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第2章:魔物との遭遇

修行開始

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 翌日ジンたちは早朝から宿を出てウィルとマリアの家に向かうことにした。この時間に出発すれば、日が沈む前には家につくからである。ジンの胸中は不満でいっぱいだった。本当なら今すぐにでもレックスのところに行って殴りたい。しかし彼は同時に恐れてもいた。自分の身に起こった異変がまた発生するかもしれなかったからだ。

『もしこれがなにかの病気とかだったら…もしかしたら、二度と闘気が使えないかもしれない…』

そんな不安がジンの胸の中に渦巻いていた。

 町を出て数時間、休憩がてらに近くに流れていた川で昼食をとることにした。早朝に宿を出るときに包んでもらったバゲットサンドを頬張りながら、今後の予定を確認した。

「家に着いてから何をするの?」

「そうさね。まずは掃除かな。半年近く留守にしたからね。相当埃がたまってるはずだよ」

「それに釜とかそこらへんもちゃんと整備しないとな。人の手入れがないとすぐにぶっ壊れるもんとかもあるし」

「それってどれぐらいかかるの?」

「お前がしっかり手伝うかどうかだな。早く修行を始めたいんだろ?なら手伝いをしっかり頼むぜ」

にんまりと笑いながらウィルが言ってくる。

「うぇぇ、めんどくさい」

顔をしかめるジンに、

「まあそう言いなさんな。それが終わればあんたの修行をしっかり見てあげるから」

「本当!?約束だよ。マリア、ウィルも」

「おう」「はいはい」

「あれ?でもどっちが何を教えてくれるの?二人とも扱う武器違うよね」

「そうさねぇ。それにあんたは力も制限されているんだっけ。となると闘気の扱い方と体術はウィルが教えて、勉強は私が教えるという感じかね」

「そうなるだろうな」

「うぇぇ、体術とかはいいけど勉強は嫌だなぁ」

 ジンは勉強と聞いて顔をしかめる。ナギは読み書きができたので何度もジンに教えようとしたが、ジンは体を動かすほうが好きだったので何かと逃げ回って結局ちゃんと習わなかった。そのため世界標準語のフィール語を喋れこそすれ、読むことも書くこともできなかった。

『こんなことなら姉ちゃんにちゃんと習っておけばよかった』

姉を思い出し、しばし感傷に浸っていたジンにマリアがたしなめてくる。

「まあそう言いなさんな。あたしは、古文書読むための古代語とか標準語とかの読み書きも教えるけど、それだけじゃなくて、法術に対応するための知識と術が発動するときの特徴とか法陣から読み解く特性とか諸々教えてやるよ。自慢じゃないけどあたしは3属性保持者だからね。神術も入れたら5属性は扱えるよ。ま、使徒たちみたいに複数属性の同時発動なんてのは苦手だけどね」

「でも俺法術も神術も使えないし…」

「だからこそ、さ。使えないからこそあんたが必要なのは読み解く力だ。何が来るかわかっていれば何かしらの手段も講じることができる。でも何も知らなければ、何もできずに終わっちまうだろう?あんたが相手にするのはフィリアとその使徒なんだからね」

「そっか。うん、そうだね!俺勉強頑張るよ!」

「その粋さね。泣いてやめて欲しいって言ってもやめないから覚悟しな」

そう言ってカラカラ笑うマリアを見て、やる気に満ち溢れてくるのをジンは感じていた。

「それに俺もお前に体の使い方をみっちり教えてやるしな!闘気の扱い方なら自慢じゃないが、当時俺は冒険者界隈で10本指には入ってたんだぜ。しかも昔魔人と戦ったときは、身体強化だけでなんとか一矢報いて逃げ延びたこともある」

そんなことをドヤ顔で言うウィルをからかいたく思った。

「なぁんだ、倒したんじゃなくて逃げ延びたんだ」

「ちょっおま、魔人から逃げ延びるのがどれだけ凄いことかわかってんのか?いまなら神術も使えるが、並の術師ならまず100人集まっても一瞬でチリにされるんだぜ?」

「わかったわかった。俺もウィルみたいに強くなれるようにしっかりと訓練するから宜しくお願いします」

 ニヤニヤしながらジンは言った。それを見てマリアは少し吹き出し、ウィルは不満そうな顔を浮かべた。それから昼食を摂り終えると二人の家に向かって再度出発した。

 4時間ほど歩き続けると遠くにようやく家のようなものが見えてきた。砦からここまで通ってきた平原にポツンとその煉瓦造りの家が建っていた。

「どうだ。あれが俺たちの家で、お前の新しい家だ」

「これからはちゃんとこの家に帰ってくるんだよ。ほらお入り」

そう言ってマリアはジンの手を引きドアを開けた。

「はい。おかえりなさい」

優しく笑いながらそう言ってきたマリアに少し気恥ずかしく思いながらも

「ただいま」

ジンはボソリと呟いた。新しい家はナギ達と暮らした家とは違って綺麗だったが、同じように温かみが溢れているような気がした。

 それから3日間、ジンはディルとマリアの手伝いに奔走した。何よりも半年近く留守にした家は、兎に角汚かったのだ。部屋の中は埃だらけ、カビだらけ。さらにはそこかしこに蜘蛛の巣が張り巡り、ゴキブリがそこら中にうごめいている有様だった。

 その様子にジンは生理的嫌悪感を覚えながらも掃除の手伝いをした。彼にとってそういったものはきもちわるくは思うが、たいしたものではなかった。なにせスラムではもっとえげえつないものを見たりかいだりしていたからだ。屍肉を食い荒らす蛆虫なんかに比べればだいぶマシである。それは置いといて特にジンを笑わせたのはウィルであった。外見に比べて小心者なのか、虫に対して過剰に驚き、怖がっていたのだ。

 ゴキブリが近づけば「ヒィィィ。」と言いながら逃げ回り、蜘蛛の巣が顔にかかれば、「うげぇぇぇ。」と吐き出しそうになる。そのみっともない姿に思わずマリアとともに笑い合った。そんな彼らをウィルは睨みつけてきた。あまりにテンパっていたのか、まるで熊でも殺そうかという表情で、ジンは少しだけ腰が引けた。

 部屋の掃除が終わると次に行ったのは買ってきたものの整理であった。町でウィル達は食料を大量に買い込んだようで大きな荷物を持っていた。『何をこんなに買ったのだろう』と少し疑問に思っていたジンに、マリアは袋の中から新しい皮のブーツや木綿のシャツ、ズボンなどの衣類を取り出し渡してきた。

「これ貰っていいの?」

「いいんだよ。それはお前のために買ったものだからね。まああんまり上等なものではないんだけどね」

 マリアは照れ臭そうに頬を掻いた。彼女はそう言ったが、スラムで暮らしてきたジンにとってその衣類は今までで一番上等なものに見えた。そのため早速それに着替えることにした。ジンの体に合うように作られたそれからは、お日様のような香りがする気がした。

 それからマリアはジンに部屋を案内した。ジンのための個室部屋である。自分一人のための部屋があるということにジンは驚いた。スラムではナギ以外みんなで雑魚寝が普通だったからだ。新しい環境はジンに、自分が今いる場所がかつていた世界と全然違うということを認識させた。

 その部屋もきれいにした後、今度は家の外で壁の修繕や、窓ガラスの修理や、井戸を直したり、薪を割ったりと力仕事などをやっていたウィルのもとに行き、手伝うことにした。

「お、なんだジン。部屋の片付けは終わったのか?」

そう言って井戸の滑車を直しながらウィルが聞いてきた。

「うん。俺の部屋はだいたい終わって、今マリアが他の部屋も掃除している。何か手伝うことない?」

「おし、じゃあちょっと待ってな、先にこれやっちまうから。その後薪割るからそれを手伝ってくれ」

そう返してきたのでジンはしばらくウィルの仕事を眺めることにした。慣れた手つきで滑車を直したあと、今度は鮮やかに薪を一刀両断していく。ジンは不意に思った疑問を仕事中のウィルに投げかけた。

「ねえ、二人は結婚してるんだよね。子供はいないの?」

するとウィルの手が止まる。

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

「いや別に理由はないけど、二人の年くらいならいないのかなって思ってさ」

その言葉にウィルは口をパクパクさせた。まるで何かを言ってもいいか迷っているように。そしてしばらく考え込んだ後、

「それはもうマリアには聞いたのか?」

「うーうん。まだ聞いてない。なんか聞いちゃいけない理由があるの?」

「ああ、この話は絶対にあいつに聞くな。あいつにとっちゃ一番のトラウマだからよ。それに俺もこの話はあんまりしたくねえ。でもいたっちゃ、いた」

 いつものウィルとは違い、唸るような低い声に肩をとした姿から、彼の深い悲しみが窺えた。ジンは彼らの子供が死んでしまったということを理解した。

「…うんわかった。もうこの話は聞かない」

「そうしてくれると助かる…まあもしかしたらいつか話す時が来るかもしれないから、そん時は聞いてくれや」

強引に明るく振る舞うその姿は、どことなく寂寥感を漂わせていた。

 そんなこんなで3日かけてようやく全ての後片付けが終わった。そしてついに今日から修行と勉強が始まることになった。まず午前中はマリアによる座学である。

「ジンはフィール語をどれぐらい書いたり読んだりできるのかね?」

「…とりあえず自分の名前はかけるよ」

「…他には?」

「ええっと、特にないかなぁ」

「ふむふむ。じゃあまずはそれを紙に書いてくれるかね?」

そう言って紙と羽ペン、インクを渡してきたのでジンは自分の名前を書いてみた。

「うわなんだいこりゃ!汚ったない字だねぇ」

「え?そう?」

「なんとか読めるってレベルさね。仕様がない。書き取りから始めるかね」

そう言って文字の書き取りから勉強は始まった。

「うぇ。なんでこんなことしなきゃならないの?もっと法術とかの話を教えてよ!」

「バカ言ってんじゃないよ。読み書きできない奴にそんな難しい内容を教えられるわけないだろ!」

そう言ってこの日の午前中は文字の書き取りだけで終わった。

 午後からはウィルによる実戦訓練だった。ジンはこれが一番楽しみだった。体を動かすことは嫌いじゃない。むしろナギを守るために始めた特訓だったがいつの間にか目的が入れ替わり、体を鍛えることが楽しみになっていた気もしなくはない。とりあえず部屋着から運動しやすい格好に着替えて、表に出るとウィルが待ち構えていた。

「おまたせウィル。今日は何やるの?」

「そうだな。今日はお前の力がどの程度のもんかを知りたいから、本気の模擬戦をしてみようと思う」

「じゃあ武器も使っていいの?」

「ああ。そのためにお前のナイフに似せた木刀も作ってみた」

そういってウィルは二本の木刀を投げてよこしてきた。

「遠慮はいらねえ。全力でこいや。ハンデに俺は武器を使わない、右手一本しか使わない、そんで闘気も使わないでやるよ」

ニヤリと口元をあげながら不敵にそういうウィルに、ジンはムッとする。

「へぇ、俺のことそんなに甘く見てんだ。怪我しても知らないよ!」

 そう言って、右手の木刀を前に出し、左手をその少し後ろで胸の前に構えて一気に地面を蹴る。しかし次の瞬間右手の剣は弾かれ、後ろに吹き飛び、慌てて突き出した剣は空を斬り、そのまま伸びた左手を掴まれ、背負い投げの要領で投げ飛ばされた。背中をしこたま打ち、痛みに悶えながらもキッと顔を上げると前には誰もおらず、いつの間にかウィルはジンの後ろに立っていた。

「はいお前の負けー」

 その舐めた態度に腹が立ち、起き上がるが、さっき投げられた時に落としたのか両手には何もなかった。そこで仕方なく闘気を発動しようとする。闘気を使わない相手に、使うというのは不満ではあったがこの際仕方ない。一発でも当ててやるという心算でいた。そして精神を集中し、闘気を練ろうとする。しかしそれがなぜか練れない。それどころかだんだん相手を前にしている内に手が震えだし、ついにはその震えが全身に回った。

「あ、あれ?どうして?」

ウィルはそんなジンをじっと見つめていた。そして一つため息をつき、

「仕方ねえ、今日の修行は中止だな」

踵を返し、家に入っていこうとした。

「待ってよ!すぐこの震えを止めるから!」

「いんや無理だよ。いまも闘気練ろうとしてできなかったんだろ?」

その言葉にグッと息がつまる。

「…じゃあ何をすればいいんだよ?なんかしないと、治んなかったらどうすればいいだよ!」

「さあ?俺は知らね。まあとりあえず素振りでもしてりゃあいいんじゃねえの?」

 そう言って本当にさっさと家の中に入って行ってしまった。ジンはそんなウィルを見て唖然とした表情で立ち尽くした。そしてこの原因不明の問題はこの日だけでなく一週間も続いた。
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