World End

nao

文字の大きさ
27 / 273
第2章:魔物との遭遇

戦いの始まり

しおりを挟む
「さてと…」

 目の前でジンを見下している魔獣を睨む。足が震える。周囲に素早く目を向けると、森の中にいるはずなのになぜか開けている。木々が全くと言っていいほど植わっていない。もしかしたらというよりおそらく、以前にこの森の主がここで暴れたのだろう。逃げるとしたら、自分の後ろにある、ピッピたちが入っていった小さい洞穴しかないだろう。

 そのことからも自分の命が風前の灯であることがわかる。10匹のゴブリンの群れの中を突っ切った時も、最初にこの主の領域の中に入り込んでしまった時も、ここまでの恐怖はなかった。その強さを明確に理解してしまったことが、彼から戦闘意欲を根こそぎ奪い去っていた。

『こんなのに勝てるわけがない』

ジンは口の中で小さく舌打ちする。今は目の前の化け物の一挙手一投足に集中しなければならない。一瞬でも動きの起こりを見逃せば、それはすなわちジンの死を意味していた。

 ジンにとって非常に長く感じられたその睨み合いは、主が右腕を動かしたことで終わった。

『あの素振りが来る!』

前に受けた凶悪な攻撃を彼は覚えていた。急いで地べたに伏せて、なんとかその腕を避ける。頭の上を、ゴゥ、という強風が流れる。ジンはすぐに起き上がると腰に下げていた二本のサバイバルナイフを抜き放つ。そして体の前に構えて相手の出方を見る。

 主は腕を避けられたことで驚いたのか、その掌を閉じたり開けたりして眺めている。そしてジンにとってゾッとするような醜悪な笑みを見せたあと今度は握りこぶしを作った両手を、彼の頭上に振り下ろしてきた。そのあまりのスピードにヒュッと空気の切れる音がする。

 ジンはそれを思いっきり右足に力を入れて後ろに飛ぶ。ギリギリのところでその拳を避けるが、それは地面を思いっきり殴りつけ、轟くような衝撃音がなる。そしてその勢いで地面がえぐれ、そこにあった石や岩がジンにめがけて飛んでくる。避けている最中で体を動かせないジンの体に、その礫が幾片もぶち当たる。

「ぐは!!」

 石つぶてが当たったところから血が噴き出す。特にひどいのはあばらに当たったものだ。上半身を少し動かしただけでも痛むのは、どうやら肋骨が折れているためのようだ。右肩や左太もも、額にかすったものは大した傷ではない。だが彼にとって致命的な問題なのは、額の傷から溢れた血が、目に流れ落ちてくることであった。

 しかしこれを拭おうとして一瞬でも目線を切らしたらその瞬間自分は死んでいるだろう。片目を閉じて対処するにも遠近感が計れないのは、この相手の前では自殺行為だ。ふと自分が先ほどまでいた場所を見てみると2メートルほどの円形のクレーターができていた。

「ふざけすぎだろ…」

 それを見てジンの口元にヒクついた笑みがこぼれる。この攻撃は相手にとっておそらく児戯にも等しい行為だ。はっきり言って一向に勝てるイメージがわかない。仮に自分が神術を使えたとしても叶う気がしない。

『ウィルなら、マリアなら勝てるかな。なんか二人なら勝てそうな気がする』

二人を思い出し、そんな他愛ないことを考える。

 目の前の相手に再度集中しようとする。やはりこの主は攻撃した後に相手が血を流していたら観察する癖があるようだ。

『まったく悪趣味にもほどがあるよ』

 そしてジンがキッと睨み付けると再度胸を叩き、今度は左腕を横薙ぎに振ってきた。目に血の流れ込むジンはそれをくぐり避けるが、バランスを崩して、前に身を投げ出すように転んでしまう。

『まずい!』「発動!」

 すかさずそう言った瞬間にジンの背中に、何かが落ちてきた。そして思いっきり何度も攻撃された後それが持ち上げられ、ようやく上を向くことができたジンは、それが足であることがわかった。魔獣が体重任せに何度も踏みつけてきていたのだ。それでも壊れなかった結界を見て、指輪をくれたティファにジンは心から感謝する。これがなければ少なくとも3回は死んでいる。

 主は自分の足を持ち上げ、ジンを見て不思議そうな顔をする。いつもならここまで攻撃すれば、大抵の相手は死んでしまうからだろう。そんなすっとぼけた表情がジンをさらに苛立たせる。そしてその気持ちはだんだん彼の心から絶望的なまでの恐怖心を奪っていった。

『一撃だけでいい。絶対こいつに一発入れてやる』

 そう思ったジンはかつてないほど集中する。あのゴブリン達に殺されかけた時よりも。初めて主にあって殺されかけた時よりも。そして先ほどまで主を注視していた時よりも。圧倒的なまでのその注意力が彼の恐怖心を完全に抑え込み、生死をかけたこの場においてジンに不思議な全能感を与えた。彼は無意識のうちに、ラグナによって制限されていた力の一部を解放することに成功したのである。

『なんだかゴブリンを倒した時みたいに体が軽い。これならいける気がする』

 そう思ったジンは、いまだ油断している森の主に向かってナイフを構える。それに気づいたコングは歯をむき出し、ジンを両手でつかみかかってきた。その動きをじっくり見たジンは、その攻撃をあえて前に進みでることでかわす。リーチが長い分、また相手をなめてかかっていた分だけ主の反応は遅れた。そしてジンは飛び上がって、その主の右目に思いっきりナイフを叩き込んだ。

「———————————————————————————————————————————!」

 巨大な怪物の悲鳴が周囲に轟く。ジンはすぐさま、刺さったままのナイフを利用して、体を振り子のように動かして傷口をさらにえぐる。そうしているうちに主が顔に手を伸ばして、ジンを掴み外そうとしてきた。それを振り子の動きで流れるままにナイフを引き抜いて飛び降りて躱す。そしてまた一旦距離を離し、ジンは相手を観察する。

 傷つけられたことで逆上して暴れだすかもしれない。そんな状況で迂闊に近寄ればたやすく潰されるだろう。冷静に、感覚的に状況を判断する。まだ幼いながらもジンはどうすれば生きられるかを知っていた。姉の時にとっさに逃げたように、ゴブリンの時に闘気を発動したように、生き延びるための意志が彼を突き動かしていた。

 そうして観察していてジンはいぶかしんだ。傷をつける前より、化け物はより冷静になったのだ。先ほどまでふざけていたように表情から、感情が消え、残った左目が冷たく光る。その顔を見てジンは直感した。これから来る攻撃は冗談抜きの本気の攻撃であると。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

Re:コード・ブレイカー ~落ちこぼれと嘲られた少年、世界最強の異能で全てをねじ伏せる~

たまごころ
ファンタジー
高校生・篠宮レンは、異能が当然の時代に“無能”として蔑まれていた。 だがある日、封印された最古の力【再構築(Rewrite)】が覚醒。 世界の理(コード)を上書きする力を手に入れた彼は、かつて自分を見下した者たちに逆襲し、隠された古代組織と激突していく。 「最弱」から「神域」へ――現代異能バトル成り上がり譚が幕を開ける。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...