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1 俺の婚約者は、頭の中がお花畑
しおりを挟む「エレン、本当にすまない。君と結婚することができそうにない……」
土下座する勢いで頭を下げて、誠心誠意謝罪をする婚約者を前にした俺は、誰もが見惚れるような美しい笑みを浮かべた。
「ああ、分かってた。食堂の子だろ?」
「っ……知ってたのか」
ばつの悪そうな顔をする俺の婚約者であり、幼馴染みのオリバーが茶髪の癖毛を掻き毟った。
「何年一緒にいたと思ってるんだよ。十三年だぞ? お前の気持ちなんてすぐにわかったから」
全く気にしていない素振りを見せる俺は、完璧なまでに美しい所作で紅茶を飲む。
ここ数ヶ月、毎日のように平民街の食堂に足を運んでいることに、一番身近にいた俺が気付かないとでも思っていたのか?
調べるまでもなかった。
オリバーが平民の子に惹かれていることは承知の上で、俺は何もしてこなかったのだから――。
安心して表情筋を緩ませたオリバーは、俺の対応に感動したのか、空色の瞳を潤ませた。
「エレンが良い奴で本当に助かる」
「俺たちは幼馴染だろ? 婚約者じゃなくとも、友人には変わりない」
「……え? い、いいのか?」
「ああ、もちろん。お互い立場が変わっても、お前とはこれからも関わるだろうから……」
きょとんとするオリバーに、俺は笑みを深めた。
俺の婚約者……いや、元婚約者のオリバーは、クリストフ侯爵家の次男で、イケメンではないが子犬のような青年だ。
……いや、頭の中がお花畑な少年か?
友人としては何の問題もないが、婚約者としては完全にアウト。
正直なところ、躾のなっていない近所の茶色の子犬くらいにしか思っていなかった。
「で、でも、エレンはどうするんだ? 俺の他に相手がいるのか?」
「うーん。まあ、なんとかなるでしょ。俺ってモテるし?」
自慢の金髪を指で弄びながら、俺はくすっと陽気に笑って見せる。
「まあ、そうだよな。エレンなら心配いらないか。美人だし、俺より頼りになるし。一人でも生きていけそうだもんな」
……一人でも生きていけそう、か。
呑気に紅茶を啜るオリバーの悪気のない言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
俺がこんな風にしっかり者に育ったのは、婚約者だったお前が頼りないからだっていうのに。
若干腹が立ちながらも、笑顔は崩さない。
「それで? その子とは結婚するのか?」
「そうしたいけど、マイキーは平民だし……」
「おいおい。真実の愛に、身分差なんて関係ないだろ?」
それなら、なぜ俺と婚約解消したいと願い出たんだよ。
長年支えてきた俺を捨ててまで平民の子を選んだんだから、愛する人の為に自分も平民になる! くらいの覚悟はしておけよ。
何をうじうじしているんだか、全く。
あ、お相手はマイキーって名前なんだ。
そんなことを思っていると、真剣な表情のオリバーが俺の手をガシッと握った。
「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」
………………お前はバカか?
いや、知ってた。
オリバーがどうしようもないくらいの馬鹿で、夢見る少年だってこと。
だからって、十三年も婚約関係だった相手に不義理を働いた上、婚約解消を願い出てすぐに頭のいかれたお願いをしてくるオリバーの神経を疑う。
普通だったらブチギレられてもおかしくない状況だが、目の前の駄犬は自分の願いが罷り通ると信じてやまない。
「父上はエレンに甘いだろ? だから、エレンが一言言ってくれれば、父上も許してくれると思うんだ! なあ、エレン。お願いっ!」
捨てられた子犬のような目で縋り付かれて、深いため息が漏れる俺は、手首を飾る空色のブレスレットを強く握りしめた。
「……はあ。わかった」
「さすがエレン! 俺たちずっと親友だよ!」
やっぱり頼りになるな、とキラッキラの笑顔を見せるオリバーに、頭が痛くなる。
なにが俺たちずっと親友だ。
十八にもなって青春ごっこか?
本当、暑苦しい。
……なんて思っていることはおくびにも出さずに、微笑み返す。
「じゃあ、まずはマイキーに会ってみてくれ! あの子の良さをみんなに教えたいんだ!」
そう言って、オリバーは舞台俳優のようにバッと大袈裟に両手を広げる。
完璧な作り笑顔の仮面をつけていた俺ですら、今の発言には間抜け面を晒してしまった。
初めての恋に浮かれた無邪気なオリバーは、そこらへんに転がっているような陳腐な物語の主人公になったらしい。
お前の顔で主人公は無理。
せいぜい、名前も出てこないような主人公の友人Cだ。
友人AでもBでもなく、Cな!
内心どうでも良いことを考えながら、俺は笑顔で頷くのだった。
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