2 孤独のカルアは|終点《ピリオド》をうちに|襲《く》る

ウスノろマウス

文字の大きさ
1 / 3

HOT! HOT! ストロー 始

しおりを挟む
 小学五年生のころ、ボク(木村経汰キムラケイタ 十一歳)は足が速かった。そのことでクラスメイトの女子からもてはやされたり、告白されるのは、なに気ない日常の一コマだった。
 ちなみに全員振っていた。選り好みしていたわけじゃない。単純に興味が持てなかっただけなのだ。色恋沙汰にうつつを抜かすより、走っているほうが楽しかった。
 ある日、隣のクラスで一番かわいいとされる女の子から、デートに誘われた。その人物の名前は、金森心音カナモリココネ。オレはなぜかこのときだけ、誘いを承諾した。
 今となって考えると、軽い寄り道のような感覚だった。適当に相手して、適当に楽しんで、そして適当に関係を終わらせておこう。
 そう、思ってたのに……
  
「――金森、好きだ。ボクと付き合ってくれ」
  
 小学六年生の放課後。誰もいない、薄く夕日が照らす教室にて、ボクは彼女に告白していた。抑えきれなかった、この想いを。聞かせたかった、自分の気持ちを。 
 直後、まるで映画のワンシーンのように美しく頬を伝って、涙を流す金森さんの姿があった。たどたどしくも彼女は、一生懸命に言葉セリフを紡ぐ。
 
「わ、私で……本当に、いい、の……?」
  
 心配している。私なんかで、ボクの彼女が努まるかどうか、釣り合うかどうかと不安になってしまっている。
 そう直感したころにはすでに、打ち消すようにして金森さんを強く抱きしめていた。大丈夫だから、大丈夫だからと。言葉セリフより行動で、示していた。
 どうしようもないほどにボクは、彼女に惚れてしまっていた。今まで興味がなかったのにここまでのめり込むなんて、自分が一番よくわからない。
 でもこれが――これこそが、恋に落ちるってことなんだって初めて知った。知ってしまった。ボクはただでさえ告白で使い切ってしまった勇気を、もう一度叩き起こす。

「金森がいいんだ、金森じゃないと、ダメなんだ! 愛している!!」
「き、木村君……!」
「経汰って、呼んでくれよ。これからは、金森のこと……心音って呼ぶからさ」
 
 我ながら思い出すだけで、蕁麻疹が出るような思い出だ。なぜあんな恥ずかしいことをなんの躊躇いもなく言えたのか、甚だ謎である。
 でもそのおかげで心音と正式にカップルになり、あんなに幸せな時間を過ごせたのだから、結果オーライだろう。

「け、経汰……君」
「経汰君じゃなくて、経汰な」
「け、経汰……」 
「こ、これからその……よろしくな。心音」
  
 ボクは心音のパートナーとなった証が欲しくて、手を差し出し握手を求めた。ゆっくりと近づく心音の手が、わずかに震えていた。
 恥ずかしさが伝染うつってしまったのか、自分もぴくぴくと震えてしまい、さらに手汗が滲んできた。マズい。後悔してきた。でも今さらやめるわけにはいかない。
  
「……うん」
  
 互いに目を合わせることができない。そのせいで、手をつなぐまで少し手間取ってしまった。とてつもなく不器用で、とてつもなく――愛おしい時間。
 窓から照らす夕日の明るさも、重ねた手の感触も、やけに低い温度も、はっきり覚えている。あの瞬間のボクたちはきっと、輝かしい未来を想像していたのだと思う。
 事実、その未来は、まるで決まりごとのようにボクたちに訪れた。一緒にいればいるほどに、愛が深まっていくのが手に取るようにわかった。
 まだ世の中の酸いも甘いも知らなかったボクたちは、こんな絶頂のような日々がこれから続いていくのだろうと、本気でそう思っていた。

「――別れよ? 私たち」
 
 ――それはまるで自覚症状のない病のように、関係は少しずつ、少しずつ、少しずつ、壊れていっているのをボクは知らなかった。いや、見て見ぬふりをしていた。
 その罰なのか、すでに取り返しのつかないところまできてしまっていて、いくら自分を恨んでも、憎んでもどうしようもなくて、ただ崩れた跡地を、眺めていた――
 

「……………………」

 彼女の姿を思い出す。お団子ヘアーが可愛くて、ボクよりずっと身長が小さい。
 小柄で華奢な体型で、おまけに少しわがままな一面があるので、まるで手のかかる妹のようだった。でも、いつの間にか……
 ダメだ。動けない。なにもやる気が、起きない。ベッドにうつ伏せになって、どれくらいの時間が経ったのだろう。
 帰り道が途中まで同じのボクと心音は、すっかり板についてしまった無言の家路についていた。
 ボクは右に、心音は左に分かれる直前、後ろから言われた言葉セリフだった。

「これで、よかった……のか」  

 正直なところ、と安心している自分がいた。これでボクは、心音を好きでいることから解放されるのだと。でも、今はそれを拒否する自分もいた。
 おかしいだろと自身に問うてみる。いつの日か、心音との関係に慣れてしまって、飽きてしまって、トキメキなんてとうに色褪せてしまった。
 本当はわかっていた。いつかはこんな日がくるのだと。ここ数年はずっと、まるで綱渡りをしているような関係性だった。
 いつでも落ちてしまう危険性を孕んでいて、今日がたまたま、その落ちた日なだけ。ただ、それだけのことだ。じゃあ、なんで……
 
「なんで……涙が、出るんだよ……!!」
  
 シーツの上を、生暖かい粒が濡らしていた。その粒はたしかに、心音という一人の女の子を愛していたことの証明であると同時に、別れが嫌だという体の意思表示だった。
 二つの相反した板挟み。一つは冷めてしまった関係がなくなって、スッキリした気持ち。もう一つは……我ながら矛盾しているが、心音と別れて寂しいと思う気持ち。
 
「オレは……どうしたいんだ? よりを戻したいのか? それとも、一人の生活を満喫して、そのままずっと独り――」

 いいかけてボクは、とても恐ろしい気持ちになった。独り、ということは、もう心音にとって特別でなくなる。心音にとってただの他人になる。どうでもいい存在に……
 あの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、すべて自分の手元から離れていく。そしていつか……ボクの見えないところか、そうでないところで知らない誰かと結ばれて……
 幸せな日々を送って……その幸せが前にあった幸せを上塗りして……過去の記憶が、絵の具に水滴を垂らすように薄れていって、薄れていって……
 あんなに色鮮やかで煌めいていたボクたちの記憶は、雪原のように真っ白になって……。なにもかも。それで……本当に、それで、それで、それで…………

「――本当にいいのかい? その様子だと、絶対に後悔するヨ?」 
「――ッ!!」

 いつの間にか部屋にいたのは、スラッとモデルのように細身で、黒いシルクハットを目元が隠れるほど深々と被っている、謎の少女だった。
 唯一見える薄桃色の口元はニヒルな笑みを浮かべていて、美しくもどこか不気味でつかみどころがない印象を受けた。
 服装は真っ白なショートトレンチコートに、白黒のチェック柄のネクタイ、そして同じ配色のチェック柄のミニスカート。
 ボクの物語ミチスジが、音を立てて動き始めた――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...