召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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72 ベアテル

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 この一年、愛する人のそばにいられただけで幸せだったベアテルは、眠れぬ夜を過ごしていた――。

 ベアテルが隠して来た事実が、フワイト王国の守り神によって、レヴィの耳に届いてしまった。
 レヴィの愛するテレンスが、勇者アカリと婚姻した事実を知った時……。
 絶望したレヴィの泣き顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

(いつかこんな日が来ると覚悟はしていたが……。誰よりもあのお方を傷付けたのは、俺だ。だが、後悔はしていない――)

 ウィンクラー辺境伯領で活躍するレヴィの名が、ドラッヘ王国のみならず、今や他国にまで知れ渡っている。
 動物と触れ合いたいというレヴィの心からの願いが叶い、ベアテルの予想を遥かに上回る成長ぶり。
 それでも驕ることなく、懸命に治癒をする今のレヴィは、直視できないほど眩しい――。

(最悪な未来は回避されたというのに、いざ、あのお方に嫌われると、やはり堪えるな)

 精神的にも鍛えてきたベアテルだったが、愛する人の前では何の役にも立たなかった。

 かねてより噂されていた、第二王子殿下と勇者が婚姻すれば、レヴィは周りの者たちから好き勝手言われてしまうだろう。
 テレンスから婚約を破棄され、レヴィが傷付かないように。
 婚約者に捨てられた傷物だと噂される前に。
 悪意のある者たちから愛する人を守るため、ベアテルはレヴィを己の伴侶に迎えていた――。

(恨まれても構わない。むしろ、恨んでほしいとすら思っていたが……。俺は、いつまであのお方のそばにいられるのだろうか……)

 レヴィには愛する人がいる。
 ベアテルは、レヴィに愛してほしいなど、思ってはいなかった。
 だが、心の片隅では、いつかレヴィに愛されたいと願っている――。
 愛されるはずがないというのに、なんと愚かなのだろうか。
 浅はかなことを考えてしまったベアテルは、胸の痛みを紛らわすように、酒を呷った。





 魔王討伐に向かい、三ヶ月が経った頃――。
 不死鳥バルドヴィーノとの出逢いで、テレンスは変わった。

「昨日より、今日の方が輝いている。アカリがどんどん魅力的な女性になるから、困ってしまうよ」

「その顔で言われてもねぇ~。テレンスの方がキラキラしてるじゃないの。もしかして、嫌味?」

 恋人に囁くようなテレンスの甘言かんげんを、アカリは真に受けてはいない。
 むしろ笑い飛ばしているが、人目も憚らずにアカリに愛を囁くテレンスに、ベアテルは殺意が芽生えていた。

(あのお方がこの男を愛しているから、俺に出来ることはなんでもしてきたというのに――。あのお方の心を奪っておいて、勇者まで欲するというのか)

「落ち着け、ベアテル。俺が話してみるからさ」

 ジークフリートに肩を叩かれたベアテルは、アカリを口説き落とそうとするテレンスから、視線を逸らす。
 困り果てた表情を浮かべるジークフリートの背後では、部隊の者たちも、テレンスの行動に困惑を隠しきれていなかった。

 それから最悪の事態が起こらぬよう、ベアテルとジークフリートは、夜はアカリの天幕の前に立ち、見張りをすることにした。
 アカリの純潔を奪われないよう、交代で見張りをするベアテルは、魔物よりもテレンスを危険視していた。

 だが、ベアテルが知る限りでは、テレンスの夜這いが成功したことは一度もない。
 なにせアカリの天幕の中では、最強の護衛――不死鳥バルドヴィーノが待ち構えているのだ。
 自慢の金髪を燃やされかけたテレンスは、既成事実を作ることは諦めざるを得なかった。



 そしてジークフリートが話し合いの場を設け、テレンスとベアテルの三人が集まった。
 婚約者がいるというのに、不誠実な行動は慎むように、とジークフリートが忠告すれば、テレンスは困ったように笑った。

「アカリは不死鳥バルドヴィーノ様を従えたんだ。ドラッヘ王国で最も崇拝されている初代国王陛下、アーデルヘルム様と同格と言ってもいい。そんなアカリがいれば、魔王など脅威ではなくなるんだ」

「っ、そうかもしれないけど、テレンスにはレヴィ様がいるだろ?」

「ああ。私はレヴィを愛してはいるが、ドラッヘ王国のために、アカリを娶ると決めたんだ。レヴィならわかってくれる。それを承知の上で、私を愛し続けてくれるということも……。私は身を切る思いで決断したというのに、なにを話す必要があるんだい?」

「――戯言を抜かすな」

 苛立つベアテルが口を挟めば、沈黙が流れる。
 ベアテルは、レヴィのためならば、己の功績をも憎き恋敵に譲る男だ。
 テレンスがレヴィ以外の者を特別視することを、ベアテルが許すはずがない。
 そのことを察しているテレンスは、ベアテルと目を合わせようとはしなかった。

「なあ、テレンス。動物と意思疎通ができるレヴィ様は、不死鳥バルドヴィーノ様と話ができるんじゃないか?」

「はっ。なにを言っているんだい? ジーク」

 場の空気を変えるためか、ジークフリートが別の話題を切り出した。

「あれは、レヴィが私にかまってほしくて言っただけに決まっているだろう? 動物と会話ができたとて、証明はできないとわかっていて話したんだ。そんな愚かなところも愛らしいが……」

「いや、レヴィ様は嘘をつくような人じゃない。俺が魔物討伐後に治癒をしてもらった時、レヴィ様が言ってただろ? 『鳥は、口から火を吹けるんだ』って。バルドヴィーノ様は、きっとロッティなんだよ!」

 確信したように話したジークフリートに、テレンスは青い瞳を丸くする。
 そして、鼻で笑った。

「……ふふっ、ジーク。どうしてそんなに必死なんだい? もしかして、お前も勇者様を娶りたくて、そんなに必死になっているの?」

「っ、そんなわけないだろ!? 頼むから、俺の話を聞いてくれ!」

 馬鹿馬鹿しいと、ジークフリートを無視するテレンスが去っていく。
 テレンスのために説得を試みたジークフリートだが、レヴィに合わせる顔がないと嘆いていた。

(……ジークも、あのお方を慕っているからな)

 ベアテルの前では本心を語ったことはないが、エメラルドグリーンの瞳もまた、レヴィを追っていることに、ベアテルは気付いていた。

「ベアテル。レヴィ様が傷付かないように、俺たちでどうにか出来ないかな……?」

 ジークフリートと同じ気持ちだが、ベアテルはなにも答えられなかった。
 テレンスの隣で、花が咲くような笑みを見せるレヴィを思い出し、胸が温かくなると同時に、ちりちりと焼けるような痛みに襲われる。

 作り物の笑顔を見せていた幼き頃のレヴィは、ベアテルにだけは、本物の笑みを見せてくれていた。
 多くの人が集まっていても、レヴィは真っ先にベアテルを探し出す。
 無口で無愛想なベアテルを、『ベアッ!』と、弾けるような笑顔で呼んでくれていたレヴィを、ベアテルは十年経っても忘れられない――。

 長年の想いを募らせた今となっては、後ろ姿を見るだけで、会釈をするだけで、目が合うだけで、ベアテルの胸に喜びが沸き上がる。
 そんな些細なことで歓喜していたベアテルが、どれだけ足掻いたとしても、レヴィが愛しているのはベアテルではない――。




















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