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しおりを挟む慌てふためく使用人たちと共に、邸の大掃除が始まった。
最初は誰もがレヴィを心配していたが、レヴィの手際の良さに度肝を抜かれることになる。
長らく教会で生活していたレヴィにとっては、掃除や洗濯は毎日していたことだ。
苦行でもなんでもなかった。
そして、レヴィが黙々と作業をこなしていくうちに、皆はレヴィに指示を仰ぐようになっていた。
いつのまにか輪の中心にいたレヴィは、皆と協力し、邸を隅々まで掃除していく。
元々、邸の清掃はされていたため、それ程時間はかからなかった。
「掃除に使用する水を変えただけで、異臭がしなくなりましたね!」
レヴィは清々しい笑顔で話しかけたが、皆は顔を見合わせていた。
(……まだ臭うのかな? 僕は鼻呼吸もできるようになったんだけど……)
そして、ずっと陰から見守っていたベアテルが姿を現し、レヴィを迎えに来る。
ベアテルには、ユリアンの用意した食事を出し、綺麗な水で湯浴みをしてもらっていた。
「よしっ。今日のところは、これで終わりにしましょう! みなさん、お疲れ様でした! 協力してくださり、ありがとうございました!」
レヴィが感謝の言葉を告げれば、皆うっとりとしながら解散した。
悪臭が消えたことで、皆の表情も明るくなったように見える。
ただ、どうしてかコンラートは、レヴィを拝んでいたが……。
初対面でのレヴィの印象は最悪だったはずだ。
加えて、疑いをかけてしまったというのに、レヴィはコンラートと一番親しくなっていた。
それから軽食と湯浴みを済ませたレヴィは、ベアテルに客間まで案内してもらう。
教会の部屋の何十倍も広く、今までに見たこともない程の豪華な部屋。
レヴィの目には全てのものが珍しく映っていた。
この部屋だけは掃除をしていなかったのだが、悪臭がせず、ラベンダーのような香りもする。
「治癒をしてもらった上に、掃除まで……なんとお礼を言ったらいいのか……。それに、あなたを休ませるはずが、夜中まで働かせてしまって――」
「えっ!? もうこんな時間!?」
時計を発見したレヴィは、十時を回っていたことに、ようやく気付く。
(逆に、掃除を手伝ってくれたみんなに、申し訳ないことをしちゃったな……)
「明日、みんなが寝坊しても、怒らないでくれますか……?」
おずおずとベアテルを見上げれば、王都にいた頃とは別人のように、誰もが見惚れるような優しい笑みを浮かべていた。
「…………あなたは――、いや、約束する。だが、あなたにもゆっくり休んでほしい」
申し訳なさそうに告げたベアテルを見上げるレヴィは、場を和ませるために、へへっと笑った。
「僕、初めて夜更かしをしましたっ!」
聖女候補にとって、規則正しい生活は基本中の基本だ。
だが、ロッティには『根性があるじゃねぇか!』と、褒められるかもしれない。
(今の僕を見たら、きっとロッティさんもびっくりしちゃうだろうなあ~)
「…………ぐッ」
ロッティを思い出すレヴィがにこにことしている間に、両手で頭を押さえるベアテルは、凄まじい速さで走り去っていた。
「あれ? 行っちゃった……。ベアテル様、おやすみなさいっ」
瞬く間にいなくなったが、ベアテルの元気になった姿を見られたレヴィは、くすりと笑った。
少し仮眠を取ることにしたレヴィであったが、当主の部屋よりも豪華な辺境伯夫人の部屋で、三日間眠りについていた――。
◇◆◇
レヴィが眠りについて、三日目の正午。
太陽を拝むことのできない常闇の地に、陽の光が燦々と降り注ぐ。
普通の人間が、決して立ち入ることの出来ない『死の森』と呼ばれる地に、レヴィが足を踏み入れてから、希望の光が差し込んだのだ。
昼夜の時間帯を把握できたのは、いつぶりだろうか。
久しく、陽の光を浴びた者たちの瞳は、輝きを取り戻していた――。
ウィンクラー辺境伯家に仕える者たちは、全身にきらきらとした光を纏う、神々しい美少年を一目見たその時から、レヴィ・シュナイダーを『救世主』と崇めている。
ベアテルを筆頭に、僅かに獣の血が混ざる者たちは、人間離れした能力の持ち主であることから、汚染された地を守り続けてきた。
だが、社会からは知能の低い獣と蔑まれ、忌み嫌われた者たちの集まりでもあった。
そんな彼らを蔑むことなく、礼節を持って接するレヴィを、諸手を挙げて歓迎していた――。
それでも彼らは、本能で強者に従う生き物だ。
だからベアテルのもとに集まっているわけだが、率先して邸を清掃するレヴィを見ていると、本物の主人と出逢えたような感覚だった。
レヴィが邸内を走り回ったことで、邸全体が澄んだ空気に変わったことを、鼻が利く全員が感じ取っている。
遥か昔は、絶景の湖が有名だった『死の森』も、きっと蘇ることだろう。
ベアテルを筆頭に、レヴィの目が覚める時を心待ちにする者たちは、片時もレヴィのそばを離れなかった――。
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