紋章が舌に浮かび上がるとか聞いてない

ぽんちゃん

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第八章

190 聞いてないよ

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 真っ暗闇の中に、金色の結晶がふわりふわりと浮かんでいる。

 その光に照らされるのは、力なく横たわるローランド国の誇る騎士団の団員たち。

 彼らの体の上には、真っ白な雪が積もっていく。



 最後の時を惜しむかのように、一歩一歩を踏みしめる魔物の王が、この場で唯一直立している人間の元へ歩いて来る。


 「ここまで楽しませてくれるとは思わなかった。待っていた甲斐があったというものだ」


 満足そうに呟き、舌舐めずりをした魔物の王に、俺の体は硬直して動けなくなった。



 新たに現れた魔物の大群との熾烈な戦いにより、大群は討伐できたものの、俺が至らないばかりに、こちらも無傷とはいかなかった。

 遠くから俺たちを眺め楽しんでいた魔物の王だけは、平然とした姿で顔面蒼白になっている俺に近付いてくる。

 「行かせるかっ」

 もう動くことも出来ないはずなのに、漆黒の騎士が魔物の王の足にしがみつく。

 地に這いつくばる俺の恋人は、棒立ちになっている俺を見つめる。

 魔物との戦いが始まってから、朝が来ていない。

 時間の感覚はわからないが、飲まず食わずで二日は経過しているはず。

 だが、漆黒色の瞳はまだ死んでいなかった。

 「っ…………エリオット様」
 「イヴ、逃げろっ」
 「っ、嫌……、嫌だッ、エリーッ!!」

 ぼたぼたと涙が零れ落ちるのも構わずに、俺は全力で駆け出していた。

 闇色の剣が、こんな時でも美しいエリオット様の顔面目掛けて振り下ろされる。


 ──間に合わないっ。


 最悪な光景を想像した瞬間、俺の横を何かが通り抜けた。


 「まったくさ。私の息子が癒しの聖女様だったなんて、聞いてないよ」

 
 にっこりと微笑んだ甘いマスクの勇者様。

 満身創痍の漆黒の騎士を軽々と担いで、俺の元へ走って来る。

 「っ、父様ッ!!!!」
 「イヴ? あとでお説教だ」
 「うっ……、ハイ」

 体を縮こまらせる俺の頭をわしゃわしゃと撫でた父様は、俺の顔を覗き込む。

 怒っているのかと思いきや、目元をとろりと下げて、満面の笑みを浮かべていた。

 「よく頑張ったな」
 「っ……ハイッ!!」
 「あとは私に任せておけ」
 
 パチンとかっこよくウィンクをして立ち上がった父様は、エリオットを頼むと告げ、魔物の王と対峙した。

 俺の手本となる、頼もしい広い背を見ているだけで安堵し、またしても涙が込み上げてくる。

 肩の力が抜けた俺は、エリオット様を膝枕して抱きしめた。

 「……イヴ、」
 「父様が、来てくれました」
 「ああ。そうらしい。不甲斐ないな……」
 「いいえ、すごくかっこよかったです」
 「だが、ガリレオ殿には負けるだろう?」
 
 くつくつと喉を鳴らしたエリオット様の頬に、俺の涙が流れる。

 「確かに……。こんな時に駆けつけてくれる父様が、一番かっこいいのかも」

 すっかり忘れていましたけど……と付け加え、冗談を言って、すんと鼻を啜る。

 微笑みながら俺の涙を拭ってくれるエリオット様は、驚いたように目を瞬かせた。

 「イヴの涙は、癒しの効果が高いな。口付けと同じくらい回復した気がする」
 「こんな時まで、分析しないでくださいよっ」
 「ククッ、心配かけてすまない」

 癒して欲しいと告げられて、直様口付けた。

 唇を離すと、やはり涙を受けるよりも口付けの方が良いと語る俺の恋人は、優しい笑みを浮かべる。

 微笑み返した俺だが、項垂れる。

 「俺の方こそ。すみませんでした、力が……」
 「いや、イヴのせいじゃない。イヴは想像以上によくやってくれた」
 「でも……」
 「体と心が癒せても、魔物に襲われた時の残像が残るだろう? 何度も何度も繰り返しているうちに、平常心を保つことが出来なくなる。いくらこの戦いに全てがかかっているとわかっていても、団長クラスは耐えられるが、他の者では無理だろう」

 そう語ったエリオット様は、決して俺を励まそうと告げたようには見えなかった。

 身体的には癒せていても、精神面のケアが追いつかなかったのかもしれない。

 それでも、もっと俺がしっかりしていればと後悔の念に苛まれる。

 遠くから、ガキン、ガキンと激しく打ち合う音を聞きながら猛烈に反省した。

 だが、父様の邪魔にならないようにと、二人で団員たちの生存確認をし、隅に移動させた。

 水分を取らせていると、みんなから涙ながらに謝罪されたが、謝るようなことじゃない。

 「父様が来てくれたので、安心してください」

 笑顔で告げて回り、全員の無事を確認して一息ついた俺は、悔しそうに父様の活躍を見つめるセオドアに寄り添った。

 「父様にはまだまだ敵いませんね……」
 「経験の差だろう。テディーもよく頑張ったな」
 
 癖のある金色の髪を撫でると、セオドアはぎこちなく頬を緩める。

 ジュリアス殿下の予知夢のことが頭を過ぎったが、今のセオドアは恐ろしいことを考えているようには見えない。

 そんな中、二人の戦いが激化し、魔物の王も傷を負っていく。

 終始ニタニタと笑っていた表情が、今は崩れている。

 相当追い詰められているのだろう。

 ゆっくりと立ち上がった俺は、父様の力になるべく手を組んだ。


 ──父様に力を。


 「この戦いを終わらせてくれ」

 そう呟くと、金色の光を纏った勇者様のスピードが、さらに上がった。

 紫色の血飛沫が飛ぶ。

 大量に出血する魔物の王は、肩で息をし始めた。

 「ガリレオ殿ッ!!」
 「凄いっ、凄いぞっ!」
 「さすがは勇者ガリレオ殿だっ!」

 興奮気味に声を上げる団員たちの声を聞きながら、誇らしく思った。

 じわじわと追い詰められていく魔物の王が膝をつき、父様の剣が心臓を突き刺す。

 カタカタと震えた体は、地面に崩れ落ちた。

 「やった!! やったぞっ!!」
 「ガリレオ殿が、魔物の王を討伐した!!」

 背後を見れば、団員たちが涙を流しながら抱き合っていた。

 だが、座り込んだままのセオドアだけは下を向いている。

 声をかけようと動いたその時──。


 「イヴッ!!」

 父様の鬼気迫った声が間近で聞こえた。

 振り向くと、険しい表情の父様と目が合い、強く抱きしめられていた。

 「…………カハッ」
 「油断したな」
 
 ケタケタと悍しい笑い声が響く。
 
 しがみついたまま動かない父様の口角が上がる。

 「愛してるよ、イヴ……」
 「父様? ……父様、父様っ!!」
 
 無理やり体を引き剥がすと、腹部に拳ほどのドデカイ穴が空いていた。

 「っ……はっ……はっ……はっ……」
 
 今の今まで、勝利を確信していた俺は、ドバドバと出血する体を見て、呼吸の仕方を忘れた。

 立っていることが出来なくなり、その場で崩れ落ちる。

 俺の腕の中にいる父様が、くしゃりと笑った。

 眠るように目が伏せられ、いつも俺を優しく見守ってくれていた、甘いお菓子のような色の瞳が見えなくなった。


 「ッ、父様ああああああああああぁぁぁぁ───────ッ!!!!!!!!」








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