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43 アカリ
いよいよ出立する日を迎え、王宮の前では魔王討伐部隊を見送るため、大勢の者たちがずらりと整列していた。
ヴィルヘルム国王陛下から激励を賜った明里は、次にすらりとした体型の金髪碧眼の美丈夫――マティアスと抱擁を交わす。
シミひとつない色白のマティアスは、四十手前とは思えない程の美貌の持ち主だ。
「体に気をつけて。無理はしないようにな」
美しい碧眼に涙を浮かべるマティアスに、明里は強く頷く。
頭を撫でられて、うっかり頬を染めてしまった明里だが、今だけは許してほしい。
テレンスと明里が、親公認の仲であることを見せつけているわけではない。
若者たちはテレンスを持て囃しているが、明里の推しはマティアスだった――。
勇者と第二王子が親密な仲だと囁かれていたが、根も葉もない噂である。
王族の中でアカリが最も親しくなったと思っている人物は、テレンスではなく、テレンスの母親――マティアスだ。
それもそのはず、アカリとマティアスは六つしか歳が違わない。
男性ではあるが、子育ての経験のあるマティアスとは、すぐに意気投合した。
それでも話してみるまでは、明里を注意深く観察するような目で見ていたマティアスのことが、明里は苦手だった。
(マティアス様に警戒されていた頃のことが、懐かしいわね……)
内密にマティアスに呼び出された日のことを思い出す明里は、小さく笑った。
『俺は、テレンスの伴侶はレヴィしかいないと思っているんだ。だから、勇者様がテレンスに好意を抱いていたとしても、諦めてほしい』
その代わり、自分にできることはなんでもすると頭を下げたマティアスに、明里は好感を抱いた。
明里と同じく、愛する息子のためならなんだってできる、強い母親だったからだ。
ドラッへ王国に来た時に、明里には大切な家族がいることを話していた。
だが、明里を十代の若者だと思い込んでいる者たちは、明里が魔王討伐に尻込みしていると勘違いし、大半の者が明里の話を信じていなかった。
だから明里は、愛する夫と子がいることを再度話すことにした。
そして明里はレヴィのことを、本当の息子のように思っている。
だからテレンスとは、レヴィのために仲良くしているだけであって、恋愛対象として見たことなど一度もないと、正直に話したのだ。
(口だけで、全然仕事をしないムカつく上司に似てる……とまでは、さすがに言わなかったけど)
その結果、唖然としていたマティアスだったが、大真面目な明里を見て、暫く笑い転げていた。
明里とマティアスは、レヴィとテレンスの仲を応援する、同士でもあったのだ――。
「絶対に死ぬなよ」
「っ……はいっ」
役目を果たし、愛する家族のもとへ帰るんだと、鼓舞してくれたマティアスに、明里は元気に返事をしていた。
この時、親しげなふたりを黙って見つめているレヴィが、複雑な心境だったなんて、マティアスを『ママ友』だと思っている明里は、想像だにしなかった――。
そして明里は立派な馬に跨り、テレンスは目立つ白馬に乗る前にレヴィに指輪を渡した。
「帰還したら、すぐに婚姻しよう」
「…………待ってるね」
テレンスがレヴィにプロポーズしている姿を眺める明里は、ふたりの母親のような気持ちで見守っていた。
大きな瞳に涙をいっぱいに溜めているレヴィを見た瞬間、明里は馬から飛び降りていた。
ふたりの邪魔をしてしまったかもしれない。
だが、もしかすると、レヴィとはもう会えなくなるかもしれないのだ。
「レヴィくんっ。私、絶対に魔王を倒すからっ。テレンスのことも、必ず無傷で返すからねっ!」
レヴィと熱い抱擁をかわす明里は、涙が止まらなくなっていた。
(魔王を討伐したら、この世界はハッピーエンドを迎えるはず……。そうなれば、私はそのまま、日本に瞬間移動している可能性だってある……っ)
「……いつか、夢でもいいから会いに来て――」
「っ、アカリ、様……?」
今まで明里の癒やしの存在だったレヴィとの別れは、想像以上に辛いものがあった。
涙を堪え、明里にしがみつく震える小さな体を強く抱きしめる。
「そろそろ行くよ、アカリ」
若干不機嫌なテレンスに促されて顔を上げた明里は、息を呑んだ。
レヴィも泣いていたのだろう。
目元が赤く腫れているのだが、紫水晶のような瞳には強い決意のようなものが感じられた。
(一緒に旅立つわけじゃないけど、王都で私たちの無事を祈り続けてくれるのね……)
再度レヴィを抱きしめた明里は、気合を入れた。
大勢の人たちの期待を一身に背負う明里は、笑顔で手を振る――。
(バイバイ、夢の国の人たち……。バイバイッ、レヴィくん……っ!)
涙を拭った明里は前を向き、少数精鋭の魔王討伐部隊は旅立った。
彼らを見送る者たちは、食糧を積んだ馬車に、レヴィの信頼する者が乗り込んでいることに、誰も気付いていなかった。
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