召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

文字の大きさ
63 / 131

60



 灰色の空から、柔らかだが大粒の雪が絶え間なく降り続け、季節は冬を迎えていた。
 レヴィの仕事は悪天候のため休業中だ。
 それでも早朝からせっせと動くレヴィは、大鍋に入ったスープをかき混ぜる。
 新鮮な食材を入手したレヴィは、早速ウィンクラー辺境伯領の郷土料理を完成させていた。

(これぞ正に、疲労回復効果の高いスープだっ!)

 ベアテルが釣った魚と、レヴィが治癒をした牛の新鮮なミルク。
 使用人たちが、清らかな環境で育てた野菜がたっぷりと入ったスープは、半年程前に初めて見たスープとは別物にしか見えなかった。

「すっごくいい匂いだ……」

 厨房にはほっこりとするような甘い香りが漂っており、使用人たちが続々と集まって来る。

「みなさん、おはようございます! 今日は、僕が朝食を作りました!」

「っ、レヴィ様が!? なんのご褒美ですか!!」

「オイっ、みんな見てくれ!! 表面がキラキラしてないかっ!?」

「俺っ、生きててよがっだああああ~~!!!!」

 見よう見真似で作ったスープだが、まるで魔王を討伐したかのように興奮する皆が、涙と涎まで垂らして喜んでいる。
 レヴィがスープを作っただけで、邸内はお祭り騒ぎだった。

「レヴィ様のお誕生日なのに、我々の馴染みのスープをご馳走してくださるなんて……っ!!」

 感極まるコンラートが両膝をつき、レヴィに向かって拝み始める。
 真面目そうな見た目の執事だが、コンラートの奇行に慣れ始めているレヴィは、笑ってしまった。

 ウィンクラー辺境伯領に来て半年。
 本日レヴィは、無事に十七を迎えていた――。

 教会にいる時は、熱心に学んでいたものの、聖女候補としての役目を果たせてはいなかった。
 だが、今は動物の治癒をし、多くの命を救うことができたのだ。
 少しは役に立てていると思う。
 なにより、動物の飼い主からは、笑顔でありがとうと言ってもらえることが、レヴィは嬉しかった。

(支えてくれるみんなのおかげで、僕は居場所を見つけた気がするんだ――)

 レヴィがウィンクラー辺境伯領に来てから、死の森の魔物が弱体化している。
 そしてベアテルたちは力をつけ、レヴィが動物の治癒をしている間に、魔物を討伐する。
 今や、死の森に魔物の気配はない――。

 皆と力を合わせたことで、昔のように野生動物が集まる森に変わっているのだ。
 それでも皆は、レヴィがいなければ成し遂げられなかったと、口々に話してくれる。
 必要とされることが、どれほど喜ばしいことなのかを、皆が教えてくれたのだ。

 彼らに感謝しているレヴィが、スープを食卓に並べていると、ベアテルが食堂に姿を現した。
 休日でもパリッとしたシャツを着ているベアテルは、今日は一段と男前に見える。
 そして使用人たちに背を押されるベアテルが、戸惑った様子で席に着く。

(……気付いてくれるかな? ベアテル様が美味しいって言ってくれた瞬間に、僕が作ったんだぞ! って名乗り出よう)

 レヴィがお礼のスープを作ったことを、ベアテルはまだ知らない。
 内心ドキドキしているレヴィは、席にも着かずにうろうろとしていた。

「こ、こんなに美味そうなスープだったか……? 今までに見たことがない程、光り輝いている気がするんだが――」

 スープを前にしたベアテルは、スプーンを手にすることなく目を丸くする。
 そして黄金色の瞳は、使用人たちの背に隠れているレヴィを見つけ出す。

「――あなたが、これを?」

「っ、」

(ま、まだ食べてもいないのに、バレてる!?)

 もじもじとするレヴィが頷けば、ベアテルの眉間にぐっと皺が寄る。
 不機嫌そうにも見えるのだが、頬がほんのりと赤くなっていた。
 そしてベアテルがスープを口にし、目を伏せる。
 長い間、味わっているベアテルの感想を待っていたレヴィは、カッと大きな瞳を見開いた。

「あっ!? 耳っ!!」

 レヴィが指差す先には、ダークブラウンの髪の間から、ぴょこんと飛び出した茶色の耳。
 慌てた様子のベアテルが頭を隠したものの、コンラートがその手を剥ぎ取る。

「とてもお似合いでしょう? 動物をこよなく愛するレヴィ様を喜ばせようと、ベアテル様が用意していたのですよ?」

「っ……僕のために?」

 凛々しい顔立ちだというのに、頭には可愛い耳。
 そのギャップに、レヴィは胸を撃ち抜かれた。

(っ、僕ですらドキッとしちゃったんだから、ベアテル様を慕う人たちが見たら、たまらないんじゃないかなあ?)

 可愛い、と心の声が漏れてしまった瞬間。
 テディーベアのような可愛らしい耳がぴくぴくっと動き、レヴィは悶絶した。

「本物そっくりの耳です。……触ってみますか?」

「っ、いいんですか!?」

 食い気味に答えたレヴィを、まるで信じられないものを見るかのように、ベアテルがたまげている。
 どうしてかコンラートが誇らしげな顔をしているが、レヴィは気にせずじりじりと距離を詰めた。
 すると、普段は凛としているベアテルが、怯えたように身を縮こまらせる。
 きっと恥ずかしかっただろうに、レヴィの誕生日を祝うために、頭に耳をつけてくれたのだ。

(ベアテル様は、僕の好きなものを考えて用意してくれたんだ……。すごく、心がこもった贈り物だ)

 感動しているレヴィがそっと耳に手を伸ばせば、ベアテルはぶるりと震えていた。

「っ、ふわっふわだあ!!」

「…………くっ、」

 本物としか思えない触り心地のふわっふわの耳に、レヴィは瞬く間に魅力される。
 無言のベアテルは赤面しており、使用人たちから生暖かい目を向けられていることにも気付かずに、レヴィは可愛い耳を撫で回していた――。

「今は、撫でるだけにしてくれ。…………はむはむは、無しだ――」

(……はむはむ?)

 ハッとしたレヴィは、まじまじとベアテルの顔を見つめていた。
 幼い頃、レヴィと遊んでくれた無口な男の子が、同じことをしてくれた朧げな記憶が蘇る。

 ご機嫌な両親が大勢の人を邸に招待し、レヴィは毎日のように決められた挨拶をしていた。
 いろんな人たちに話しかけられ、レヴィは人形のようにニコニコとしているだけだった。
 幼かったとしても、レヴィは公爵家の人間。
 決してミスは許されないお茶会は、ただ座っているだけでも酷く疲れるものだった。

 そしていつのまにか、無口な男の子とふたりきりのお茶会に変わっていた。
 特に言葉を交わさずとも、仲が良かったと思う。
 なにせ、ふたりきりの時のレヴィは、こっそりと歳上の男の子に甘えていたのだ。
 頭に生えたぴくぴくとする耳を、満足するまで甘噛みしていたレヴィを、傷つけないようにそっと抱っこしてくれていた――。

(涎まみれになっても怒ったことなんかなくて、両親に告げ口することもなかった。僕にされるがままで、ずっとぷるぷると震えていたんだ。似ているような気もするけど……きっとあの子は、ベアテル様じゃない――)

 十年以上も前のことだ。
 名前は思い出せないが、いつもおどおどとしており、レヴィよりもおっとりとした性格だった。

「美味すぎるっ!! …………ヒッ!!」

 朧げな記憶の中の優しい男の子は、こっそりとスープを飲んだ使用人たちを、鬼の形相で睨みつけているベアテルではないことだけは、確かだった。


 その後、どうしてか真っ青になる使用人全員が、無言のベアテルの前に己のスープを差し出していた――。


 そして、レヴィが作ったスープが格別に美味しいと噂が流れることになる。
 冬の間にその噂に尾ひれがつき、フワイト王国にまで轟いていることに、生まれて初めて平和な冬を過ごしたウィンクラー辺境伯家の者たちが、知る由もなかった。















感想 61

あなたにおすすめの小説

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」 ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。 (これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!) 妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。 スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。 スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。 もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます? 十万文字程度。 3/7 完結しました! ※主人公:マイペース美人受け ※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。 たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。