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第2章:魔物との遭遇

異変

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 朝食をとり、ウィルがジンに武器屋に行くかどうかを誘ってきた。武器屋という言葉に男心をくすぐられたジンは、すぐに「行く」と答えた。武器屋はこの宿屋から少し離れており、 都市の北側にあるという。

「こっから大体歩いて10分ぐらいかな」

歩きながらウィルがそういう。ちなみにマリアは温泉に浸かりに行っている。

「どんな武器が置いてあるの?」

「そりゃいろいろさ。特にここはエデンの最北端でいざとなったら兵士の補給基地にもなるからな。剣から始まりなんでもござれってな。まああんまり変わった武器は置いてないけどな。例えばエルフとかドワーフが作った、神術が込められた武器とかな」

「そんなのがあるの?ウィルとマリアも持ってるの?」

「ああ、俺たちも持ってるぞ。つっても安物だけどな。一定時間その武器に込められた属性の術の、簡単なやつを行使したりできる感じだな。だが回数制限があって使いすぎるとエネルギーがなくなるからその都度、武器と同属性の術師に力を込めてもらわないといけないっつうクソみたいな武器だ」

「ん?ならなんで持ってるの?」

「まあ念のための保険ってやつだよ。いざという時に相手の虚をつけるだろ?お、あそこの店だ」
それを聞いてウィルが指差す方を向いてみると盾の中に一本の剣が描かれた木の看板がぶら下がった店があった。

 店の中を覗いてみると、様々な武器や防具が陳列されていた。剣、弓矢、槍、斧、短剣などや兜、鎧、籠手、盾、軽装鎧などなど様々である。そしてカウンターには巨大で筋肉質なブルドッグ顏の老店主がいた。

「ようボルヘ爺さん!」

「ん?なんじゃウィルか。何か探し物かの?それとも老い先短いわしの顔でもみに来たのかの?」

「何言ってんだよそれ10年前からずっと言ってんじゃねーか。そうじゃなくて今日はこいつの武器を見繕ってもらいに来たんだ」

そう言ってジンの背中を前に押し出す。

「ふむ。人間の子か。ということはこの子もラグナの使徒になるということかの?」

「おう、ほら自己紹介しな」

「…ジンです」

おずおずと老店主に名乗る。

「うむ。わしはボルヘじゃ。以後よろしくのう」

 そう言って手を差し出してきたのでジンは握手した。皺のある手はしかし分厚い皮に覆われて硬く、所々にある傷から彼がかつて戦士であったことを連想させた。

「んん?ちょいと両の手のひらを見せとくれ」

そう言われたのでジンは素直に従った。

「ふむ。この子に合う武器か…」

カウンターに座りながらしばし店の中にある武具とジンを交互に見比べる。

「坊主、これなんかどうじゃ?」

そして1本の大きめのサバイバルナイフを選んでジンに渡してきた。

「お!ナイフか。確かにジンにはあってるかもな」

「そうじゃろそうじゃろ。こやつの手には剣ダコがあるからのぅ。坊主も剣を振ってたんじゃろ?ただまだ小さいからのぅ。剣はもう少し大きくなってからじゃ」

「俺もこれがいい。でもウィル、俺2本欲しい」

「ん?なんで2本なんだ?」

「俺ずっと2刀流を練習してきたんだ」

「なるほどのぅ。それじゃこいつでどうじゃ?」

そう言ってボルヘは二対のナイフを持ってきた。

「銘はないが、さるドワーフの刀匠が鍛えたものでな。なかなかの逸品じゃ」

そのナイフを見て、ジンはすぐに心を奪われた。それをウィルに告げると。

「よっしゃ、おい爺さんこれいくらだ?」

「合わせてエデン銀貨8枚というところかの」

「まじかよ、少し高くね?」

どうやら足元を見ているらしい。

「なんじゃお前、坊主の前でケチるのか男らしくないのぅ」

「っ、わかったよ。まったくがめつい爺さんだぜ」

そうぶつぶつ言いながらウィルは銀貨8枚、財布から取り出して、手渡した。

「ほっほっほ、毎度。そうじゃおまけにこの皮の胸当てと皮のベルトをやろう。こいつに鞘を引っ掛けておけばいつでも抜けるじゃろう。胸当ても軽いから着てても疲れんじゃろ?」

ボルヘは破顔しながら、そう告げた。そしてジンに顔を向けて、

「坊主大事にしろよ。月並みなことを言うが武器は常に自分を傷つけるものだということを忘れちゃいかんぞ。心も体もな」

それを聞いて、ジンはお礼を言って、ウィルとともに店を後にした。ボルヘは彼らを見送りながら、ぼそりと独り言ちた。

「ラグナめ、いくら劣勢だからといってあのような子供を巻き込むとは何を考えておるのじゃ。じゃが確かに結界はいつ消えるかわからない。あやつの考えを信じるしかないか。あの時私が過ちを犯さなければ…」

いつの間にか店先には黒髪の、ラグナによく似た青年がいた。

 店を出て二人は次に食料を漁りに行った。近くで肉の焼ける香ばしい匂いがしたからだ。そこにはタレがたっぷり塗られた焼き鳥やら豚串やら色々と熱々の肉料理があった。ジンが生唾を飲み込んでいるとウィルが何本か見繕って買ってくれた。

「マリアには内緒だぞ。あいつはこういうのを勝手に買うとうるせえからな」

「わかった」

 二人でこっそり隠れて買い食いするというのはなんとも新鮮で、もう家族がいないジンにとって、そんなウィルは記憶にはないが父親のようで少し嬉しかった。

 ジンは豚串を食べながらウィルに質問することにした。

「このナイフをくれたってことは俺に稽古をつけてくれるってこと?いつからつけてくれるの?」

「今すぐにでもと言いたいところだが、家に帰ってからだな。そっちの方がゆっくりできるし、必要な時はすぐに休めるし。今はいつも通り筋トレしとけ」

 目覚めてからしばらくしてジンはウィルとマリアに何度も修行してくれるように頼んでいた。しかし彼らは旅の途中で怪我をされたらたまらないということで、寝る前にできる筋トレと、たまに体術の訓練しかしてくれなかったのだ。ようやく修行ができることにジンが高揚したのは言うまでもない。

 それから宿で用事があると言うウィルに装備を預け、別れて1人でしばらく町の中をぶらぶらと歩き回る事にした。するとジンより少し年上の4人組の亜人の子供たちに出会った。彼らは輪になって猫人の少年をいじめているようだった。小さな悲鳴が輪の中央から聞こえてきた。

「いたい!やめて、やめてよぉ!」

4人組の亜人たちはその声を聞いて嗤っていた。ジンはそれを見てだんだんムカムカしてきた。

「おい、やめろよ!」

「ああん、誰だてめー?」

 ジンの声を聞いて4人の少年が一斉に彼を見る。おそらく主犯と思われる蜥蜴人がジンを見て一瞬目を丸くして、その瞳に怪しい光を灯した。そして彼を囲んだ。

「そいつ嫌がってるだろ。やめてやれよ!」

「んだこの人間」

「なんでこんなとこにいるんだよ」

「しらねえよ。あ、あれじゃね?ウィルとマリアが連れてきたっていう」

「あぁなんかそんな話あったな」

「つーかこいつなんで俺たちに命令してるの?」

「こういうのはよくねえよな。なあおまえら」

「そうだな。ちょっと礼儀を教えないとな」

「やっちまえレックス!」

 そう言ってジンに向かってレックスと呼ばれた蜥蜴人が右手を伸ばしてきた。それをジンは払いのけてカウンターで相手の顔に殴りかかろうとする。しかし彼の後ろから脇を抱えるように、猿人の少年が取り付いてきた。振りほどこうとするがその力から振り切れない。そこで彼は気を集中し体を強化しようとした。しかしそれはなぜかうまくいかなかった。そしてそのままレックスと呼ばれた少年の右こぶしが左ほほにぶつかった。

 殴られた衝撃に目を白黒させるが、もう一度振り被ろうとしているのを見て体をねじる。そのこぶしは後ろにいた猿人の子に当たる。

「うぎゃっ!」

 後ろから悲鳴が聞こえる。脇に刺し込まれていた力が緩み、すかさず抜け出す。

「悪いザルク!ラビ、ヨークこいつを抑えろ。ボコボコにしてやる!」

 いまのジンの行動で火がついたのかレックスの目が血走る。レックスに言われてラビと呼ばれた兎人とヨークと呼ばれた犬人がジンに近づいてくる。いつの間にか彼らがいじめていた子供がいなくなっていることにジンは気がついた。目を遠くに向けると彼が走り去っているのが見えた。その後ろ姿に不快感を覚えたが目の前に集中する。

 相手は4人。だがそのうちの1人はすでに伸びている。それでも勝てないかもしれない。それならボス格のレックスだけでも叩き潰してやる。そう覚悟を決めてレックスに飛びかかる。レックスはすぐさま迎撃するために右手を握って前に突き出してきた。それをギリギリで避けて顔に右こぶしを叩き込む。そして次の攻撃のために右手を引いて左拳を突き出そうとした時に、ふと右手についた赤い血が目に入った。そしてジンの両手が、全身が震えだした。

「あれ?」

 その間にできた隙をついて、ラビとヨークが左右から取り付く。そして殴られて鼻を押さえていたレックスが、憤怒の表情を浮かべてジンに近づき、思いっきり腹に膝蹴りを加えた。

「ぶっ殺してやる!」

 その後は一方的な展開だった。殴られ蹴られ、噛みつかれ、引っ張られジンはボロボロになった。その様に取り巻きのはずのラビたちも胆を冷やす。

「な、なあレックス。そろそろやめないと本当に死んじまう!」
「もうやめようぜ。ウィルとマリアに俺たちも殺されちまうよ!」

その声を受けて殴り続けて息を荒くしていたレックスが少し冷静になる。

「これに懲りたらに度と俺たちにたてつくんじゃねえぞ!人間のくせに調子乗るんじゃねぇよ!」

 そう言ってレックスはジンに唾を吐きかけ去って行った。ザルク、ラビ、ヨークは慌てて彼について行った。しかしジンはすでに意識を失っており、その声は届かなかった。

 ジンの帰りが遅いことが気になったマリアとウィルは探しに出ることにした。マリアはしばらく歩き回り、住民に話を聞いてようやくジンを保護したという猫人の家を見つけた。そしてベッドに寝ているジンの姿を見て息を飲んだ。顔は腫れ、体のいたるところに青あざができている。口の中が切れたのか、口には血が流れた後がある。さらに歯も何箇所か抜けていた。

「ひどい…なんてことを…」

 ポツリとマリアは呟く。保護してくれた人によると町でも手を焼いているレックスという名の蜥蜴人の子供がやったという。彼は数年前に人間の軍に父親を殺されて以来、町の中でも特に人間に対して深い憎しみを抱いているそうだった。それを聞いてマリアは怒りとともに遣る瀬無い気持ちを抱いた。その少年の気持ちは、彼女にはよく理解できたからだ。また同時に疑問もあった。

『この子は曲がりなりにも魔人からなんとか生き延びた。しかも潜在的な闘気の量もこの歳にしては頭抜けている。それなのになんでこんなに痛めつけられているの?そのレックスという子がよっぽど強かったっていうの?』

 だが話によると、レックスは町の悪ガキという程度の認識でしかない。とりわけ強いというわけではないようだ。そんなことを考えていると話を聞きつけたウィルがやってきた。

 ジンが目を覚ますと、自分が宿の部屋で寝ていることがわかった。顔や体が痛み、目もまともに開くことができない。それでさっき何があったかを思い出した。近くにあった鏡で顔を見てみるとマリアが治療してくれたらしくたいしてあざも残っていなかった。しかしそれが却ってジンに惨めな思いをさせた。

『絶対に負ける相手じゃなかった。なのに…』

 ジンはなぜかレックスを殴った後に体が震えだしたことを思い出した。あれのせいでその後ボコボコにされたのだ。潜在意識の中でレックスを恐れたのだろうか?あるいは奴がなにか神術を使ったのだろうか?考えても答えは出なかった。

 しばらく呆然としていると、部屋の扉が開きウィルとマリアが入ってきた。ジンが起きていることに気がつくと二人はホッと一息を吐いた。しかし次の瞬間マリアが顔を真っ赤にしてウィルを叱り始めた。

「あんたは何でジンから目を離したんだい。この町の中にも人間を快く思っていない人がいることはよく知っているだろ!」

「…すまねぇ。うっかりしていた。まさかこんなことになるなんて思っても見なかったんだ」

「もしこれが大人が相手だったら、もしかしたらジンは死んでたかもしれないんだよ!」

「本当に面目ねぇ。悪かった」

「私に謝るんじゃないよ!ジンに謝んな!」

「ジン、本当に悪かった。今後は気をつける」

「いいよ。俺もウィルの言ってたことを忘れてたんだ。だからおあいこだよ」

 口の中が切れて痛かったがそうジンは答えた、それを見ていたマリアは今度は、

「ジン、あんた何やってんだい。喧嘩なんかして何考えてんの!どれだけ心配させたと思ってんの!あんたが怪我したら誰が直すと思ってんの?もっと周囲のことも考えなさい!」

「ごめんなさい…」

 ジンがか細く謝罪の言葉を述べる。それでも腹の虫が収まらないのかマリアが滔滔と叱り続けた。さすがに気の毒だと思ったのか10分ほどしてようやくウィルがマリアを止めに入った。

「どうどう落ち着けマリア。ジンも反省してるみたいだからよ」

「でも!」

「まあ落ち着けって。それよりもジン、やりかえそうとはしなかったのか?お前ならそんな一方的にやられる前に逃げられただろ?」

「うん」

「なんでだ?」

「わかんない。やりかえそうとしたら体が震えだして動けなくなった。その後集中攻撃された」

「動かなくなった?相手が神術でも使ったのか?」

「まさか!子供の喧嘩で神術を使う馬鹿がどこにいるっていうんだい!それに体を動かなくさせるなんてのは子供が扱えるレベルの術じゃないよ」

「そうだよなぁ。じゃあ原因は別にあるってことか。他には何か問題はなかったか?」

「あとはなんか闘気が扱えなくなった…」

「はぁ?闘気が扱えないって、あれは突然扱えなくなるようなもんじゃないぞ?」

「わかんないよ!でも本当に何にも出来なかったんだ」

 だんだんジンの目からポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。今までできたことができなくなったのだ。しかも姉を助けるために鍛えた力が使えなくなったのだ。悔しさと悲しみが彼の心を支配する。

「ああ悪かった。泣くな泣くな。きっと久々にやろうとしたからうまくできなかったんだよ。ちょっと練習したらまたうまくできるようになるって。だから泣きやめよ」

 ぶっきらぼうに慰めるウィルの言葉が妙にジンの心に引っかかった。

『闘気は突然扱えなくなるものじゃない。ならどうして俺は使えなくなったんだろう?』

 ウィルとマリアが部屋から出ていって、しばらくするとジンの部屋のドアを誰かがノックした。そしておずおずと猫人の少年が部屋に入ってきた。年の頃はおそらくジンより少し年上か、しかしその自信のなさそうな様子と痩せぎすな体型も相まって、自分よりも幼く見える。

「その…調子はどうかな?」

「お前は…」

「ぼ、僕はラルフ、さ、さっきは助けてくれたのに、その、逃げ出してごめんなさい」

 ものすごい勢いで、頭を下げる彼を見たジンは、少しイラっとした。自分が苦しんでいる時に現れないで欲しかったのだ。

「別にいいよ。俺が勝手にした事だし」

「ううん、それでもやっぱりごめんなさい。僕、その、怖くて。あいつらが君に向かったから思わず逃げちゃったんだ。いつもいじめられているんだけど、今日は特に酷くて…だから君が来なかったらもっとひどい事になってたかもしれない。だから本当にごめんなさい」

 再度深々と頭をさげるラルフを見て、ジンはだんだん落ち着いてきた。

「もういいよ。お前も無事だったなら。元々あいつらが気に入らなかったから、声をかけたんだし。あんまりしつこいとイライラする。身体中痛いし、疲れてるんだ。さっさと出て行ってくれないか」

「ごめ、わ、わかった。今日は本当にありがとう。僕も君みたいに強ければいいんだけどなぁ」

 そうぼそりと呟くラルフの声を聞いて、ジンはカッと頭に血がのぼった。

「早く出て行け!」

 それを聞いて、慌ててラルフは部屋から出て行った。何もできなかった自分が強いと言われるのは馬鹿みたいに思えたし、無性に悔しくて恥ずかしかったのだ。
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