96 / 131
92 テレンス
レヴィがベアテルと婚姻した噂は、テレンスの耳にも届いている。
しかし、ベアテルの報復を恐れるテレンスは、ウィンクラー辺境伯領には決して近付かなかった。
その間にレヴィが、ドラッヘ王国の救世主、神の使い、この世で稀な獣医の中でも、最も優秀な者だと、様々な名で呼ばれ始めたことを知り、テレンスは歯噛みする。
(急ぎ、レヴィを側妃に迎えなければっ!)
今のレヴィを伴侶に迎えれば、アカリを引き止め続ける必要もなくなる。
ストレスから解放されるのだ。
晴れやかな気分になったテレンスは、直様、アカリのもとへ向かっていた。
「アカリ! 王都に戻るぞ!」
「……え? 今から?」
民の仕事を手伝っていたアカリが、荷を持ったままきょとんとしている。
あれだけ異世界に帰りたいと言っていたくせに、なにをぼけっとしているのだ。
理解力に乏しい者を毛嫌いするテレンスは、アカリに蔑む目を向ける。
「グズグズしていないで、さっさと準備しろ!」
「はあ!? なんなのよ、急にっ!! 私は遊んでいるわけじゃないんだからね!?」
アカリがテレンスに言い返したことで、民たちが怯え始めた。
平凡な見た目のアカリだが、これでも勇者だ。
魔王を討伐したアカリが本気を出せば、民が何十人と襲い掛かろうとも、返り討ちにされるだろう。
しかし、テレンスはアカリと行動を共にしていたことで、アカリのことをよく理解していた。
魔物は斬り刻んでいたが、アカリは人間には手を出さないことをわかっていて強気で出たのだ。
案の定、苛立ちをあらわにするアカリだったが、テレンスを睨んでいるだけである。
(この女を怒らせたところで、もう怖くはない。私には、アカリの代わりに英雄となる、レヴィがいるのだから――)
先に行くぞと脅せば、民に謝罪したアカリは、不貞腐れた顔のままテレンスについてくる。
颯爽と馬車に乗り込むと、領主たちが満面の笑みで魔物討伐部隊を見送っていた。
なんとも不愉快ではあるが、テレンスの脳内はレヴィのことしか考えていなかった。
「ふふっ。すぐに迎えに行くからね、レヴィ」
「はあ? レヴィくんに会いたかったけど、テレンスが失恋したから気を遣っていたっていうのにっ! 今更、レヴィくんに会いに行くわけ?」
それなら自分もレヴィに会いたかったと、アカリが文句を垂れているが、テレンスは無視する。
異世界に帰り、戻ってくるかもわからないアカリには、もう優しくする必要はない。
それに、自由気ままな伝説の不死鳥も、常にアカリのそばにいるわけではないのだ。
不死鳥が不在の状況を理解した上で、テレンスはアカリに対して、強気な姿勢を貫いていた。
「レヴィくんは、ベアテルくんと結ばれたんでしょう? 既婚者なんだよ? ちゃんとわかってる?」
「それがどうした。気分が悪くなるから、黙ってくれないか」
お節介な女を一瞥するテレンスだが、アカリと離縁するつもりはなかった。
異世界へと去ってしまったアカリを待ち続けるテレンスの姿は、おそらく国民には好印象を与えることになるだろう。
だが、王族であり、英雄となったテレンスは、高貴な血を後世に残す必要があるのだ。
そのために、テレンスはレヴィを側妃として娶ったのだと判断されることになる――。
「生き残ったことを、後悔するがいい」
獣の分際で、テレンスに歯向かったベアテルに、再度地獄を見せてやる。
長年、レヴィに想いを寄せていたベアテルは、おそらくテレンスの所業を話し、レヴィの同情を誘っていることだろう。
そんな薄っぺらい関係など、テレンスとレヴィの真実の愛の前では何の意味もなさない。
今はベアテルの伴侶だが、王命で娶られたまで。
レヴィの意思ではない。
ベアテルの隣に立ってはいるが、今もレヴィは、密かにテレンスを想っているに違いない。
王都に到着するまで、目を伏せるテレンスは、人形のように愛らしいレヴィとの新婚生活を想像し、気分が高揚していた。
◇
「随分と遅かったな」
母であるマティアスと、抱擁を交わす。
意気揚々と王都に帰還したテレンスだったが、出迎えてくれた者は少なかった。
国王の姿もない。
父は多忙なためまだ理解できるが、マティアスも素っ気なかった。
「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ、アカリ。異世界に帰る準備は整っているが、その前に、魔王討伐の任務中のことを、詳しく聞かせてくれるかい?」
「はいっ!」
マティアスに笑顔を向けられたアカリが隣に並び、歩き出す。
どうしてかテレンスがふたりの後ろを歩くことになったが、マティアスは勇者を気遣っているだけだろう。
余計なことは話すなよと、テレンスはアカリの背に冷めた目を向けていた。
「バルドヴィーノ様でしたら、最近はほとんどお休みになられています。魔王を討伐するまでに、かなり無理をされたみたいで……」
「そうだったのか……。私も不死鳥バルドヴィーノ様にお目にかかりたいとは思っていたが、いつかは会えるだろうか……」
「ふふっ。実は、既に会ったことはあると思いますよ?」
「……どういうことだ? 詳しく聞かせてくれ」
テレンスの存在を無視するふたりが、不死鳥の話で盛り上がる。
テレンスの予想より歓迎されていない気もするが、突然のことだったのだ。
致し方ないだろう。
(それにしても、なんだか慌ただしいな……)
王宮の廊下を歩くテレンスに、使用人たちが頭を下げる。
だが、以前のようなきらきらとした視線を感じることもなく、皆さっさと己の仕事に戻っていた。
テレンスが怪訝な顔をしていれば、マティアスが振り返る。
「近々、リュディガーが立太子することが発表されるからな? 皆、パーティーの準備で忙しいんだ」
「っ、なんですって!?」
「なにを驚いているんだ? リュディガーは王位継承権第一位だ」
当然だろう、とマティアスが話すが、テレンスが納得できるはずがなかった。
魔王を討伐したのはアカリだが、テレンスは魔王討伐軍を率いたのだ。
安全な王都でのうのうと過ごしてきた兄など、各地を走り回っていたテレンスに比べれば、なにもしていないのも同然である。
もちろんテレンスは、魔物の討伐さえも部下に丸投げしていたので、剣すら抜いていないのだが、密告する命知らずは誰もいないため、国王に相応しいのは己であると、胸を張っていた。
(ああ。いや、ベアテルを刺す時には、剣を使ったな……)
心臓を貫いたはずだというのに、生き残った化け物のことを思い出す。
ベアテルの顔を思い出すだけで、テレンスは吐き気がするほど不快な気持ちになっていた。
「それに、ウィンクラー辺境伯領で、ドラゴンの鱗が発見されたんだ。持ち込んだのはマクシム殿とエミール殿だが、第一発見者はレヴィだ」
「っ……レヴィが……?」
テレンスは度肝を抜かれる。
ドラゴンの鱗を発見するだけでも、奇跡だ。
「リュディガーはずっとレヴィの活動を支持していたし、いずれは賢王になってくれるだろう」
喜ばしいことだと、マティアスの話す声が遠くに聞こえる。
テレンスは、立っているのもやっとだった。
なにせ、己が国王になる未来を前提に、物事を考えていたのだ。
しかし、既に国王への道は閉ざされつつある。
それも、テレンスが無能だと思い込んでいたレヴィが、この一年でこつこつと功績を挙げ続けたことにより、レヴィを後押ししていたリュディガーが、立太子することが決まったも同然だった――。
あなたにおすすめの小説
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません
カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」
ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。
(これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!)
妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。
スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。
スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。
もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます?
十万文字程度。
3/7 完結しました!
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。