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95 王族
しおりを挟む煌びやかな晩餐会では、部屋に引きこもっているテレンスを除く王族と、勇者が卓を囲んでいた。
「誰よりも信頼していたベアテル様が負傷してしまった時は、さすがの私も不安に襲われました……。ですが、バルドヴィーノ様はもちろん、部隊の方々も、特にジークフリート様が尽力してくださったおかげで、無事に魔王を倒すことができました」
食事もそこそこに、アカリが魔王討伐での旅のことを楽しげに話す姿を、ヴィルヘルムとマティアスはなんとも言えない気持ちで眺めていた。
なにせ、アカリの口からは、テレンスの話が一向に出てこないのだ。
アカリがテレンスを悪く言うことはなかったが、魔王を討伐する際には、テレンスが活躍していなかったことは、この場に集まった王族全員が察することとなっていた――。
「伝説の不死鳥バルドヴィーノ様は、今どちらにおられるのか」
是非ともお目にかかりたいと、珍しくリュディガーが前のめりであった。
不死鳥の姿を一目見たいという気持ちはあるが、もし負傷しているのであれば、レヴィが治癒を施せる可能性があるのだ。
心の清らかなレヴィならば、伝説の不死鳥と友人になれるかもしれない――。
神々しい不死鳥の姿が描かれた肖像画を思い出すリュディガーは、凛々しい初代国王アーデルヘルムではなく、そこに愛らしいレヴィの姿が描かれる未来を想像し、胸を躍らせていた。
「空気の綺麗なところで、羽を休めていらっしゃるのだと思います。私はバルドヴィーノ様を従えているわけではありませんので……」
詳しいことはわからないと、アカリが申し訳なさそうに告げる。
不死鳥バルドヴィーノは、自由気ままな性格だ。
そんな不死鳥が、人間と行動を共にすることは滅多にないと言われている。
よってアカリは謙遜しているだけだろう。
皆がそう思っていたのだが、アカリは口元を綻ばせた。
「でも、バルドヴィーノ様の飼い主であるレヴィ様に聞けばわかると思いますよ?」
「「「――……ッ!!」」」
普段は感情を表に出すことのない王族全員が、仰天する姿を目撃することに成功したアカリは、堪えきれずにくすくすと笑った。
不死鳥の声が聞こえるわけではないが、アカリやジークフリートは、不死鳥がロッティであることを確信していた。
なにせ、魔王討伐の旅で、不死鳥と行動を共にするようになってから、姿は違えど、バルドヴィーノはロッティにしか見えなかったのだ。
食事をした後にゲップをする下品なところや、レヴィが大切に想う人を、特別気にかけている姿。
そして、異様なまでにテレンスを警戒していた。
不死鳥が優先してアカリを守っていた理由は、おそらくアカリが勇者だからではない。
テレンスが、レヴィの婚約者だからだ。
深夜、アカリの天幕に、テレンスが忍び込もうとした際には、炎を噴いてまで追い払った不死鳥の姿を思い出すアカリは、レヴィに会いたい気持ちが大きく膨れ上がっていた。
「まさか、レヴィが……」
王族の誰もが信じられないという面持ちだったが、複雑な思いが込み上げきていた。
動物の治癒を施すことができるレヴィであれば、不死鳥と交流することも不可能ではないのかもしれない。
仮に、レヴィが不死鳥を従えているのならば、バルドヴィーノはドラッヘ王国に住み着いてくれるだろう。
願ってもないことだ。
だが、今もレヴィがテレンスの婚約者だったならば、と思わずにはいられなかった――。
「なぜ、話してくれなかったのだろうか……」
「私の推測ですが、レヴィ様はロッティが不死鳥だなんて、知らなかったんだと思いますよ? 急激に成長していましたので……」
「……そうか」
おっとりとしているが真面目なレヴィであれば、リュディガーに報告してくれていたことだろう。
丁寧に纏められた報告書と共に、ウィンクラー辺境伯領での出来事を、毎月欠かさず送ってくれる愛らしいレヴィを思い出すリュディガーは、思わず引き結ばれていた口元を緩めた。
「伝説の不死鳥だと知らずに、鳥を可愛がっていたのか……。いや、単に動物が好きなレヴィには、関係ないのかもしれないな?」
「ふふっ。はい、私もそうだと思います。私やジークフリート様、ベアテル様は確信していますが、真実は、レヴィ様がバルドヴィーノ様と再会した時にわかることでしょう」
その時が楽しみだと、アカリが嬉しそうに笑う。
その屈託のない笑みは、バルドヴィーノの飼い主はレヴィであると確信しているようだった。
事実確認の為、至急、レヴィを王都に呼び寄せなければならない――。
ヴィルヘルムは、直様ウィンクラー辺境伯家に、魔王を討伐した祝いのパーティーに、夫夫揃って参加するようにと、招待状を出していた。
しかし、五日後――。
「ウィンクラー辺境伯家から、抗議文が届いただと……?」
リュディガーの立太子を前に、魔王を討伐してくれた勇者を労うパーティーが開かれることとなり、王宮内は慌ただしい。
それもこれも、全てはテレンスの衝動的な行動が招いたものだ。
それにもかかわらず、テレンスは現在、伴侶であるアカリを放り出して行方知れず。
テレンスの母親であるマティアスは、息子が皆に迷惑をかけたことから、毎日のように酷い頭痛に襲われていた。
「ベアテルは、なにに対して抗議しているんだ?」
抗議文を手にする使者に、ヴィルヘルムは怪訝な表情を向けずにはいられなかった。
テレンスとのことは、和解したはず。
それなのに、今更なにがあったというのだ。
しかし、テレンスが不在の今、ヴィルヘルムは嫌な予感がしていた。
「テレンスのことか?」
「はい。テレンス殿下が、ウィンクラー辺境伯の前で、辺境伯夫人に言い寄ったそうです。それに、ウィンクラー辺境伯に暴言も吐いたと……。その件で、辺境伯夫人が、それはそれはお怒りだったようで……」
「っ…………なんということをしてくれたんだ。あの愚か者がっ。すぐにテレンスを連れ戻せっ!」
執務室に、ヴィルヘルムの怒号が響く。
テレンスを慈しみ、どんなことからも守ろうと思っていたヴィルヘルムだったが、レヴィが不死鳥を従えている可能性がある今、そんなことを言っていられる状況ではなくなっていた――。
ヴィルヘルムの剣幕に気圧される使者だったが、恐る恐る口を開く。
「それから、文を届けた怪ぶ……クローディアスも、現在、訓練場で大暴れしておりますっ。誰も近付けず、困り果てている次第で……」
ウィンクラー辺境伯家の怒りは、相当のものだと知り、ヴィルヘルムは頭を抱えていた。
ベアテルによって、レヴィに会うことを禁止されたままだったクローディアスは、大好きなご主人様に会えない鬱憤を晴らしているだけだったのだが、そのことを王族が知る由もなかった――。
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