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レイバンと内密に話したいレヴィは、その場でしゃがみ込む。
白い毛に、黒の縞模様の入った魅力的な毛を撫でると、青い瞳は心地よさそうに細められた。
ロッティよりも硬い毛だった。
「僕の部屋で、話の続きをしたいのですが……」
『ええ、もちろんです。……ただ、気持ちよすぎて眠気が……。中毒になってしまいそうです』
神秘的で精悍な顔付きのレイバンだが、レヴィに撫でられれば、たちまち眠そうに欠伸をする。
目の前で鋭い牙が見えたが、レヴィは恐ろしいとは思わなかった。
『これは失礼っ』と、レイバンに紳士のように謝罪され、レヴィはくすりと笑う。
先程までは流暢に話していたのだが、今はレヴィにゴロゴロと甘える姿が、たまらなく可愛かった。
「長旅でお疲れなのでしょう。レイバン様の治癒をしてもよろしいですか?」
「…………」
国の守り神であるレイバンは、王族以外の人間と触れ合うことは滅多にないのだろう。
体に尻尾を巻き付けられるレヴィを、呆然と見下ろすセドリックは、口を半開きにさせていた。
「あの、セドリック王太子殿下?」
「っ…………あ、ああ。願ってもないことだ。感謝する」
「ありがとうございます。湯に浸かって、ブラッシングもいたしましょうか」
『っ、なんと! そんなおもてなしまでしてくださるとは……っ』
「っ、いや、そこまでせずとも……」
早速、立ち上がったレイバンは大喜びだったが、セドリックは慌てふためく。
「レイバンは、少々気難しいところがあるのだ。誰も近寄らせず、自分のことは自分でしてきた。それに、もしあなたに怪我でもさせようものなら、私は生きては帰れぬだろう」
戯けたように肩を竦めたセドリックだが、声も表情も強張っていた。
よく見れば、警戒するベアテルたちが、いつのまにかレヴィとレイバンを取り囲んでいたのだ。
(……レイバン様が大きく口を開けたことで、みんなは僕が食べられちゃうかもって、勘違いしているみたい。……実際は、欠伸をしただけなんだけど)
困ったように微笑むレヴィだが、ウィンクラー辺境伯家の者たちの目は、鋭く研ぎ澄まされていた。
レヴィはドラッヘ王国の至宝――。
相手が他国の守り神であろうとも、レヴィを傷つける者に対しては、直様剣を抜くつもりだった。
そして、ウィンクラー辺境伯家に仕える者たち、特にベアテルの底知れぬ圧に、フワイト王国の騎士たちは一歩も動くことができなかった――。
緊迫した空気が流れていたのだが、レイバンが腰を下ろし、セドリックは胸を撫で下ろした。
『側仕えの者たちは、私を神聖化しているため、恐る恐る触れるのです。粗相をすれば、天罰が下ると思い込んでいるので、手入れは必要ないと拒否しておりました……』
なんとも複雑な悩みを吐露したレイバンを、レヴィは抱き締めていた。
そうすることで、レイバンがレヴィに危害を加えることはないのだと、皆に示したのだ。
そしてレイバンもレヴィから離れることはなく、セドリックが折れることとなった。
辺境伯領で活動してから、レヴィは一年前より確実に力をつけている。
ただ、目の前の命を救っていただけなのだが、今は寝込むこともない。
治癒はあっという間に終わってしまうのだ。
レイバンを可愛がりたい気持ちが大いにあるのだが、内密に話すためにも、レヴィはレイバンの世話をすることに決めていた。
そして、いつものように、ベアテルがレヴィに付き添うことで話がまとまりつつあったが、それでは内密に話ができない。
(魔王が討伐されたのに、なぜ僕は知らされていないんだろう……? 僕の知る誰かが、命を落とした……とかではないよね?)
もしその相手がテレンスであったならば、と考えただけで、レヴィは生きた心地がしなかった。
だが、それならレヴィとテレンスが婚約関係であることを知るセドリックの対応は違ったはずだ。
テレンスが命を落としたわけではないのだろう、とレヴィは思うことにした。
(それに、レイバン様に、ウィンクラー辺境伯夫人と呼ばれたことも気になる……)
挨拶の際、レヴィはシュナイダーと名乗っているのだが、セドリックは何の反応も見せなかった。
レイバンが間違えただけなのかもしれないが、レヴィはそうは思えなかった。
まずはレイバンから詳しい話を聞きたいと願うレヴィは、ベアテルを制した。
「ベアテル様は、セドリック王太子殿下をお部屋にご案内してくださいますか?」
「っ、だが、あなたになにかあれば――」
「僕が自分で決めたことです。皆さんが懸念する事態が起こったとしても、誰も責めないでください」
険しい表情のベアテルは、一歩も引かない。
今までベアテルは、レヴィを守るためにそばにいると思っていたが、本当にそうだろうか?
ベアテルは、レヴィは動物の心の声が聞こえると思っているのだ。
なにかやましいこと、レヴィに知られたくないことがあるのではないか。
(今、信用できるのは、きっとレイバン様だけ――)
誰よりも信頼するベアテルに、レヴィは内心、疑いの目を向けていた。
◇
フワイト王国の者たちと、行列に並ぶ人々の対応をベアテルに任せたレヴィは、レイバンを部屋に案内する。
おそらく何人かは、レヴィの部屋の前で待機していることだろう。
(……コンラートさんなら、やりかねない)
日頃のコンラートの奇行を思い出すレヴィは、浴槽に湯を溜めた。
ウィンクラー辺境伯家の者たちは、五感が優れているのだ。
念の為に鳥たちも招き入れ、暫く鳴いてもらうことにした。
『ウィンクラー辺境伯夫人。なにか、聞かれたくないことでもあるのでしょうか?』
ケケケケ、と不気味な鳴き声が響く部屋の扉を閉めたレヴィは、レイバンに向かって振り返る。
「っ、僕はベアテル様の伴侶ではありませんよ? ウィンクラー辺境伯領の二番目の聖女として、こちらに滞在しているだけなのです」
『……そうなのですか? 私が聞いた話によると、おふたりは、一年程前に王命によって婚姻したと』
「……王命? 僕が?」
こそこそと話すレヴィとレイバンは、揃って首を傾げるしかない。
ひとまず、広い浴室に移動する。
レイバンには名で呼んでもらうことにし、レヴィは白い毛にそっとお湯をかけていく。
たっぷりと石鹸を泡立て、体を洗えば『ああ、そこそこ、そこです!』と、レイバンが心地良さそうな声を上げた。
「あ! それじゃあ、魔王が討伐されたっていうのは、本当ですか?」
『ええ。冬を迎える前のことです』
「っ……半年近くも前に……?」
『はい。魔王討伐後、勇者様とテレンス殿下が婚姻し、魔物の被害に遭った地を回っているため、凱旋パレードは開かれておりませんが……。王都で待つ者たちは、早々に帰還せよと話しているのですが、不死鳥バルドヴィーノ様もご一緒なのです。民は、今も各地を飛び回るおふたりの婚姻を祝い…………あの、レヴィ様?』
テレンスとアカリは、結ばれたのだ。
覚悟はしていたが、やはり辛い。
それでも、レヴィは、大好きなふたりを祝福したい、という気持ちの方が大きかった――。
「ロッティさんは……ううん、バルドヴィーノ様は、アカリ様といるの? ずっと僕をご主人様って呼んでたけど、今はアカリ様がご主人様になったのかな? ……でも、生きているなら、それで――」
『勇者様にお会いしたことはありませんが、私は不死鳥バルドヴィーノ様とは古くからの友人です。バルドヴィーノ様は、勇者様に従っているわけではないと思います』
「……アカリ様は、とっても素敵な人なんです。テリーも、好きになっちゃうくらいに……」
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「僕……きっとロッティさんに、愛想を尽かされちゃったんだ……。それに、みんな僕よりアカリ様のそばにいたいと思う。だって僕も、アカリ様が大好きだもん。うん、当然の結果だっ」
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『レヴィ様……。私の憶測でしかありませんが、バルドヴィーノ様が今も勇者様のおそばにいるのは、レヴィ様。あなたが勇者様をお守りしてほしいと、バルドヴィーノ様に願ったからではないでしょうか?』
「っ…………ううぅっ」
優しい言葉をかけられ、堪えきれずに涙するレヴィを慰めるように、レイバンは一晩中そばにいてくれたのだった――。
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