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「シュナイダー公爵子息は学園に通われていないので、知識が偏っていらっしゃるのです。ご気分を害しましたら、お許しください」
アカリに向かって、ザシャが申し訳なさそうに謝罪するが、完全なるレヴィへの嫌味だった。
通例、貴族は十三から三年間、学園に通う。
しかし、レヴィは男性初の聖女候補として選ばれていたため、特例なのだ。
教会でも、学園での授業と同じ内容を学んでいたが、学園は単なる学びの場ではなく、人脈を広げる場でもある。
聖女候補の仲間たちとしか関わりがなかったレヴィは、知識が偏っていると言われても、反論できなかった。
しかし、アカリは違った――。
「学園に通っていないからってなに? レヴィくんは、聖女の専門学校に通っているじゃない」
「っ……」
なにか間違ったことを言ったかと、ツンと顎を突き出すアカリの態度に、ザシャが狼狽える。
(せ、専門学校……。そんな考え方があったんだ)
「それにね。日本では、治癒の魔法を使える人なんていないのよ? 貴方達は、レヴィくんを見下しているようだけど……。日本では、貴方達より、レヴィくんの方が重宝されるわ? 私にとってレヴィくんは、素直で可愛い大魔法使いよっ!」
アカリがとうの昔からレヴィを評価してくれていることを知り、レヴィは目頭が熱くなっていた。
自己評価の低いレヴィを認めてくれる人が、またひとり増えたのだ。
感動せずにはいられなかった。
結局、アカリの不興を買いたくないザシャは、即座にレヴィに謝罪することとなった。
最初の出逢いと、今回の一件から、レヴィはアカリを本当の姉のように慕うようになっていた――。
◇
冬の寒さが峠を越え、王宮では勇者アカリのお披露目パーティーが開かれていた。
レヴィが参加する、初めての夜会だ。
王宮に通い始めてから三ヶ月が経過し、貴族たちからの視線にも慣れ始めていた。
だが、切磋琢磨してきた聖女候補たちがいないため、レヴィは少なからず寂しい思いをしていた。
それでも、空いた時間には必ずテレンスがそばにいてくれるようになった。
とても心強いのだが、レヴィにはひとつだけ気にかかることがあった。
驚くべきことに、滅多に感情を表に出さないテレンスが、アカリの前だと素を曝け出しているのだ。
決して仲が良いわけではないのだが、どうしてかレヴィは胸騒ぎがしていた――。
「なぜ、ドレスを着ないんだ? あなたの行動は、理解に苦しむ。もう少し、周りの目を気にしたらどうだい?」
レヴィはテレンスと共に会場入りしたのだが、今日もテレンスはアカリの姿を見つけるや否や、突っかかっている。
理由は単純に、アカリのお披露目の舞台であるというのに、騎士服を着ているからだ。
女性というだけでドレスを着なければならない決まりはないのだが、全身を着飾っている女性に見慣れているテレンスにとっては、信じられないことなのだろう。
本日、勇者の姿を一目見ようと、夜会に参加している全ての貴族は、皆着飾っている。
どうにかアカリに顔を覚えてもらいたいのか、大半の者が豪華な衣装を新調したそうだ。
聖女候補の纏う真っ白なローブに見慣れているレヴィは、目がチカチカしていた。
「はあ。いい加減しつこいですよ? あんなヒラヒラとした服装で、戦えるわけないでしょ。いつ王都にも魔物が現れるかわからない、って貴方も言っていたじゃないですか」
そしてアカリはというと、テレンスの顔を見るだけでうんざりとした表情を隠そうともしない。
その態度が、テレンスの癪に触るようだった。
しかし、顔を合わせる度に突っかかられては、いくらアカリでも友好的な関係を築けるはずもない。
不快感を抱いても致し方ない、とレヴィは思っていた。
(だからって、今日くらいは突っかからなくてもいいのに――)
アカリのお披露目会であり、初めての夜会を楽しみにしていたレヴィは、喧嘩腰のふたりを眺めて肩を落とした。
「それはそうだが、今は警備として騎士も大勢配置されている。今日くらいはパーティーを楽しめば良いだろうに」
「念には念を! 魔王を見たことはないけど、絶対に軽装の方がいいに決まってますっ!」
言い合いになるふたりに、レヴィは仲裁に入る。
本日の主役はアカリだ。
テレンスの話した通り、誰よりも着飾り、今だけは使命を忘れて楽しんでいいと思う。
だが、アカリが懸念するように、もし会場に魔物が現れた場合、歴代最強の勇者だと囁かれているアカリは、皆に頼られることになる。
皆の期待を裏切るようなこと、つまり、誰かが命を落とすことになれば、責任感の強いアカリは自分を責めることになるだろう。
どちらの気持ちもわからないわけではないが、せっかくのパーティーだ。
アカリに楽しんでほしいと思うレヴィは、にっこりと微笑みかけた。
「テレンス殿下は、きっとアカリ様のドレス姿を見たかったのだと思います。その気持ちは、僕も同じです。でも、僕はアカリ様がどんな衣装でも輝いて見えますよ?」
「っ……レヴィくんっ!」
服装は自由でいい、中身が大切だと伝えれば、アカリの表情が明るくなる。
レヴィに抱きつこうとするアカリだったが、テレンスが立ち塞がった。
「レヴィは優しい子だからあなたに気を遣っているが、周囲の人間からは、レヴィが勇者様を甘やかしていると判断されかねない。この三ヶ月、授業でもドラッヘ王国の文化を学んできただろう? 優秀なあなたなら、どう振る舞うべきかはわかるはずだ」
厳しい口調のテレンスに、ついにアカリは堪忍袋の緒が切れた。
「っ、いきなり異世界に連れてこられて、あなた方の常識を押し付けないでほしいっ! 私だって、この国のことを学ぼうとは思っていますけど、なんでもかんでもすぐに受け入れられないことだってあるんですっ!!」
今までの鬱憤を晴らすように、声を荒げたアカリは、黒い瞳に涙を浮かべていた。
「っ……アカリ様っ」
「っ、ごめんね。ちょっと頭を冷やしてくるっ」
小走りで会場を去る小さな背を、レヴィは見送ることしかできなかった。
ドラッヘ王国のために尽くそうとしてくれているアカリだが、急に異世界から連れてこられたのだ。
レヴィたちにとっては救世主だが、アカリからしてみれば、いい迷惑だろう。
もしレヴィがアカリと同じ立場だったなら、いきなり勇者に祭り上げられたことに困惑するだろう。
家族や友人との別れに、絶望したに違いない。
(それに、心優しく誠実なアカリ様には、きっと異世界にも大切な人がたくさんいるはずだっ。ずっと一緒にいたのに、僕はなんでそんな大事なことに気付けなかったのだろう……)
異世界から召喚された日に、アカリはレヴィを守ってくれた。
文化の違いに戸惑うことも多かったはずなのに、意欲的に学ぶアカリを、勝手に強い女性だと判断していたレヴィは、大いに反省していた――。
「テリー。出来れば、アカリ様に優しく接してほしい……。いつも元気な姿を見せてくれているけど、きっと寂しいんだと思う」
「――そう。レヴィは本当にそれでいいんだね?」
アカリが心配でたまらないレヴィは、テレンスが明らかに不機嫌なことにも気付かずに頷いていた。
「わかったよ。私の可愛い人のお願いだからね」
「っ、ありがとう!」
約束は必ず守ってくれるテレンスが承諾し、レヴィはひとまず安心した。
ようやくアカリの胸中を察したレヴィは、力になれることはなんでもしたいと思い行動したのだが、その判断が、己を苦しめることになるとは思ってもみなかった――。
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