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しおりを挟む「なんでそんなに怒る必要があるんですか? この子、きちんと謝ってるじゃないですか」
「っ……」
高位貴族たちに、真っ向から立ち向かうアカリの姿に、レヴィは息を呑んだ。
大勢の大人たちに萎縮していたレヴィとは違い、アカリは堂々とした態度だった。
そんなアカリが、レヴィのもとまで歩み寄る。
壇上にいる時は大きく見えていたが、実際には、百五十センチ程のレヴィと、同じくらいの背丈だった。
「遅れたのには、なにか理由があるんじゃないのかな?」
少し屈んだアカリが、にっこりと優しい笑みを浮かべる。
不健康なまでに白粉を使用する貴族女性とは違い、アカリは化粧気がない。
とんでもなく短い髪のせいか、まるで少年のようにも見えるのだが、健康的な肌色がとても好ましい、とレヴィは思った。
「私に教えてくれるかな? ゆっくりでいいからね」
「っ、は、はい。魔物討伐で負傷した騎士の、治癒をしていて……」
「やっぱり。きちんとした理由があるのに、大人たちに寄ってたかって怒られて、辛かったね?」
レヴィと同世代と思われる、幼い顔立ちのアカリに、「偉い偉い」と言いながら、頭を撫でられたレヴィは、ぽかんと口を開けてしまった。
慌てて口を引き結んだものの、黒い瞳はレヴィに好意的だった。
「この子の保護者は誰ですか?」
レヴィを背に庇うアカリの問いに、ユリアンが一歩前に出る。
「え、若すぎない!? しかも、この国には、美形しかいないわけ……?」
なにやら独り言を話すアカリだが、レヴィの目はアカリの後頭部に釘付けになっていた。
なぜなら、後ろの毛は刈り上げられていたのだ。
ユリアンが兄だと話している間、レヴィはアカリの奇抜な髪型に、度肝を抜かれていた。
「私はテレンス・マリア・ドラッヘ。レヴィの婚約者です」
ユリアンに続いて挨拶をしたテレンスが、美しく微笑み、さっと上着を脱いだ。
「肌を晒してはいけないよ」と囁いたテレンスは、アカリの肩に自身の上着をかけた。
真冬だというのに、アカリは半袖の薄い服を着ていたのだ。
気遣いのできるテレンスの行動に、アカリは黒い瞳を丸くする。
(テリーは、みんなに優しい、完璧な王子様……)
見目麗しいだけでなく、心優しいテレンスは、老若男女に人気がある。
アカリがテレンスに好意を抱いても仕方がないだろう、とレヴィは思った。
絶世の美人ではないものの、清潔感のある爽やかな印象のアカリは、目を引く存在。
加えて、勇者である。
第二王子の婚約者として、明らかにレヴィよりも好ましい人物だった。
(ラ、ライバルになったらどうしよう……。絶対に勝てない、勝てる要素が見当たらないっ!!)
内心、ひやひやしていたレヴィだったが、アカリはテレンスの行動に苦笑いを浮かべていた。
「私の目には、この子がいじめに遭っているようにしか見えませんでした。あなたがこの子の婚約者なら、きちんと守ってあげないと」
さらっと上着をテレンスに返却したアカリに、レヴィだけでなく、周囲の人々も唖然とする。
テレンスに話しかけられて、たちまち頬を染める女性が多い中、アカリはテレンスに見惚れるどころか、意見したのだ――。
「…………ぷっ」
一部始終を見守っていたリュディガーが、たまらず顔を背けて小さく吹き出す。
肩を震わせて笑っている姿はとても珍しいのだが、今はやめてほしいと、レヴィは切に願う。
沈黙が流れ、レヴィが恐る恐る隣を見上げれば、テレンスは無言で笑っていた。
(っ、す、すごく怒ってる……っ!!)
アカリは全く気付いていないが、テレンスは額に青筋を立てていた。
レヴィのために発言してくれたアカリだが、テレンスのプライドを傷つけたのだ――。
「……あれ? もしかして、君って男の子?」
テレンスを気にかけるどころか、アカリはレヴィに興味津々の様子だ。
普段は聖女候補たちに囲まれており、中性的な容姿であることを自覚しているレヴィは、特に嫌悪感を抱くことなく頷いていた。
「っ……同性同士で付き合ってるの?」
周囲の目を気にするアカリが、レヴィに小声で問いかける。
黒い瞳の先は、正妃ローマンと側妃マティアス、ふたりの男性を捉えていた。
ドラッヘ王国の王族や高位貴族、資産家は、こぞって同性婚である。
そこで必要不可欠なものが、同性同士でも子を宿すことのできる秘薬の材料――ドラゴンの鱗だ。
長年の研究の成果が実り、粉末状にしたドラゴンの鱗を摂取することで、同性同士でも子孫を残すことが可能となったのだ。
そういった経緯から、ドラッヘ王国はドラゴンを神と崇めている。
そして、ドラゴンの鱗を持ち帰ったのは、後にも先にも初代国王――アーデルヘルムだけである。
故に、ドラゴンの鱗は希少なもの。
よって現在、同性婚をする者たちは、富裕層の中でも選ばれし者だけだった。
中には、己の権力を見せつけるためだけに、男性を伴侶に迎える者もいる。
そして、テレンスの婚約者が、スザンナではなくレヴィが選ばれたのにも、こういった背景があるのだ――。
「はい。平民の間では同性婚は珍しいことですが、貴族間では違います。ドラゴンの鱗があれば、同性同士でも子を宿すことができますので――」
「っ、本当!? ドラゴンがいるのも驚きだけど、同性婚ができて、しかも妊娠もできるの!?」
すごいすごいと、喜びをあらわにするアカリに、レヴィはにっこりと微笑んでいた。
「はい。遠い昔は守護龍として、ドラッヘ王国を守ってくださっていたそうです。残念ながら、現代では、ドラゴンの姿を見た者はいません。ですが、守護龍として、今もドラッヘ王国の民をお守りくださっていると、僕は信じています」
(ドラッヘ王国の者にとって当たり前のことが、異世界では違うんだっ! 面白いっ。アカリ様と、もっとお話しがしたい……)
宝石よりもきらきらとした瞳に見つめられたアカリは、頬を朱に染めた。
「~~ッ!! か、可愛いぃ~っ! こんな可愛い子、初めて見たっ!」
レヴィを抱きしめようとするアカリは、アニカと同じ匂いがしたことは、言うまでもない。
「レヴィは私の婚約者です」
「……ふふっ。ごめんなさいね? でも安心して? レヴィくんと仲良くしたいだけで、王子様が心配するような下心なんてないから」
(大好きなお姉様がひとり増えたっ! アニカと、アカリ。名前も似てるっ)
くすくすと笑ってしまったレヴィの前では、テレンスがアカリに睨みを利かせていたが、アカリはどこ吹く風だった。
テレンスに媚びることなく、平然と意見するアカリに、とんでもない勇者が召喚された、とレヴィは思っていた――。
その後、話し合いは順調に進み、レヴィの魔王討伐部隊への参加だけは、頑なに認めなかったアカリだが、友人兼、教育係に任命されることとなった。
結局、アカリがレヴィをお気に召したことは明らかで、レヴィを非難していた貴族たちは、終始息を潜めていた。
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