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78 テレンス
しおりを挟む魔王の討伐、勇者と第二王子の婚姻、そして伝説の不死鳥バルドヴィーノが姿を現したことで、ドラッヘ王国は明るい話題で持ちきりだった。
「まさかこの私が、白い結婚をすることになろうとは――」
しかし、渦中の人であるテレンスは、ひとり嘆いていた。
勇者とテレンスが愛し合っていると、民を欺いていることに対してではない。
己のような美しく価値ある人間が、白い結婚だなんて勿体無いと嘆いていた――。
アカリとバルドヴィーノが力を合わせ、あっさりと魔王を討伐したというのに、テレンスは未だ王都に戻ることができていない。
始末したはずのベアテルが生き残ったことで、テレンスの計画は狂い始めていた――。
テレンスがベアテルを亡き者にしようとした企みが、民の間には知れ渡っていないものの、国王陛下には知られている可能性がある。
よってテレンスは、魔物の被害に遭った地を勇者と共に巡っている。
魔王討伐後も国のために動いていると、皆に知らしめているが、その実、厳格な父親から叱責される事を恐れて逃げ回っているだけだった。
(証拠はないが、慎重に動かなければならない。私が次期国王に指名されるまでは……)
国王の座に就くことになれば、悪事はいくらでも揉み消すことができるのだから――。
幸いなことに、テレンスが魔王討伐に向かっている間、リュディガーに特に目立った動きはなく、評価は以前と変わらない。
しかし、テレンスの評判はうなぎのぼりだ。
魔王討伐部隊を率いたことで、テレンスは民に称賛され、滞在先の領主にも大いに歓迎されている。
このまま各地を巡っていれば、リュディガーよりテレンスの方が国王に相応しいとの声が、益々大きくなることだろう。
「アカリを足止めすることもできて、一石二鳥。我ながら、天才だ」
第二王子と婚姻することで、異世界に帰る儀式の準備を早めることができると仄めかし、テレンスはアカリの伴侶の座を掴んでいた――。
しかし、勇者と第二王子の婚姻だというのに、式を挙げることなく、書類にサインしただけ。
アカリからは、間違っても肉体関係を持つことはないと宣言されている為、共寝をすることもない。
さすがに初夜はアカリを誘ってみたものの、あっさりと拒否され、不死鳥バルドヴィーノに追い返される始末だった。
(私だって、あの女に欲情などしないのだが……。まったくもって、不愉快な女だ)
テレンスは、アカリ個人には興味がない。
むしろ、嫌いな部類の人間である。
『伝説の不死鳥を従えた、歴代最強の勇者』を、テレンスは愛していた――。
◇
皆が寝静まった頃、王子の滞在する寝室に忍び込む不届き者に、テレンスはうっそりと微笑んだ。
「っ、テレンス殿下……あのっ、」
「ああ、君か。覚えているよ。さあ、そんなところに立っていないで、こちらにおいで」
事前に頼んでいた、上等なワインを受け取ったテレンスは、以前滞在していた時にも関係を持った、領主の息子を寝台に招き入れていた。
魔王討伐から帰還したテレンスは、人々の注目の的となっている。
そんなテレンスと一夜を共にしたいと願う者は、ごまんといるのだ。
勇者との婚姻から一週間も経たないうちに、テレンスは若く美しい青年たちを侍らせていた――。
「テレンス殿下には、もう勇者様がいらっしゃるのに……っ。でも、この気持ちを止めることなどできませんでしたっ」
愛の告白をする青年を、テレンスは内心、冷めた目で見下ろしていた。
(レヴィが婚約者だった時は、決して愛人の座を狙う者などいなかった。ただ、一夜を共にしたいと、慈悲を与えてほしいと願うだけだったというのに。悪い気はしないが、愚かだな……)
己の分を弁えない無礼者を、テレンスはなによりも嫌悪する。
それでもテレンスは、性欲処理の相手に優しく微笑みかけた。
「ああ。勇者様には、口が裂けても話してはいけないよ? 秘密の関係だ。でないと、私は魔王のように斬り裂かれてしまうだろう」
「ッ!」
テレンスの愛人の座を希望する者は、日に日に増えている。
それは、テレンスが功績を挙げたからではない。
伴侶がアカリだからだ。
相手がお世辞にも美人ではないアカリだからか、見目麗しい青年たちは、こぞってテレンスに言い寄っていた――。
しかし、毎日のように若く美しい青年たちを侍らせているテレンスだが、これっぽっちも楽しめてはいなかった。
(……レヴィなら、媚びるような下品な声は決して出さない――)
テレンスが国のためにアカリと婚姻したと知り、今頃レヴィは涙していることだろう。
それでも、テレンスを愛し続けてくれているはず――。
溜息を飲み込むテレンスは、さっさと性欲処理を始めるため、いつものように目を伏せる。
羞恥に震え、恥じらうレヴィを想像するだけで、テレンスはあっさりと興奮していた。
◇
そして半年が過ぎ、アカリからは、いつ異世界に帰る準備が整うのだと毎日のように催促され、げんなりしていた頃――。
テレンスの置かれている状況は、少しずつ変わり始めていた。
「テレンス殿下は、いつまでここに滞在されるのだろうか……」
魔王討伐部隊が訪問した時は喜んでいた貴族たちが、今は迷惑そうに話している。
無礼者たちの声を聞いてしまったテレンスは、憤慨したものの、内心焦りを覚えていた。
王族をもてなすことは、懐に余裕のない領主たちにとっては負担でしかなかったのだ。
金に不自由したことのないテレンスは、そのことを失念していた――。
「勇者様と婚姻したけど、清い関係のままだろ?」
「ああ。殿下が肉欲に溺れていることを勇者様に知られたら、大変なことになるっ!」
「……勇者様に愛想を尽かされたら、どう責任を取るつもりなのだろうな?」
厄介ごとに巻き込まれたくないと、皆がテレンスに余所余所しい態度を取り始める。
処罰してやりたいが、生き残っている魔物を片っ端から排除して過ごすアカリとは違い、テレンスは豪遊していたのだ。
態度を改めたものの、テレンスの評価が上がることはなかった。
なぜなら、ドラッヘ王国の新たな救世主が、じわじわと評判を上げていたからだ。
「ウィンクラー辺境伯夫人の噂を聞いたか?」
「っ、ああ! 心優しき獣医様だろう? フワイト王国では、神の使いだと崇められているらしいぞ」
どこへ行っても人々の関心の的となっているのは、テレンスの元婚約者である、レヴィ・ウィンクラーだった――。
(っ、レヴィが……!? エルネストにすら懐いていない白虎に、好かれただと!?)
フワイト王国の守り神までもが、ウィンクラー辺境伯夫人に会うために足を運んでいるというのだ。
信じられない話に、テレンスは度肝を抜かれる。
過去にフワイト王国を訪問した際、テレンスはホワイトタイガーを間近で見たことがあったのだ。
(私には背を向けていたレイバンが、レヴィには心を許しただなんて……)
テレンスが無能だと思い込んでいたレヴィが、他国の守り神の専属医にまで任命された、と耳にした瞬間――。
テレンスの脳内から、アカリの存在はあっさりと消え去った。
今もテレンスを想い、涙しているであろう可愛い人を取り戻したい気持ちが、テレンスの中で大きく膨れ上がっていた。
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