからかもしれない。
「それじゃあ、みなさんの首輪も外しますね」
「……ほんと、新しい主人がこんなお人好しで大丈夫なんですかね」
ライナスさんが眼鏡をくいっと持ち上げる。
口ぶりは皮肉めいているけれど、もう以前のような警戒心は感じられなかった。
三人の首輪を外すと、彼らは肩や首を軽く回しながら、ほっとしたように息を吐く。
その姿に、僕は深く頭を下げた。
「ルシス国の貴族が、大変申し訳ありませんでした」
「「「…………」」」
「こんな謝罪では到底許されないことは分かっています。ですが、僕にできることがあれば、なんでも言ってください。皆さんが幸せに暮らせるよう、全力を尽くします」
僕の言葉に、一歩前に出たのはロキ様だった。
彼は片膝をつき、僕の手を取る。
「俺と共に生きてくれ」
その声は低く、穏やかで、まっすぐだった。
思わず心臓が跳ねる。
そしてロキ様は、指からごつい銀の指輪を外すと、それを細い黒革の紐に通し、ネックレスにして僕へと渡してくれた。
「俺がそばを離れても、この指輪があなたを守ってくれる」
「あ、ありがとうございます……」
ロキ様は、僕の薬指に触れるか触れないかの口付けを落とした。
(な、なにこの神展開!? え、どうしよう、まるで恋人同士みたいなんですけどっ!?)
この喜びを分かち合いたくて、僕はシャノンくんにこっそりまばたきで合図を送る。
『ロキ様が、指輪をくれた!!』
『ふふっ。とっても素敵です、ベルナ様!』
『……恋人みたいっ。ロキ様に、そのつもりはないだろうけど、それでも嬉しいっ!』
『いえ、あれは、正式なプロポーズだったかと――。気づいて、ない?』
「……プロポーズ……?」
思わずロキ様を見つめる僕に、ふいにライナスさんが呆れた声で突っ込んだ。
「だからさ、ほんとにこの人が新しい主人で大丈夫? 天然すぎでしょ。……今の会話、全部、筒抜けですよ?」
「へっ……?」
ジノさんやゼクトさんに微笑ましい目を向けられ、さらにロキ様までもふっと笑っていた。
(まばたきの会話なんて、クロム民族の彼らのほうがずっと上手いのに……っ! 僕は馬鹿なのっ!?)
僕は浮かれすぎて、大切なことをすっかり忘れていた。
恥ずかしすぎる。
「壮大な計画を立てて、俺たちを助け出した天才……だとは思う」
「でもまあ、ロキが関わると、ちょっとおかしくなることは否めないな」
優しいゼクトさんは、当たり障りのないことを言い、ジノさんは笑っていた。
和やかな空気が流れ、僕はみんなとずっと一緒にいられたらいいな、と密かに願った。
それから、僕たちはセザンヌ伯爵邸に向かった。
僕の部屋は三年の歳月を経ても変わっておらず、きれいに掃除されていた。
使用人たちはロキ様たちの威圧感に緊張しきっていたけれど、シャノンくんの天使のような可愛さに、最後は全員がとろけてしまった。
その夜――。
「やはり来ましたよ」
シャノンくんのやけに冷静な声に、僕はびくりと肩を揺らした。
予定通り、マリシャス・グロンダンが刺客を放ってきたらしい。
僕とシャノンくんは非戦闘員として、ベッドの上で待機している。
「安心してください、ベルナ様。兄様の凄さを、とくとご覧あれ」
「………………え?」
カーテンの隙間からそっと外を覗いた僕の目に、衝撃的な光景が映り込んだ。
空が一瞬、昼のように明るくなり――。
雷が走る。
轟音と共に、暗殺部隊の黒装束が次々と倒れてゆく。
その屋根の上に立つロキ様は、まだ剣を抜いてすらいない。
ただ、指を鳴らしただけだった。
「……なんだ、あのクロム民族の技は……。噂に聞いていた以上だ」
「え、父様!? なんでそんなところに……」
猟銃を片手に、父様がしれっとクローゼットから出てきた。
どこか憧れのような眼差しで、戦場と化した庭を見下ろしている。
「おい! 見てみろ! あのでっかいの、炎を作ったぞ! は? 火の玉を投げた、だと……?」
「父様、彼はジノさんです」
「うわ、地震か!? いや、あいつが土を操っているのか!?」
「あ、彼はゼクトさんです」
「……あの眼鏡が一番鬼畜だな。水責めして、いたぶっている」
「あの人は、ライナスさんです。多分、誰の命令なのかを吐かせようとしているんじゃないですか?」
戦闘で庭がめちゃくちゃになったけど、最後はゼクトさんが土魔法という力で全てを元通り。
あっという間の出来事だった。
その光景を黙って見ていた父様は、思案顔でそのまま寝室から出ていった。
「兄様たち、とっても強かったでしょう? 僕の自慢の家族です」
シャノンくんが、にっこりと誇らしげに笑う。
その顔が可愛くて、僕も思わず笑ってしまった。
「うん、すっっっっごかったね!! あんなの見たことないよ!」
戦闘はすぐに終わったけれど、僕たちはその夜、ずっと彼らの凄さを語り合っていた。
そして翌朝。
『マリシャス・グロンダン侯爵が出頭した』という速報が、社交界に激震を走らせた――。
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