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93 テレンス
国王であり、テレンスの父――ヴィルヘルムに挨拶に向かえば、こちらも「遅い」と咎められたが、両手を広げて迎えてくれた。
(……なんだ。父上は、然程怒ってはいないな)
ヴィルヘルムの愛するマティアスに瓜二つということもあり、兄よりも可愛がられている自覚があったテレンスは、父親と熱い抱擁を交わす。
そうしてヴィルヘルムは、勇者アカリに感謝の言葉を述べた後、テレンスと向き合った。
「お前には聞きたいことがある。わかっているとは思うが、ベアテルのことだ」
想定内の質問に、テレンスは事前に考えていた事柄をよどみなく言葉にする。
「はい。ベアテルは魔物の大群に襲われ、負傷しました。命が助かるかはわかりませんでしたが、傷の治療の為、先に帰還するように命じたのです。しかし、ベアテルが魔物に襲われる少し前に、私はベアテルと共にいたのです。些細なことで口論になり、ベアテルを置いて去ってしまったことを、今でも悔いております」
自分がついていれば、ベアテルは負傷することはなかったと言わんばかりに、テレンスは悔しげに拳を握りしめた。
ヴィルヘルムの紫色の双眸が、勇者アカリに向けられる。
テレンスが偽りを述べていないかを判断する為、アカリの反応を確認したのだろう。
生粋の貴族ではないため、アカリは感情が顔にあらわれる。
(ふふっ。顔に出やすい、愚かな女で助かった)
テレンスは嘘に真実を織りまぜているため、アカリの表情に変化は見られなかった。
勝利を確信したテレンスは、内心ほくそえんだ。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに、さりげなくベアテルを非難する。
「友であるベアテルが負傷してしまい、私も心が痛みました……。ですが、英雄の息子だからと自惚れておりましたので、油断したのでしょう。本来であれば、我々と共に魔王を討伐せねばならないというのに……」
「ベアテルの話によると、お前に背後から刺されたと聞いたが……。そんな愚かな真似はしておらぬということだな?」
「っ、私がですか!?」
テレンスは声を張り上げる。
心外だと言いたげな顔をしてみせれば、ヴィルヘルムは眉根を寄せた。
思案するような顔付きになり、テレンスは背に冷や汗が流れる。
しかし――。
「ベアテルが偽りの証言をするとは思えないが、どうにも信じられなくてな……」
ヴィルヘルムは唸っていたが、その言葉を聞いた瞬間、テレンスは歓喜に震えていた。
ヴィルヘルムは、ベアテルの話を鵜呑みにしてはいなかったのだ。
テレンスにも話を聞きたいと思い、それで早く帰還するようにと命じていたのだろう。
(父上は、ベアテルではなく私を信用してくださっているっ……! 逃げ回る必要などなかったな)
テレンスが心からの笑みを向ければ、ヴィルヘルムは、ようやく安堵したように口元を緩めた。
「いくら油断していたとしても、ベアテルほど剣の腕が立つ者が、お前に背後を取られるはずがないだろう? その点が、どうしても気になってな」
「っ……」
難なく乗りきれたと確信したテレンスだったが、ヴィルヘルムが何気なく告げた言葉に、頬を引き攣らせていた――。
ヴィルヘルムがベアテルの話を完全に信用できなかったのは、テレンスの剣の腕が平凡だからだ。
今までテレンスは周囲をうまく騙してきたつもりだったが、息子を愛するヴィルヘルムが、テレンスの能力を知らないはずがなかった。
「あ、兄上が立太子する予定だと、聞いたのですが……」
話を逸らす為、テレンスが重要なことを問い掛ければ、ヴィルヘルムは頷いた。
「ああ。お前にはいずれ、大公位をと思ってはいたが……。今回の件で、それも難しくなるだろう」
「っ……父上は、私が国王には相応しくないと?」
「本来なら、お前がリュディガーよりも目立たない方が、苦労はしないが……。私はお前が、目に入れても痛くないほど可愛いと思っておる。だからお前には、大公位を賜われるだけの功績を残してほしいと思っていた」
「っ、」
よって目を瞑っていたこともあると、ヴィルヘルムが仄めかし、テレンスは顔を青褪める。
(っ……あれだけ私を可愛がっておいて、父上は、最初から私に王位を譲るつもりはなかったということかっ!?)
ヴィルヘルムには、期待を寄せられていた。
だが、それはテレンスに国王の器があるからではなく、大公位を得てほしいが故だったのだ。
思い違いをしていたことを知り、テレンスは愕然とする。
「っ、父上! 考え直してくださいっ! 兄上より、魔王討伐部隊を率いた私こそが、国王に相応しいはずですっ!! それが、国民の総意で――」
「なにを馬鹿げたことをっ」
今まで黙って話を聞いていたマティアスが、鬼の形相で口を挟んだ。
「リュディガーが王太子となることは、産まれた瞬間から確定していることだ。これ以上、愚かな発言をするな」
初めてマティアスに怒鳴られたテレンスは、渋々口を閉じる。
テレンスが国王の座を望めば、命の危険に晒されることになるだろう。
そんなことは、言われずともわかっている。
マティアスが激怒している理由も、おそらくテレンスのためを思ってのことだ。
だが、両親からの愛情が、テレンスは初めて煩わしいと感じていた――。
結局、現状のままではテレンスが国王の座に就くことはないとわかり、テレンスは落胆の色を隠し切れなかった。
「ベアテルの件は、まだ終わっていないぞ」
雷のようなマティアスの怒鳴り声に、テレンスは動揺する。
しかし、テレンスがベアテルを襲った瞬間を目撃した者はおらず、ヴィルヘルムはテレンスを処罰すべきかを判断しかねていた。
「今回の件で、ウィンクラー辺境伯家の逆鱗に触れてしまった。真実がどうであれ、彼らは息子を信じておる」
「わ、私は、なにもしておりませんっ!!」
テレンスは無罪を訴えたが、ヴィルヘルムは険しい表情だった。
「そうであってほしいが……。マクシムとエミールには、他国に亡命されては困るのだ。よってマティアスが、お前とマティアスの資産の半分を、慰謝料としてベアテルに支払い、それで和解した」
「っ、なぜ、そのようなことを……ッ!!」
勝手に資産を使われたことに、テレンスはみっともなく悲鳴を上げていた。
それも、憎きベアテルに――。
しかしその金は、最も魔物の被害に遭っているウィンクラー辺境伯領の為に使用されている。
謀反を企てるつもりはなく、ドラッヘ王国の発展の為に使用されているため、ヴィルヘルムは特段気にしていなかった。
「今まで功績を奪われていたことも、他言することはないとベアテルが申し出たのだ。伴侶にレヴィさえ迎えられるならば、それでいいとな」
過去にレヴィとの婚約の件で、ウィンクラー辺境伯家とは揉めている。
元の形に戻すことで過去を水に流し、蟠りが解消されるのならば、ヴィルヘルムとしても、ベアテルの条件を飲んだ方が得策だと判断していた。
そして今回、レヴィがドラゴンの鱗を発見した。
それをマクシムとエミールは、直様ヴィルヘルムのもとへ献上しに来たのだ。
ヴィルヘルムがベアテルを信じず、テレンスを擁護していたならば、話は変わってきていただろう。
ウィンクラー辺境伯家と揉めることなく、和解した判断は正しかったと、テレンスを除く王族全員が思っていた――。
(っ……ふざけるな)
しかし、テレンスが納得するはずがなかった。
いくらマクシムとエミールが国にとって重要な人物だからと、証拠もないのに慰謝料を支払うことになるだなんて、腹の虫がおさまらない。
しかも、そんな大切なことを聞かされていなかったのだ。
だが、早々に帰還せよという国王の命を、色々と言い訳をして逃げていたのはテレンスだ。
(クソッ……。随分と前に和解しているのなら、私の金が返ってくることはないだろう。ベアテルを殺し損ねた、私のミスだ……。いや、あの化け物のせいだ!!)
レヴィに執着していたベアテルのことだ。
テレンスの金でレヴィに貢ぎ、心を射止めようとしているに違いない。
テレンスの脳内では、忌々しいベアテルへの憎悪で溢れていた。
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ヴィルヘルムが、ふっと笑った。
だが、そのどこか疲れ切った表情は、まるでレヴィを手放してしまったテレンスには、もうなにも期待していないように見え、テレンスは精神的にショックを受けていた――。
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