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HOT! HOT! ストロー 始
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小学五年生のころ、ボク(木村経汰 十一歳)は足が速かった。そのことでクラスメイトの女子からもてはやされたり、告白されるのは、なに気ない日常の一コマだった。
ちなみに全員振っていた。選り好みしていたわけじゃない。単純に興味が持てなかっただけなのだ。色恋沙汰にうつつを抜かすより、走っているほうが楽しかった。
ある日、隣のクラスで一番かわいいとされる女の子から、デートに誘われた。その人物の名前は、金森心音。オレはなぜかこのときだけ、誘いを承諾した。
今となって考えると、軽い寄り道のような感覚だった。適当に相手して、適当に楽しんで、そして適当に関係を終わらせておこう。
そう、思ってたのに……
「――金森、好きだ。ボクと付き合ってくれ」
小学六年生の放課後。誰もいない、薄く夕日が照らす教室にて、ボクは彼女に告白していた。抑えきれなかった、この想いを。聞かせたかった、自分の気持ちを。
直後、まるで映画のワンシーンのように美しく頬を伝って、涙を流す金森さんの姿があった。たどたどしくも彼女は、一生懸命に言葉を紡ぐ。
「わ、私で……本当に、いい、の……?」
心配している。私なんかで、ボクの彼女が努まるかどうか、釣り合うかどうかと不安になってしまっている。
そう直感したころにはすでに、打ち消すようにして金森さんを強く抱きしめていた。大丈夫だから、大丈夫だからと。言葉より行動で、示していた。
どうしようもないほどにボクは、彼女に惚れてしまっていた。今まで興味がなかったのにここまでのめり込むなんて、自分が一番よくわからない。
でもこれが――これこそが、恋に落ちるってことなんだって初めて知った。知ってしまった。ボクはただでさえ告白で使い切ってしまった勇気を、もう一度叩き起こす。
「金森がいいんだ、金森じゃないと、ダメなんだ! 愛している!!」
「き、木村君……!」
「経汰って、呼んでくれよ。これからは、金森のこと……心音って呼ぶからさ」
我ながら思い出すだけで、蕁麻疹が出るような思い出だ。なぜあんな恥ずかしいことをなんの躊躇いもなく言えたのか、甚だ謎である。
でもそのおかげで心音と正式にカップルになり、あんなに幸せな時間を過ごせたのだから、結果オーライだろう。
「け、経汰……君」
「経汰君じゃなくて、経汰な」
「け、経汰……」
「こ、これからその……よろしくな。心音」
ボクは心音のパートナーとなった証が欲しくて、手を差し出し握手を求めた。ゆっくりと近づく心音の手が、わずかに震えていた。
恥ずかしさが伝染ってしまったのか、自分もぴくぴくと震えてしまい、さらに手汗が滲んできた。マズい。後悔してきた。でも今さらやめるわけにはいかない。
「……うん」
互いに目を合わせることができない。そのせいで、手をつなぐまで少し手間取ってしまった。とてつもなく不器用で、とてつもなく――愛おしい時間。
窓から照らす夕日の明るさも、重ねた手の感触も、やけに低い温度も、はっきり覚えている。あの瞬間のボクたちはきっと、輝かしい未来を想像していたのだと思う。
事実、その未来は、まるで決まりごとのようにボクたちに訪れた。一緒にいればいるほどに、愛が深まっていくのが手に取るようにわかった。
まだ世の中の酸いも甘いも知らなかったボクたちは、こんな絶頂のような日々がこれから続いていくのだろうと、本気でそう思っていた。
「――別れよ? 私たち」
倦怠期――それはまるで自覚症状のない病のように、関係は少しずつ、少しずつ、少しずつ、壊れていっているのをボクは知らなかった。いや、見て見ぬふりをしていた。
その罰なのか、すでに取り返しのつかないところまできてしまっていて、いくら自分を恨んでも、憎んでもどうしようもなくて、ただ崩れた跡地を、眺めていた――
「……………………」
彼女の姿を思い出す。お団子ヘアーが可愛くて、ボクよりずっと身長が小さい。
小柄で華奢な体型で、おまけに少しわがままな一面があるので、まるで手のかかる妹のようだった。でも、いつの間にか……
ダメだ。動けない。なにもやる気が、起きない。ベッドにうつ伏せになって、どれくらいの時間が経ったのだろう。
帰り道が途中まで同じのボクと心音は、すっかり板についてしまった無言の家路についていた。
ボクは右に、心音は左に分かれる直前、後ろから言われた言葉だった。
「これで、よかった……のか」
正直なところ、ようやくかと安心している自分がいた。これでボクは、心音を好きでいることから解放されるのだと。でも、今はそれを拒否する自分もいた。
おかしいだろと自身に問うてみる。いつの日か、心音との関係に慣れてしまって、飽きてしまって、トキメキなんてとうに色褪せてしまった。
本当はわかっていた。いつかはこんな日がくるのだと。ここ数年はずっと、まるで綱渡りをしているような関係性だった。
いつでも落ちてしまう危険性を孕んでいて、今日がたまたま、その落ちた日なだけ。ただ、それだけのことだ。じゃあ、なんで……
「なんで……涙が、出るんだよ……!!」
シーツの上を、生暖かい粒が濡らしていた。その粒はたしかに、心音という一人の女の子を愛していたことの証明であると同時に、別れが嫌だという体の意思表示だった。
二つの相反した板挟み。一つは冷めてしまった関係がなくなって、スッキリした気持ち。もう一つは……我ながら矛盾しているが、心音と別れて寂しいと思う気持ち。
「オレは……どうしたいんだ? よりを戻したいのか? それとも、一人の生活を満喫して、そのままずっと独り――」
いいかけてボクは、とても恐ろしい気持ちになった。独り、ということは、もう心音にとって特別でなくなる。心音にとってただの他人になる。どうでもいい存在に……
あの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、すべて自分の手元から離れていく。そしていつか……ボクの見えないところか、そうでないところで知らない誰かと結ばれて……
幸せな日々を送って……その幸せが前にあった幸せを上塗りして……過去の記憶が、絵の具に水滴を垂らすように薄れていって、薄れていって……
あんなに色鮮やかで煌めいていたボクたちの記憶は、雪原のように真っ白になって……消える。なにもかも。それで……本当に、それで、それで、それで…………
「――本当にいいのかい? その様子だと、絶対に後悔するヨ?」
「――ッ!!」
いつの間にか部屋にいたのは、スラッとモデルのように細身で、黒いシルクハットを目元が隠れるほど深々と被っている、謎の少女だった。
唯一見える薄桃色の口元はニヒルな笑みを浮かべていて、美しくもどこか不気味でつかみどころがない印象を受けた。
服装は真っ白なショートトレンチコートに、白黒のチェック柄のネクタイ、そして同じ配色のチェック柄のミニスカート。
ボクの物語が、音を立てて動き始めた――
ちなみに全員振っていた。選り好みしていたわけじゃない。単純に興味が持てなかっただけなのだ。色恋沙汰にうつつを抜かすより、走っているほうが楽しかった。
ある日、隣のクラスで一番かわいいとされる女の子から、デートに誘われた。その人物の名前は、金森心音。オレはなぜかこのときだけ、誘いを承諾した。
今となって考えると、軽い寄り道のような感覚だった。適当に相手して、適当に楽しんで、そして適当に関係を終わらせておこう。
そう、思ってたのに……
「――金森、好きだ。ボクと付き合ってくれ」
小学六年生の放課後。誰もいない、薄く夕日が照らす教室にて、ボクは彼女に告白していた。抑えきれなかった、この想いを。聞かせたかった、自分の気持ちを。
直後、まるで映画のワンシーンのように美しく頬を伝って、涙を流す金森さんの姿があった。たどたどしくも彼女は、一生懸命に言葉を紡ぐ。
「わ、私で……本当に、いい、の……?」
心配している。私なんかで、ボクの彼女が努まるかどうか、釣り合うかどうかと不安になってしまっている。
そう直感したころにはすでに、打ち消すようにして金森さんを強く抱きしめていた。大丈夫だから、大丈夫だからと。言葉より行動で、示していた。
どうしようもないほどにボクは、彼女に惚れてしまっていた。今まで興味がなかったのにここまでのめり込むなんて、自分が一番よくわからない。
でもこれが――これこそが、恋に落ちるってことなんだって初めて知った。知ってしまった。ボクはただでさえ告白で使い切ってしまった勇気を、もう一度叩き起こす。
「金森がいいんだ、金森じゃないと、ダメなんだ! 愛している!!」
「き、木村君……!」
「経汰って、呼んでくれよ。これからは、金森のこと……心音って呼ぶからさ」
我ながら思い出すだけで、蕁麻疹が出るような思い出だ。なぜあんな恥ずかしいことをなんの躊躇いもなく言えたのか、甚だ謎である。
でもそのおかげで心音と正式にカップルになり、あんなに幸せな時間を過ごせたのだから、結果オーライだろう。
「け、経汰……君」
「経汰君じゃなくて、経汰な」
「け、経汰……」
「こ、これからその……よろしくな。心音」
ボクは心音のパートナーとなった証が欲しくて、手を差し出し握手を求めた。ゆっくりと近づく心音の手が、わずかに震えていた。
恥ずかしさが伝染ってしまったのか、自分もぴくぴくと震えてしまい、さらに手汗が滲んできた。マズい。後悔してきた。でも今さらやめるわけにはいかない。
「……うん」
互いに目を合わせることができない。そのせいで、手をつなぐまで少し手間取ってしまった。とてつもなく不器用で、とてつもなく――愛おしい時間。
窓から照らす夕日の明るさも、重ねた手の感触も、やけに低い温度も、はっきり覚えている。あの瞬間のボクたちはきっと、輝かしい未来を想像していたのだと思う。
事実、その未来は、まるで決まりごとのようにボクたちに訪れた。一緒にいればいるほどに、愛が深まっていくのが手に取るようにわかった。
まだ世の中の酸いも甘いも知らなかったボクたちは、こんな絶頂のような日々がこれから続いていくのだろうと、本気でそう思っていた。
「――別れよ? 私たち」
倦怠期――それはまるで自覚症状のない病のように、関係は少しずつ、少しずつ、少しずつ、壊れていっているのをボクは知らなかった。いや、見て見ぬふりをしていた。
その罰なのか、すでに取り返しのつかないところまできてしまっていて、いくら自分を恨んでも、憎んでもどうしようもなくて、ただ崩れた跡地を、眺めていた――
「……………………」
彼女の姿を思い出す。お団子ヘアーが可愛くて、ボクよりずっと身長が小さい。
小柄で華奢な体型で、おまけに少しわがままな一面があるので、まるで手のかかる妹のようだった。でも、いつの間にか……
ダメだ。動けない。なにもやる気が、起きない。ベッドにうつ伏せになって、どれくらいの時間が経ったのだろう。
帰り道が途中まで同じのボクと心音は、すっかり板についてしまった無言の家路についていた。
ボクは右に、心音は左に分かれる直前、後ろから言われた言葉だった。
「これで、よかった……のか」
正直なところ、ようやくかと安心している自分がいた。これでボクは、心音を好きでいることから解放されるのだと。でも、今はそれを拒否する自分もいた。
おかしいだろと自身に問うてみる。いつの日か、心音との関係に慣れてしまって、飽きてしまって、トキメキなんてとうに色褪せてしまった。
本当はわかっていた。いつかはこんな日がくるのだと。ここ数年はずっと、まるで綱渡りをしているような関係性だった。
いつでも落ちてしまう危険性を孕んでいて、今日がたまたま、その落ちた日なだけ。ただ、それだけのことだ。じゃあ、なんで……
「なんで……涙が、出るんだよ……!!」
シーツの上を、生暖かい粒が濡らしていた。その粒はたしかに、心音という一人の女の子を愛していたことの証明であると同時に、別れが嫌だという体の意思表示だった。
二つの相反した板挟み。一つは冷めてしまった関係がなくなって、スッキリした気持ち。もう一つは……我ながら矛盾しているが、心音と別れて寂しいと思う気持ち。
「オレは……どうしたいんだ? よりを戻したいのか? それとも、一人の生活を満喫して、そのままずっと独り――」
いいかけてボクは、とても恐ろしい気持ちになった。独り、ということは、もう心音にとって特別でなくなる。心音にとってただの他人になる。どうでもいい存在に……
あの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、すべて自分の手元から離れていく。そしていつか……ボクの見えないところか、そうでないところで知らない誰かと結ばれて……
幸せな日々を送って……その幸せが前にあった幸せを上塗りして……過去の記憶が、絵の具に水滴を垂らすように薄れていって、薄れていって……
あんなに色鮮やかで煌めいていたボクたちの記憶は、雪原のように真っ白になって……消える。なにもかも。それで……本当に、それで、それで、それで…………
「――本当にいいのかい? その様子だと、絶対に後悔するヨ?」
「――ッ!!」
いつの間にか部屋にいたのは、スラッとモデルのように細身で、黒いシルクハットを目元が隠れるほど深々と被っている、謎の少女だった。
唯一見える薄桃色の口元はニヒルな笑みを浮かべていて、美しくもどこか不気味でつかみどころがない印象を受けた。
服装は真っ白なショートトレンチコートに、白黒のチェック柄のネクタイ、そして同じ配色のチェック柄のミニスカート。
ボクの物語が、音を立てて動き始めた――
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