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第四章
99 不穏な言葉 エリオット
しおりを挟む「イヴくんが、セオフィロス家で無事にクラリッサ王女様の治癒を終えたそうだ」
グレンからの手紙を受け取り、報告したゴッドが無表情で私を見つめる。
目を伏せた私は、そうか、とだけ答えた。
いろいろと言いたいことがあるのだろうが、ゴッドは意気消沈している私の前から姿を消した。
あらぬ噂が立つ前に火消しに向かったのだろう。
皆を統率する立場であるにも関わらず、何もする気になれない私は、狭い個室で項垂れていた――。
エヴァとのことですれ違いになっていたイヴと、濃厚な一晩を過ごして酷く浮かれていた私は、イヴの服を取りにテントに向かった。
早朝だったが、エヴァとアデルバート・バーデンが、イヴのテントの近くで話し込んでいた。
声を潜めて話す二人だが、エヴァを警戒していたはずのアデルバートがなぜか笑みを浮かべており、親密そうに見える。
今日ここを出て行くというのに、何か企んでいるのかと気配を消して話を聞けば、なにやら不穏な言葉が飛び交っていた。
少しずつ距離を詰めれば「なんだ!」と、アデルバートの高めの声が聞こえた。
「イヴの功績を盗もうとしたわけじゃなかったんですね?」
「もちろんです。イヴ様が隠したいと願っているようだったので、私が代わりにしたことに……」
「ふふっ、おかげで良い目眩しになりました」
「いえ。お礼を言うのは私の方です。まさかイヴ様直々についてきていただけるなんて……」
「イヴはお人好しですから」
「ええ、王子様みたい……」
「わかりますっ! かっこいいですよね!」
エヴァがイヴに好意を抱いていることはなんとなく察していたが、ついて来るとは一体なんの話だ。
話が読めずに気配を消していると、二人がイヴのテントに入って行く。
「イヴがいない!」
「そんなっ、まさか……報告しに行ったなんてことは……」
「ありえません! イヴは約束は必ず守る人です。きっと、朝の散歩に行ったんだと……」
「どうしよう……。イヴ様がいないと、クラリッサ様が……」
「大丈夫です。昨日は緊張して眠れるかわからないって話していましたから。やる気満々でしたよ? イヴも早くクラリッサ王女様を治癒したいと願っていましたから」
「そう、ですよね……。私を信じてくれたイヴ様を疑ってしまうなんて……」
(イヴ、治癒、王女――)
先程聞こえた言葉から、点と点が結びつき、ある可能性が浮上した。
私がテントに入れば、途端に二人が青褪める。
「イヴは私が拘束している」
ひゅっと息を呑むエヴァはガタガタと震え出し、大きな目を細めたアデルバートは、私を敵だと判断したかのように睨みつけた。
「イヴをどうするつもりですか」
「…………」
「隠していたとはいえ、イヴは国の為に動いていました。そんな彼を見捨てるおつもりで?」
アデルバートの話が読めないが、イヴが何か重大なことを秘匿していることだけは理解出来た。
「私には、報告する義務がある」
「っ……最低」
「なぜだ? 当たり前のことだろう」
「イヴを大切な弟子以上の目で見てるくせに」
「だったらなんだ? それとこれとは話が別だろう」
ギリッと奥歯を噛み締めるアデルバートの横で、エヴァが平伏した。
「お願いしますっ、イヴ様を解放して下さいっ。一日だけで良いのですっ」
「っ、ちょっと! それって、クラリッサ様が助かれば、イヴは捕まってもいいってこと?!」
「違いますっ! でもっ……」
二人が言い争う中、まずはイヴ本人から話を聞きたい。
イヴは私を信頼してくれているはずだ。
私が聞けば、必ず答えてくれるだろう。
そう思いテントを出ようとすると、エヴァから殺気が漏れ出した。
振り向けば、短刀を手にしたエヴァが襲い掛かって来ており、咄嗟に投げ飛ばす。
それでも身を翻したエヴァの目が血走っており、会話をすることが困難だと判断出来た。
再度、斬り掛かってくるエヴァから短刀を奪い取り、右足の腱を斬った。
「ぐっ……」
「エヴァさんっ!!」
倒れ込むエヴァを支えたアデルバートは、シーツを剥ぎ取って止血する。
「大丈夫! イヴが必ず助けてくれる!」
「私のことは、放っておいて構いませんっ! ただ、クラリッサ様だけはっ……」
間近で戦闘を見たことがなかったらしいアデルバートが、涙ながらに必死に頷く。
間者であろうと、怪我人を助けようとするアデルバートは医師としては優秀だが、判断を間違えたようだ。
二人を引きずって救護班のテントに連れて行き、アデルバートに手当てをさせたが、逃げ出さないように拘束して部下に見張らせることにした。
家に戻り、可愛い顔で眠るイヴの頬に触れる。
「イヴ……なにを隠しているんだ。イヴは……癒しの聖女様なのか?」
無意識にすりっと頬を寄せるイヴが愛らしいのだが、私は深い溜息を吐く。
イヴの全身を何度も見ているが、紋章などどこにもない。
(到底信じられないが……。今までのことを振り返れば、イヴが癒しの聖女様であってもおかしくはない――)
重傷患者が、比較的早い段階で復帰していたことや、彼らが再度魔物を前にしても、怯まずにいたこと……。
騎士としての志が高いからだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。
私を基準として考えれば普通のことだが、いくら実力があったとしても彼らも普通の人間だ。
一度殺されかけているのだから、魔物を恐れるに決まっているというのに――。
全て順調だと思っていたが、イヴが陰で支えてくれていたのかもしれない。
そう思えば、怪我人の早朝の見回りで、手の甲に口付ける天使の話は、やはり真実だったのだろう。
「口付け……」
(なぜ、口付ける必要があるんだ……?)
癒しの聖女様なら、確か紋章のある手を翳すだけで治癒が出来るはずだ。
騎士団長に就任する際に学んだ紋章の数々を思い出して、不可解に思う。
そして私の手は、イヴの唇に触れていた。
口内に指を滑らせて、そっと口を開かせた。
「つっ…………」
口内を覗き込めば、何度も触れ合っていた温かな舌には、大きな羽を広げて祈りを捧げる女神の紋章が浮かび上がっていた――。
戸惑いと、あまりの美しさに目を奪われる。
どれだけ見ていたのかはわからないが、眠るイヴに指を吸われ、私は慌てて指を引き抜いた。
(……陛下に、報告しなければならない)
それなのに、私は寝台に腰掛けたまま動くことが出来なかった――。
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