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第3章:魔人襲来

兵舎にて

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 兵舎には多くの人々が集まっていた。怪我した者、怪我人を介抱する者、逃げて来た一般市民、そして兵士達だ。マリアがそこに着くとすぐに兵隊長の一人がやってきた。

「マリアさん、無事でしたか!」

「当たり前だろ、あたしが簡単にくたばるわけないじゃないか」

「ええそうでしたね。それではお疲れのところ申し訳ないのですが早速こちらにきていただけませんか。ヴォルク将軍がお待ちしております」

「はいはい、分かったよ。それじゃあこの子達を頼んでいいかい?一応二人とも怪我は治してあるから大丈夫だと思うけど、マチの方は血を流しすぎているから安静にできるところに連れてってくれ?後イルス見つけたらあたしの代わりにぶん殴っておいて」

「了解致しました。そのように手配させていただきます。おい…」

 兵隊長は後ろにいた部下の一人に声をかけると、その男は即座に動き始め、マチとクロを宿舎の方に連れて行った。それをマリアが眺める。

「それではこちらになります」

そう言って兵隊長はマリアをヴォルク将軍のところまで案内した。

 彼女が部屋に入ると中には重苦しい空気を漂わせた面々が円卓に座していた。

「マリア、ようやく来たか」

入り口の反対側に座していた、狼の獣人である男がマリアに声をかけてきた。

「ヴォルク、久しぶりだね」

 ヴォルクはこの城塞都市の将軍で、緊急時における都市の最高司令官だ。人間界からの侵略を長年食い止めてきた歴戦の兵であり、またラグナの使徒のうちの一人である。身体中にある無数の傷から溢れ出る野生的な空気とは対照的にその瞳は理知的な光を宿している。

「2年ぶりぐらいか。申し訳ない、積もる話もいろいろあるが現状が現状だ。早速話を進めたいのだが良いか?」

「ああいいとも。それで、一体何がどうなってるんだい?」

「すでにわかっているだろうがスタンピードだ。それも過去最大規模の、な」

「最大規模って…どんぐらいなんだい?」

「そうだな、ざっと5万ぐらいか…それもまだ増え続けているらしい。俺は少なくとも10万は行くだろうと考えている」

「10万!?冗談だろ!」

「残念ながら本当だ。どうやら西の方で何かがあったらしい。アーカイアの森特有の魔獣が多数確認された。」

「しかもアーカイアの森からって、こっから数百キロは離れてんだろ!?」

「ああ、つまりこの量の魔獣たちが一斉に森から逃げ出そうとする何かがあったということだ」

「何かって…」

「さあな、そんなことはどうでもいい。今必要なのは原因を知ることではなく、現状をどう打開するかだ」

「そ、そうだね、その通りだ」

「それでは率直に聞きたい。マリア、お前が本気で戦った場合どの程度動けて、どの程度削ることができる?」

「本気っていうのは後先考えずに全力でってことかい?」

「そうだ」

「…そうだね、今の状態からして2時間で1万ってところかね。節約すりゃあ半日は持つだろうけど、そのかわりでっかい術は使えないから削れる数は減るかもしんないね。あんたはどうなんだい?」

「俺もそんなもんだ。それで俺たちだけで2万か。一般兵で少なくとも2万は削れると考えて、残りの6万をどうするか…。なあウィルはここに来ているか?」

 バジットには専業兵士が1万、民兵が5万の総勢6万の兵士がいる。人間界からの侵略があった場合彼らが時間を稼ぎ、近隣の都市や国に救援要請を送る手はずとなっている。今回ヴォルクは兵の全てを動員するつもりであった。

「悪いね。あいつは今家だよ。それにちょっとばかし大きい怪我しちまってね。あんまり戦力にはなれそうにないよ」

 ヴォルクはそれを聞いて思わず唸る。近隣にいて、すぐに来ることができる使徒が一人使えなくなったのだ。円卓に座する面々からも嘆きの声が上がる。だがドアをドンドンと力強く叩く音がしたことで全員が一斉に黙った。

「閣下!至急お伝えしなければならぬことがあります!」

 その声を聞いて、ヴォルクはドアの前に立つ兵士に開けるように指示する。すると転がり込むように慌てて一人の兵士が部屋の中に入って来た。

「なんだ、何があった?」

「は!魔獣どもによって門が決壊しかけております!」

「何!まだ1日は持つはずだろう!?」

「しかしながら事実であります!一部の魔獣たちが突然、秩序立って門に集中攻撃を開始しました。相手方におそらく知能の高い魔獣がいるらしく、そいつが指揮しているようなふしが見られます。おそらくは魔物であるかと!」

「ちっ、スタンピードに加えて魔物か。めんどくせえな、くそが!」

 苛つくあまりヴォルクが思い切り円卓を叩く。ズンと言う鈍い音ともに部屋が揺れる。

「…仕方ない、あたしが行って来るよ。とりあえずその魔物をぶっ殺してくればいいんだよね」

「ああ、すまんがそうしてくれるか?ついでに少し削っておいてくれると助かる」

「はいはい、それじゃああんた、案内しておくれ」

「は!それではこちらに…」

 飛び込んで来た兵士に従って、マリアは城壁に向かった。

 城壁からの光景はまさに凄まじかった。蠢く魔獣たちが壁を登ろうとしたり、門を開けようとしたりしている。

「それでどこに指揮官らしい魔物がいるんだい?」

「あそこです」

 そう言って兵士が指を指した方向に、遠見の氷鏡を向けると確かに他の個体と一回り大きさが違い、冠のようなものを被ったトロールがいた。

「あいつか、確かに魔物っぽいね」

 トロールとは本来間抜けな生き物であり、この規模の魔獣を指揮する能力などない。だがおそらくこの魔物は生前、軍師か何かであったのだろう。その能力が魔物になった今でも活用されているのだ。それを用いて、このトロールは魔獣たちの力を門の一点に向かうように誘導したのだろう。

「如何されますかマリア様、我々も打って出るしかないでしょうか?」

「ちゃちゃっと消し炭にするさ」

 自信満々に言い捨てたマリアはすぐさま術を練るために集中し始める。トロールは耐久力も高く、また回復能力も持つ。魔物なら尚更だ。殺すならば一片も残らずに消し去るしかない。それならばかなりの威力が必要になるだろう。だとすれば自分が開発した木神術と火法術の複合術がいいだろうとマリアは考える。

 火法術、『獄炎』の火力を更に上げるための薪を木神術で生成し同時に焼べる『炎樹』という術である。桁外れに体力を消耗するため日に三度しか使えないが、これならば恐らくあの魔物もたやすく屠りさることができるはずだ。

「離れてな。『炎樹』!!」

 集中を終えたマリアが兵士たちにそう言ってから術を発動させる。

 瞬間、遠く離れたトロールの足元を起点に火柱が立ち上る。それは同時に周囲に生成された樹木を巻き込みぐんぐんと巨大化していく。炎の樹は周囲にいた魔獣たちを根こそぎ焼き尽くす。その炎が消えた後には、その威力を物語る巨大なクレーターと灰燼に帰した魔獣、そして魔物の焦げ跡が残っていた。

「す、すごい…」

 目の前の光景を見た兵士たちの口から言葉が自然と漏れ出る。そしてマリアを見る視線に畏敬の念が深く込められる。

「ま、ざっとこんなもんかね」

 強力な術の発動により、肩で息をしながらマリアが共に来た兵士に笑いかけた。


 マリアが部屋の前まで来ると中が先ほどより騒々しいのがわかった。

「終わったよ」

それを疑問に思いつつも部屋に入り、ヴォルクたちにマリアはそう告げた。

「感謝する。それと疲れているところで申し訳ないが、もう一つ頼まれてくれないか?」

「なんだい?」

「…ティファニア様と連絡を取れるか?」

「はあ?まだ連絡していなかったのかい!?」

 そのマリアの疑問に対して返答して来たのはヴォルクの横に座る副官の犀人のセロスだ。

「申し訳ありません。先ほど何者かによってティファニア様への通信係が殺害されていたという報告があったのです。急ぎ調査させていますが痕跡もなく…」

「はあ!?他にはいなかったのかい?」

「はい、ティターニアへの連絡員たちのみが殺されておりまして、そのせいで我々から連絡することができない状態です」

 氷神術による連絡は一種の契約のようなものである。そのため、連絡するには相手の許可が必要であった。それにより他国との通信士は限られた人数になってしまい、なんらかの理由によって彼らがいなくなってしまえば、新たな連絡員を作らなければならない。

「そういうわけだ。すまないが可能なら連絡してもらえないだろうか?」

「ちょっとそれを早く言っておくれよ。待ってな、すぐ連絡するから」

 そう言ってマリアは素早く『氷鏡』を目の前に作り出すと、ティファニアに念を飛ばす。するとすぐに鏡の前にティファニアが現れた。

『マリア、良かったこちらからも連絡しようと…』

「ティファニア様、申し訳ありません。緊急の案件がありまして連絡させていただきました」

『…ええレックスからすでに話は聞いています。今こちらからかけようとしていたところよ』

「そうですか、それならば話が早い。ですが一応具体的な現状の説明はさせていただきます」

そう言ってヴォルクが氷鏡の前に立つと現状を手短に伝える。最初は穏やかな表情で聞いていた彼女も10万という規模を聞いて目を鋭くさせた。

「…と言う現状でして、そちらからの援軍を送っていただけないでしょうか?」

『わかりました。こちらからは私の精鋭の兵300を送るつもりです。後2時間ぐらいで派兵できると思います』

「300、それに2時間…ですか」

一瞬一同の顔が暗くなる。

『それと私も先行してそちらに行きましょう』

 だがその言葉を聞いて円卓に座する者たちの心は晴れやかになる。ティファニアが来るということはそれだけで戦況を逆転させうるからだ。使徒の中で最強であり、こと広域殲滅神術に長けている彼女ならばかなりの数を減らすことができるだろう。この現状に一筋の糸が垂らされたと言えた。

「それはありがたい!ではそのようにお願いします」

ヴォルクが吠えるように喜びの声を上げる。

『わかりました。私だけならそんなに時間をかけずにそちらに向かうことができると思います。それとレックスたちは私たちが回収しておくから心配しないでね。それじゃあ一旦切るわね、今準備をしている最中だから』

「はっ!よろしくお願いします!」

ヴォルクがそう言うと同時に通信が切れた。

「これで少しは希望が見えてきたな」

「そうだね。ティファニア様ならきっと…それにしても一体誰が連絡員を殺したっていうんだい?」
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