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しおりを挟むウィンクラーの怪物を乗りこなすレヴィの姿に、民は度肝を抜かれていた。
かつて魔王討伐を成し遂げた際の凱旋パレードでは、部隊を率いたエミールがクローディアスの母馬に騎乗していたこともあり、今のレヴィの姿は、次代の英雄のように映っている。
しかし、国民の大歓声など聞こえていないレヴィは、死ぬ気で手綱を握っていた――。
『僕に意地悪したベアテルなんか、置いていくもんね~!!』
(っ、ひいいぃぃぃぃーーーーッ!!!! 助けてっ、ベアテル様……っ)
飛ぶように景色が変わり、クローディアスに跨るレヴィの足は、恐怖からガクガクと震え続ける。
スピードが速すぎて、目も口も開けることすらできない。
クローディアスは大興奮だが、初めて馬に乗ったレヴィにとっては、酷な仕打ちであった――。
しかし、ベアテルが追いかけてきてくれており、なんとか合流することに成功していた。
ベアテルに背後から抱きしめられる体勢で相乗りし、今度は景色を見る余裕もある。
気温は低いものの、ベアテルと密着していることで、とても暖かい。
「怖い思いをさせたな、もう安心していい」
「はいっ」
ドキドキしたまま乗馬を楽しむことになったレヴィは、くたりとベアテルによりかかる。
本当に心配してくれていたようで、背に感じるベアテルの鼓動は、とても速かった。
レヴィが背後を振り返れば、瞬く間にベアテルの目尻が垂れ下がる。
互いに引き寄せられるように唇を重ねた、が。
『おっそろしい顔して追いかけてきた、お前が言うかあ? 魔王よりやべぇ顔してたから』
わざとらしく震えたロッティがぼやく。
人間が全力疾走する馬に追いつけるはずはないのだが、レヴィにとってのベアテルは、勇敢な王子様でしかないのだ――。
愛おしいとばかりに、ベアテルがレヴィの頬にキスの雨を降らせる。
まるでロッティのように高速な口付けで、レヴィはくすぐったくて笑っていた。
その後、ベアテルとロッティにコッテリとしぼられたクローディアスがゆっくりと歩き、夜は近くの宿に泊まる。
レヴィの噂は国中に広まっており、どこへ行っても大歓迎だった。
レヴィの姿を一目見ようと、多くの人が集まり、街は夜もお祭り騒ぎである。
『ふんっ。ようやくご主人様を敬う気になったか。遅いんだよ』
宿屋の窓から人々を見下ろすロッティが、「まあ、悪い気はしねぇな」と鼻を鳴らす。
大きく手を振る民に、レヴィが手を振り返せば、大歓声が上がった。
「アカリ様がいなくなったけど、みんなが笑顔でよかった……。でも、近所迷惑じゃないかな?」
『っ、気にするところは、そこかぁ~!?』
呆れた口調のロッティに、頬を突かれる。
だが、ロッティが誇らしげな顔をしているように見えたのは、レヴィの気のせいではないだろう。
レヴィがロッティにお返しのキスをすれば、全身を纏う炎がごうっと燃え盛る。
『っ……不意打ちはやめろッ!!』
急に怒鳴ったロッティが、我先にと毛布に潜り込み、レヴィはベアテルと顔を見合わせた。
(……もしかして、照れてるのかな?)
ベアテルが照れた時は、頭に耳が飛び出る。
そしてロッティの場合は、炎が燃え上がる。
なんと分かりやすく、可愛らしいのだと、レヴィはひとり悶えていた――。
そうしてレヴィは、突然のことにも対応してくれた宿だけでなく、近隣の家をまわり、動物の治癒を施す。
レヴィはお騒がせしたお礼に治癒をしただけだったが、レヴィの評判はうなぎのぼりだった。
◇◆◇
早朝、レヴィが宿屋を出立する際には、多くの民が集まっていた。
レヴィの人気はとどまるところを知らず、ベアテルも誇らしく思う。
そして代表として、世話になった宿屋の店主が、深々と頭を下げる。
「お代はいただけません。レヴィ様にお目にかかれただけでも光栄だというのに、病を患う家畜の治癒までしていただいて……。なんとお礼を言ったらいいのかっ」
「そんな、気にしないでください。僕はただ、快適に過ごせたお礼をしただけですので……」
感動に涙する店主が、「天使だ……っ」と呟く。
自慢の伴侶の肩を抱くベアテルは、多くの民に見送られ、颯爽と宿屋を後にしていた――。
「レヴィとロッティが宿泊したとなれば、今後は予約が殺到するだろうな?」
「僕……? うーん、僕より、不死鳥効果はありそうですよね?」
謙遜するレヴィだったが、人気店になれば嬉しいと、ベアテルに同意する。
安宿ばかりだったというのに、レヴィは文句ひとつ言わず、素朴な家庭料理がおいしかったと、よいところばかりを挙げている。
人は短所や欠点に目が行きがちだが、レヴィのそういった内面が、ベアテルは好きだった。
(俺の醜い耳も、レヴィにとっては可愛い耳になるのだから……)
レヴィを大切に抱き上げたベアテルは、クローディアスに乗る。
普段から暴走気味の巨大馬だが、今は随分と大人しい。
なにせ、今までのベアテルは、クローディアスには優しく接してきたのだが、レヴィを連れ去った時には「レヴィに擦り傷のひとつでもつけようものなら、あの世に送ってやる」と、脅してやったのだ。
ベアテルの本気度が伝わったのか、今ではレヴィの言う通りの、素直で可愛い馬と化していた――。
ふと視線を感じ、路地裏に顔を向ける。
多くの人に紛れ、ベアテルに対して深々と頭を下げている者たちがいた。
(レヴィのおかげで、民の笑顔が戻ったな……)
再会する日も近いだろうと、彼らに片手を上げたベアテルは、笑みをこぼした。
「……ベアテル様。浮気ですか?」
「っ、は?」
すうっと目を細めるレヴィに、ベアテルは素っ頓狂な声を上げていた。
「彼らは、花街の方ですよね?」
「っ……」
ベアテルが言葉に詰まり、レヴィはむうっと頬を膨らます。
男娼のことを知らないはずのレヴィに追求され、ベアテルは驚いただけなのだが。
そっぽを向いたレヴィは、どうやら勘違いをしているらしい。
(……ロッティと、クローディアスの仕業か)
溜息を飲み込むベアテルは、必死に否定する。
ウィンクラー辺境伯領に向かう途中、ベアテルたちが立ち寄った宿は、全てテレンスが利用した宿だった。
後日、スザンナが治癒に訪れる予定だが、テレンスの被害者の現状を把握するためである。
端金で病をうつされ、職を失った娼夫は、心も体も傷付いている。
治癒の後は、ウィンクラー辺境伯領で療養しないかと、声をかけていた――。
「レヴィ、誤解だ」
「…………」
「っ、俺は、よそ見などしたことがない。好きになった相手も、深い関係になりたいと願った相手も、レヴィだけだっ。信じてくれ……」
無言のレヴィに、ベアテルが縋り付く。
それでもレヴィが振り返ることはなく、捨てられてしまうのかと、ベアテルは全身から血の気が引くのを感じていた。
「「「おかえりなさいませっ!!」」」
まっすぐに前を向くレヴィが、単純に照れているだけだと気付かぬまま、ウィンクラー辺境伯領に帰還すれば、ここでも多くの民に出迎えられる。
ドラゴンが姿を見せることはなかったが、レヴィがいれば、会えるかもしれない。
期待に胸を躍らせる人々の囲まれるレヴィを、ベアテルがガッチリと掴んで離さない。
片時も離れないふたりは、国一番のおしどり夫夫だと噂が流れることとなっていた。
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