召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

文字の大きさ
92 / 131

88

しおりを挟む


 しかし、「そんな話は聞いていない」と、ベアテルが言い切った。

 ベアテルは、レヴィに婚姻していたことを隠していた過去がある。
 嘘をついてはいないだろうが、大切なことを話さなかった。
 一方、テレンスは、信頼できると思っていたが、レヴィとの婚約中から不貞を働いていた者だ。
 久しく会ったテレンスの言葉を鵜呑みにするのは、軽率な判断だと、レヴィは思った。

(どちらが真実を話しているのか、判断できない……。でも、僕は、ベアテル様を信じたいっ)

 ふたりから、自分を信じてほしいと、強い視線を向けられたレヴィは、テレンスを見つめる。
 すると、レヴィが己を信じてくれたのだと、確信したかのように、テレンスの表情が華やいだ。

「忙しかったこともあって、僕が聞き逃してしまったのかもしれません。アカリ様には、申し訳ないことをしてしまいました」

「「っ……」」

 角が立たないような返答をしたレヴィに、テレンスは呆気に取られていた。
 その間に、ベアテルがレヴィの手を握る。
 己を信じてくれたのだと、嬉しそうに唇を噛み締めるベアテルに、レヴィは微笑んでいた。


 一方、目の前の仲睦まじいふたりを眺めるテレンスは、焦りを覚えていた。
 テレンスの予想以上に、レヴィとベアテルが信頼関係を築いていたのだ。
 加えて、従順だったレヴィが、テレンスではなく他の男を見ているだけで、ひどく腹が立っていた。


 はあ、と深い溜息を吐いたテレンスに、レヴィは痛ましそうな目を向けられる。

「嗚呼、レヴィ。可哀想に……。この男に騙されているんだね? でも、大丈夫。私が助けに来たよ」

 今のテレンスは、白馬に乗った王子様のように、レヴィに手を差し伸べているのだが、レヴィは内心首を傾げていた。
 レヴィは、スザンナやマリアンナから、テレンスの悪事について、詳しく聞いているのだ。

(……僕を騙していたのは、テリーでしょう?)

 そう言いたい気持ちを堪えるレヴィは、溜息を飲み込む。

「なにを仰っているのか、僕には理解できません」

「っ、私がアカリと婚姻したことを、怒っているの……?」

 レヴィは怒るどころか、ふたりを祝福しているのだが、悲壮感たっぷりのテレンスは、苦しそうに目を伏せた。

「私は、国のためにアカリを娶っただけに過ぎない。そのことも、聞かされていないんだね……?」

 怒りに震えている様子のテレンスが、ベアテルを睨みつける。
 テレンスの発言は、とにかくベアテルを悪者にしたいようにしか感じられなかった。
 どうしてそこまでベアテルを敵視するのか、レヴィにはさっぱりわからない。

 国のためとはいえ、テレンスはレヴィではなく、アカリを選んだ。
 如何なる理由を聞いたとしても、それが答えだ。
 既に別の道を歩み始めているのだから、今更、事情を聞いたところで、レヴィの心が揺らぐことはなかった。

(それでもテリーが、以前よりも僕に熱い視線を向けているのは、一体なんでなんだろう……?)

 今更現れたテレンスの言動が、レヴィは不思議でならなかった。

「伝説の不死鳥――バルドヴィーノ様を従えたことで、アカリが他国の者たちからも求婚される可能性があると判断して、私はアカリを守るために伴侶に名乗り出たんだ。だから、私たちの間には、愛も、ましてや肉体関係もないよ? そのことは、ベアテルも知っているはずだ」

「…………」

 テレンスとアカリは、想い合っているわけではないようだ。
 驚きの事実だが、ふたりが決めたことなのだから、レヴィがとやかく言うことではないだろう。
 だが、レヴィにはひとつ気になることがあった。

(不死鳥を従えたら、いろんな人たちから求婚されちゃうの……?)

 テレンスは、今もレヴィを愛していると伝えたいのかもしれないが、レヴィはそれどころではない。
 レヴィはすでに既婚者だが、テレンスの話を聞いて一抹の不安を感じていた。
 仮に、レヴィが他国の王族に求婚されたとして、ベアテルと無理やり離縁させられることになる可能性を考えていたのだ。

(……ううん、きっと僕には関係のない話だ。だって僕の場合は、ロッティさんを従えているわけじゃなくて、お友達ってだけだもん)

 十年以上、一途に想ってくれていたベアテルならば、そう易々と、レヴィを手放すことはないと信じたい――。


 レヴィはベアテルの気持ちを確認したいと思っていたのだが、レヴィがベアテルに不信感を抱いているのだと、都合の良いように解釈するテレンスが、話し続ける。


「それなのに、ベアテルは魔王討伐という役目を放棄して、王命でレヴィを娶ったんだ。私とレヴィの仲を引き裂きたいからと、卑怯な男なんだよ」

「……卑怯?」

 テレンスがベアテルを侮辱し、レヴィは初めて、怒りで目の前が真っ赤に染まった。

「事前にお話を聞いていたとしても、アカリ様との婚姻は、テレンス殿下ご自身が決断したことです。決してベアテル様のせいではありません。卑怯者などと、僕の大切な伴侶を侮辱することはやめてください。いくら第二王子殿下でも、不愉快です」

「「っ、」」

 温厚なレヴィが、テレンスに言い返したのだ。
 テレンスはもちろん、ベアテルも驚愕している。
 だが、レヴィは後悔していない。
 大好きな人を侮辱され、どうしても黙っていられなかった。

 レヴィの変わりように、暫し固まるテレンスだったが、哀れむような眼差しに変わった。

「やはり、嘘を吹き込まれているんだね……?」

 レヴィが首を傾げれば、テレンスは悲し気に目を伏せた。


「レヴィは、と、そう聞いているんだろう?」


「っ、」

 衝撃的な発言に、レヴィは息を呑んだ。

(っ……ベアテル様は、テリーに殺されかけたの!?)

 驚愕するレヴィが隣を見れば、ベアテルは口を引き結んでいた。
 ベアテルの表情から、テレンスの話が真実であることを、レヴィは悟った――。

(……なんで、なにも言わないの……?)

 ベアテルが先に帰還した理由が、まさかテレンスに殺されかけていたからだなんて――。
 胸部を負傷し、命を落としかけていたベアテルを思い出したレヴィは、涙が溢れていた。
 どんな理由であれ、長年守って来た主人に、命を狙われたのだ。
 どれほど辛い思いをしたのだろうか。
 レヴィの脳裏には、死を覚悟し、うなされていたベアテルの姿が、ありありと思い出されていた。

 しかし、ベアテルが同情を誘う真似をしていなかったことを知らないテレンスは、レヴィの説得を続けていた。

「ベアテルの話は真っ赤な嘘だよ。ベアテルの言うことを信じないでほしい。この男は、優しいレヴィの同情を誘って、今のうのうとレヴィの隣にいるんだ。ベアテルが、ずっとレヴィに執着していたことは、皆が知っている。レヴィを手に入れるためなら、なんだってするような男なんだよ」

「…………」

「私は、今もレヴィを愛しているんだ……っ」

 ベアテルに引き裂かれてしまったと、訴え続けているテレンスが、レヴィに愛を囁く。

 俯くレヴィは、小刻みに震える己の体を、強く抱きしめる。
 テレンスはレヴィの心を取り戻すことができたと確信していたが、レヴィは単に耳を塞ぎたくなっていただけである。
 なんの非もないベアテルの悪口を聞かされ続けたレヴィは、怒り心頭に発していた。 
















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...