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第十一章
245 誰だ、あれは…… ガリレオ
しおりを挟む「ガリレオ殿!」
「悪い、待たせたな」
緊急の呼び出しを受けて、久しぶりに屋敷に戻れば、今か今かと主人の帰りを待っていたのは、私の胃袋を掴んだ男。
弟子であり、セオフィロス家の料理人としても優秀な人材である。
「これでも全速力で来たんだ」
「……そうらしいですね」
私に担がれて、気絶している恋人を目視したグレン。
全てを悟った夜空色の瞳が、今日は一段と色濃く見えた。
話をする前に私の部屋にレイドを連れて行き、寝台に寝かせる。
そっと瞼を閉じさせたグレンが、ご愁傷様ですと手を合わせていた。
「死んでいないからね? 本気で走ったら、気を失ってたみたいで……。ははっ、レイドもまだまだだね?」
「おいたわしい限りです」
わざとらしく溜息を吐いたグレンだが、すぐに真剣な表情に切り替わる。
「さっそくですが、こちらを……。ヴァイマール王国、リューベック王国からも、癒しの聖女様をと……。ああ、今、ロドメリア王国からも来ましたね」
「そんなにか……」
書簡を運んできた鳥の気配を察知したグレンが窓を開けると、黒鳥が勢いよく飛び込んで来る。
闇に溶け込むような色をした大きな羽を持つ鳥を、子猫でも可愛がるように労るグレンを眺め、内容に目を通す。
深刻な状況に、私は頭を悩ませる。
三ヶ国とも、私が勇者として魔物から守った国である。
それが今、疫病に悩まされており、今度は癒しの聖女様を派遣して欲しいと書簡が届いていた。
「疫病はローランド国だけでなく、全世界で広まっている可能性が高いのかと……」
「なるほどな」
「現在、イヴ様のおかげでローランド国は平穏ですが、病に冒された他国の者がこの国を訪れることになれば、また疫病が流行り出すのではないでしょうか? 一時的にでも、入国制限をした方が良いのではないかと……」
グレンの言葉に、ごもっともだと頷いた。
近隣国から助けを求める声が届いたということは、明日には遠い異国からも要請されることが予想される。
返答が遅れれば、助けを求める人々が押し寄せてくることになるだろう。
「ロドメリアは死者も出ているのか……。緊急事態だな。すぐに陛下に報告に行く」
「畏まりました。ついでに、イヴ様の行いを咎めている不届き者もおります故、発見次第ぶっ飛ばしてくださいませ」
相変わらずイヴへの愛が爆発しているグレンが、険しい表情で告げる。
国民からは感謝の言葉ばかりをかけられていた私は、予想外のことに眉を顰めた。
国を癒す役割を果たしたイヴに対して、未だに文句を言う奴がいるのか……。
「奥様のことはお任せを」
「ああ、頼んだ」
既に私の隣の部屋を整えてくれているグレンは、やはり有能な男だった。
可愛い顔で眠っている恋人にキスをして、さっそく王宮に向かう。
◆
途中、恐いくらいに厳しい表情のフォスナー侯爵が、白衣を着た集団に絡まれていた。
セオドアを可愛がってくれている人物だが、今は一刻を争う。
見なかったことにしたのだが、聞こえて来た話に私は足を止めた。
「もし、数百年後に同じ疫病が流行った時に、特効薬がありません。その時代に、癒しの聖女様の紋章を授かる者が現れなかった場合、国は危機に陥ります。そのために我々が日々研究しているのです」
新薬の研究をしている者たちの訴えを立ち聞きし、彼らの言うことも一理あると頷いた。
「現状は復興作業が最優先。これ以上研究費を割くことは出来ません。今はどんな病が流行しようとも、癒しの聖女様が対処しくださいます。研究は、国が安定してからでも遅くないのでは?」
「だとしても、新薬を開発するには、多額の金がかかるのですっ!」
詳しいことはわからないが、研究費用の増額を断られて、不満が爆発しているらしい。
話が平行線を辿り、結局は、イヴがローランド国を癒したことで、自分たちの出番がなくなったとお怒りのようだった。
グレンから話を聞いてはいたが、彼らがイヴの行いを咎めている者たちなのだろうと察し、全員の顔を覚えておく。
「凶暴化した家畜だけでも、解剖させて欲しかったな」
「そうだ!! そうしたら、特効薬もすぐに完成させて、我々の力を証明することが出来たというのにっ!!」
「そうかそうか。それなら連れて来てあげるよ」
代表者らしき年配の男性の肩に触れると、大袈裟なくらいに驚いていた。
「っ、ガリレオ殿!!」
「他国では死者が出ている病だそうだ。これからイヴを各国に連れて行く許可を貰ってくるから、その間に特効薬を作ってもらえるだろうか? 陛下に入国制限はお願いしておくけど、すぐには戻って来られないと思う。万が一、疫病が蔓延した時は、君たちの出番だ。頼んだぞっ!」
青褪める研究者たちに、うんうんと頷いた私は笑みを浮かべる。
「イヴを連れ出して大丈夫か心配だったけど、君たちがいれば安心だ。迷惑をかけたようだし、研究費用も私が出すよ」
「い、いや、あの、ちょ、ちょっと」
「ああ、それから。凶暴化した家畜が必要なら連れてくるよ?」
「っ…………」
抗議していた研究者たちが黙り込み、私は肩を竦める。
「とにかく、費用は私が出すよ。結果は逐一報告して欲しい」
「っ、い、いえ、ガリレオ殿にそこまでしていただかなくても……」
「いや。うちの息子が悪かったね。私と違ってすぐに熱くなるタイプだから、数百年後のことまでは考えていなかったと思うんだ。私の方からも、言い聞かせておくよ」
小刻みに首を横に振る研究者たちが後退る。
「も、申し訳ございませんでした……」
次々に謝罪の言葉を口にする彼らに笑顔を向け、穏便にことを済ませる。
彼らが去った後、フォスナー侯爵に弟子たちから向けられるような目で見られてしまったが……。
「言い過ぎたかな?」
「いえ、彼らはリズベルトと癒着していたので、私が研究費を大幅に削減したのです。あれだけ騒いでおりましたが、仕事をしていなかったことも確認しております。今頃、大慌てで研究を始めているかと」
「そうだったのか。それなら焚きつけて正解だったな?」
「はい。それに、癒しの聖女様を侮辱するようであれば、一人ずつ消して行く予定でしたので。手を汚さずに済みました」
「……本気でやりそうで怖いよ」
わざとらしく自身の体を抱きしめると、フォスナー侯爵が笑っていた。
彼とは元々交流があったが、こんな風に笑う男ではなかった。
あまりに穏やかな雰囲気に変わっていて、驚きに目を丸くする。
「ふふっ、やはり親子ですね。癒しの聖女様も、同じようなことをよく仰られております」
「セオドアと仲良しだと思っていたけど、いつのまにイヴとも仲良しになっていたんだ?」
「毎日お会いしておりますので」
「……毎日押しかけているのかい?」
「笑顔を見ているだけで癒されますので」
しれっとした顔で告げた男は、早く陛下に報告をと、急かしてくる。
そして自分はイヴに会いに行くと、スキップしそうな軽やかな足取りで去って行った。
「誰だ、あれは……」
私がいない間に、最愛の息子が過去に対立していたフォスナー侯爵を魅了していたことに驚きつつも、陛下の元へ急ぐことにした。
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