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23 恩人 フィリップ
しおりを挟むキャンベル公爵家のスペアの私は、弟の不始末を謝罪しに訪れた、ジークハルト・クリストフ侯爵子息に一目惚れした。
青みがかった銀髪が美しい彼は、無関係の幼い私にまで深々と頭を下げて謝罪して下さった。
のろまで役立たず、と兄に見下されていた私は、いつも以上に吃ってしまう。
緊張すると言葉が出なくなってしまう為、家族だけでなく、使用人にまでも話を聞いてもらえない。
でもジークハルト様は、私が話し出すまで優しく微笑んで待っていて下さった。
それからは、引っ込み思案だったけど、彼が出席する夜会にだけは足を運び、遠くから憧れの方を眺めて満足していた。
でも本心では、あのお方の広く深い海のような瞳に、もう一度だけで良いから私を映して欲しいと願っていた――。
そんな私の運命を変えてくれた恩人、エレン・ブラッド侯爵子息。
金の貴公子様と銀の貴公子様に愛された、『黄金の妖精姫』と呼ばれる美神。
私の憧れの人の想い人だ。
そのお方が、ジークハルト様の父であるレオンハルト・クリストフ侯爵閣下に横抱きにされ、馬車に乗り込む姿を目にした瞬間。
目の前にいる私の憧れのお方は、あの時のように優しく微笑まれた。
憂いを帯びた横顔を眺める私は、想い人に他の令息を紹介された彼の気持ちを想像しただけで、胸が締め付けられる。
「フィリップ。婚約しようか」
「っ……」
「俺じゃダメかな?」
「っ、い、いえ、そういうわけではなくて……」
くすりと笑って紅茶を飲んだジークハルト様は、深海色の瞳に口をはくはくとさせる私を映す。
「ごめんね。今はまだフィリップと話したばかりで好意を抱いているわけじゃないけど、君となら穏やかに過ごせそうだなって思うんだ」
「っ、う、嬉しいですっ。ずっと、お慕いして、おりましたっ!」
勝手にほろほろと流れる涙と共に想いを口にし、驚きに目を丸くするジークハルト様に向けて、どんな形であれ嬉しいと思いながら、くしゃりと笑う。
すると美青年の口角がグッと持ち上がり、私の元に歩み寄って、目尻に口付けを落とした。
一瞬のことで何が起きたかわからずに、瞬きを繰り返していると、ニタリと背筋がゾッとするような魅惑的なお顔に変化した。
「好きになれそう」
「ヒェッ?!」
「さすがエレンだ。俺の好みを熟知しているな」
くつくつと喉を鳴らすジークハルト様は、今までに見たことがないような、悪魔的な笑みを浮かべていた。
そんな顔も美しいのだけれど、驚きすぎた私の顔色はかなり悪いと思う。
「ふふ、いいねぇ。その怯えた顔」
「っ、」
「フィリップ? やっぱり俺との婚約はやめる、なんて言わないよね?」
「…………」
「ん?」
「っ、は、は、は、はいぃぃっ!」
「良し。いい子いい子」
整えてもらった若草色の髪を優しく優しく撫でるジークハルト様だけど、顔が怖すぎる。
いつも優しい微笑みに見惚れていた為、いきなり魔王のような顔をするジークハルト様に気持ちが追いつかない。
もちろん、お美しいのだけれども……。
その後、その美しい顔で卑猥な言葉を放たれまくり、辱められた私の目元は真っ赤に腫れている。
帰宅する際、侯爵閣下が戻って来られて、私の顔を見てジークハルト様を睨む。
「ジーク、どういうことだ。なぜ彼が泣いているんだ。お断りするにしても泣かせるなんて、」
「ふふ、父上。違いますよ? フィリップ は俺の新しい玩具……じゃなくて、婚約者です」
お、玩具、って言いませんでした?!
……と言おうとしたけど、肩を抱かれてじっと見下ろされた私は、こくこくと激しく頷いていた。
本当にジークで良いのか、と何度も尋ねられ、壊れた人形のように延々と首を縦に振る私を見ながら、ケラケラと笑うジークハルト様が恐ろしくて仕方がない。
フラフラになりながら帰宅しようとすると、なぜかジークハルト様も馬車に乗り込んで来る。
「フィリップが逃げないように」
殊更甘い声色で囁くジークハルト様は、流れるような所作で私の唇を奪った。
真っ赤になりながら口をはくはくさせていると、顔中に優しい口付けを落としてくる。
巧みな飴と鞭に翻弄され続けた私は、より一層ジークハルト様のことが愛おしくなっていた。
我が家に着くと、さっそく私の両親や兄に、婚約したい旨を話す美青年は、悪魔顔を封印している。
公爵家のお荷物だった愚図な私が、誰にも靡かない高嶺の花であるジークハルト様を連れてきたことに、家族はもちろん、使用人達も暫く呆けていた。
そんな中、一人余裕の笑みの美青年は「フィル」と甘い声で呼び、忠実な僕と化した私は、すりっと身を寄せる。
ハッと意識を取り戻した両親は、紳士の仮面を被るジークハルト様を諸手を挙げて大歓迎し、直ぐに婚約する運びとなった。
ジークハルト様をお見送りした後、父にはよくやった! と、背中をバシバシ叩かれまくり、母にも自慢の息子よ! と上機嫌で褒められた。
兄は既に結婚しているけど、ずっとエレン様のことを慕っていたから、私が友人だと告げると激しく嫉妬された。
兄に嫉妬されたことなんて初めてで、口許が緩んでしまう。
エレン様への気持ちを封じたジークハルト様と、穏やかな時を過ごせるように。
そして、クリストフ侯爵家の跡継ぎである彼を支える為に、精一杯努力しようと意気込む。
根暗な私の人生は、エレン様のおかげで大きく変わろうとしている――。
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