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第4章:学園編
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『人殺し』。エルマーに言われた言葉が胸を刺す。友から向けられた憎しみが心を苛む。
いつもの空き地で訓練を終えたジンは仰向けになって夜空を眺めていた。徐々に初夏の兆しも見えるがまだ夜は涼しい。火照った体を冷ましてくれる心地のいい風に体を晒す。
分かっていたことだ。自分がこの復讐をやり遂げればきっと、もっと多くの人々の憎しみを背負うことになるだろう。それでも彼は進むと決めたのだ。どれだけ苦しくても、悲しくても、友を裏切ることになっても、それが彼の心をすり減らしていくとしても、彼はもう止まることができない。
最後に会った時のウィルを思い出す。治療の甲斐もなくベッドから起き上がることもできなくなった彼は、それでも強い意志を秘めた目をしていた。
~~~~~~~~~~~
「行くのか?」
「うん、今日行こうと思ってる。もうさっきマリアにも挨拶してきたよ」
「そうか…」
「うん…」
二人の間を沈黙が流れる。8年間、文字通り自らの命を削ってまで、ジンを育ててくれたウィルともうすぐ別れることになるのだ。そして、おそらくこれが今生の別れになるだろう。もうウィルはいつ死ぬかもわからない状態であると、ティファニアから聞いていた。ウィルもそれを承知していたし、ジンもそれは理解していた。だからこそ二人はそのことについて何も言わなかった。
結局彼らは間に合わなかった。あの強さに、あの高みに到達することはできなかった。最初から分かっていたことだ。たかだか5年の修行で倒せる相手なら四魔人などとは称されはしない。
「…8年か、お前と出会ってから」
「そうだね。あの時俺はまだ7歳ぐらいだったから」
「そうか…もうそんなになるんだなぁ」
ウィルがしみじみと言う。マリアが一緒にいた3年間、ウィルと二人だけで過ごした5年間はジンの中でかけがえのないものになっていた。気がつけば、姉と一緒に過ごした時間以上に、ウィルに面倒を見てもらっていた。
「それで、いつ頃出発するんだ?」
「このまま行こうかなと思っている」
「そうか、そんじゃあ気をつけて行ってこいよ」
ウィルは笑う。もはやまともに体を動かすこともできない。それでもその笑顔は未だに記憶にあるものと変わらなかった。
「ウィル、俺…」
「あー、いいっていいって、そういう湿っぽいのは無しにしようぜ。苦手なんだよ昔から」
「でも…」
「だからさ、愚痴愚痴言ってないでさっさと行っちまえよ。馬鹿息子」
ジンは初めて言われた言葉に驚いて目を大きく開ける。
「ウィル…父さん…ありがとう」
知らず識らずのうちに目から涙が溢れていた。
「まーた泣いてんじゃねえか。いつまでたっても変わんねえなあお前は」
ウィルは鼻声でジンを小馬鹿にする。
「ウ、ウィルだって、鼻声じゃん」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。これはあれだ、風邪のせいだよ風邪」
「じゃあ俺も目が痒いからだよ」
お互いに馬鹿なことを言って笑い合う。離れがたい気持ちで一杯になった。だがもう出発しなければならない。
マリアが死んだ後、ラグナから教えられたのは四魔人が目覚め始めたということだった。ここでできることはもう無い。そこでジンはオリジンに向かうことにした。あの街には多くの情報が集まる。とりわけ騎士学校が保有する図書館は王国でも随一の蔵書量を誇る。そこの禁書庫に潜入するためには学生の身分がふさわしい。だから彼はこの後ファレス騎士学校の入試を受ける予定だ。
「そんじゃあ行っちまえ」
「うん、行ってきます!」
顔を涙でくしゃくしゃにしながらジンは家から飛び出した。それを見てウィルは笑う。自分には勿体無いほどにできた息子だ。強さも、そして優しさも。
「悪いなぁジン」
どんどん離れていく彼にぼそりと呟いた。自分の復讐もあの少年に託すことになった。もう彼を守ることができなくなった。側に居てやれなくなった。自分でも逃げ出したくなるような訓練をジンに課してきた。それを乗り越えた彼を誇りに思う。それと同時にあんな子供に過酷な運命を強いてしまったことに強い罪悪感を覚えた。
もうジンはきっと街を出ただろう。おそらく2度と会うことはない。これから彼は多くの絶望に打つかるだろう。それでもきっとジンはそれを乗り越えていくはずだ。なぜなら…
「お前は俺の自慢の息子だからな」
~~~~~~~~~~~~~~~~
ぼーっと夜空を眺めていると誰かが歩み寄ってきた。それに気がつくが無視して星々を眺め続ける。その誰かはジンの隣まで来ると、地面に座って膝を抱えた。
「なんか用か?」
「んーん、別に」
少女の声は少し枯れている。あれからずっと泣き続けていたのだろう。互いに何も話すことなく、静かに時間が流れていく。
「お前さ、いつもここにいるの?」
「まあ、訓練にもってこいな広さだからな」
「ふーん」
「誰かに聞いたのか?」
「うん、ルースが教えてくれた」
「あー、なるほど」
再度流れる沈黙に何となく気まずくなってくる。
「「あの」」
「何だ?」
「いや、そっちからでいいよ」
「いや、お先にどうぞ」
「…分かった。そのお前が僕を助けてくれたって聞いたんだけど」
「別に、お前のためじゃねえよ。ただ誰かを犠牲にして逃げるっていうのが気に食わなかっただけだ」
ジンは気恥ずかしさからぶっきらぼうに返答する。確かにそれも真実なので嘘は言っていない。シオンがそんな彼の顔を覗き込んできたので思わず目を背けた。
「それでもさ、あの、えっと、あ、あ、ありが、ありがと…う」
言い辛そうに何度も吃りながら何とか口にしたその言葉にジンは目頭が熱くなった。彼女を助ける代わりに自分は一人の友人を壊してしまった。未だにエルマーは部屋から出てこない。
「礼なんか言わないでくれ」
「でも…」
「頼むから」
「…分かった」
今の彼にとって感謝の言葉ほど心を苛むものはなかった。ジンは必死になって空を見上げ、涙が溢れないようにする。
「君は強いね」
そんな彼を見てシオンは呟く。ルースからの又聞きではあるが、彼女達が遭遇した合成獣の素体はエルマーの姉のサラだったそうだ。その彼女をエルマーの目の前で殺したのだ。一体どれほどの覚悟を持てばそんなことができるのだろうか、想像もつかない。
「…強くなんかねえよ」
ジンはシオンの言葉を忌々しく思う。自分が強ければもっと良い解決策があったかもしれない。自分が強ければシオンは死にかけなかったはずだ。自分が強ければ…。そんなことを考えていると、ふと顔が翳って額に柔らかい感触が当たった。
「…な、何だよ」
「わ、わかんない。何となく…かな」
シオン自身も自分の行動に驚いている。ジンもシオンからの突然のキスに驚くが、少し気持ちが和らいだことに気がついた。現金なやつだと心の中で自嘲する。
「さてと…」
シオンが立ち上がって伸びをする。
「行くのか?」
「うん、おやすみ。そっちはまだ此処にいるの?」
「ああ、そのつもりだ。おやすみ」
シオンはそのまま歩き去った。辺りが暗かったため彼女の頬に朱がさしていることにジンは気がつかなかった。自分の頬が真っ赤になっているのも、彼は気づいていなかった。
~~~~~~~~~~~~
「エルマーが消えたらしい」
翌日の朝、稽古から戻ってきたジンはルースからそう告げられた。どうやら昨晩のうちに、荷物を持って消えてしまったのだそうだ。
「どっかに出かけたとかじゃないのか?」
「その可能性も無いわけじゃないけど、さすがに可能性は低いだろ」
「そうか」
最後に見たエルマーの顔を思い出す。全てに絶望した顔だ。何も映さない瞳は昔の自分を見ているかのような痛ましさだった。エルマーは自分と同じなのだと強く感じた。自分はウィルとマリアが救い出してくれた。だが彼はどうなのだろうか。
「お前が気に病むことじゃねえよ。仕方なかったんだ」
「ああ、そうだな」
どうやら顔に出ていたらしい、ルースが心配そうに覗き込んでいた。
「まあ、あいつのことは先生達がどうにかするだろうし、俺らにゃ今できることはねえよ。だからとりあえず飯に行こうぜ。今日は一限がガバル先生の授業だからな。力蓄えとかねえと」
「食い過ぎて眠るなよ」
「大丈夫、食ってなくても寝るからよ」
「ははは、違いない」
戯けたルースの振る舞いに心の中で感謝する。自分を慰めるためにおそらく、多分、きっとわざとやっているのだろう…かもしれない。
「よっしゃ、そんじゃあさっさと着替えろ。先行って席とっとくから」
「おう、頼んだ」
着替えながら窓から空を見上げる。澄み渡るような青空は、あの事件がまるで嘘なのではないかと思わせるほどに美しい。
合成獣を作り出した存在がいる。あれは人間を強制的に魔人化させるための実験で、かつて四魔人のうちの一人である、獣魔王が行なっていたものを模したものだったはずだ。失われたその邪法を復活させようとしている。つまりそいつは四魔人に連なる者かもしれない。きっとそいつはこれからもあんな化け物を生み出し続けるのだろう。それならばとジンは誓う。
『そんならてめえの思惑は俺が全部ぶっ壊してやるよ』
ジンはドアを開けて歩き始めた。やることは多い。強くなる。合成獣を生み出したクズ野郎を殺す。神器の行方を探る。そして、レヴィを殺す。まだどれも彼は成し遂げられていない。今できるのは一刻も早く強くなれるように鍛えることだけだ。
だから彼は前を目指す。もうこれ以上失わないために。もうこれ以上奪われないために。たとえそれが茨の道であろうとも。きっと叶えてみせる。
~~~~~~~~~~~~~~~~
少年はボロボロになって道端に倒れていた。ここ数日何も食べていなかった。それに気がついたのは飛び出した後からだ。荷物もいつのまにか誰かに盗まれていた。その上雨まで降り出す始末だ。もう起き上がるのも鬱陶しい。むしろ死ねばこの狂いそうになるほどの苦しみから、憎しみから解放されるのではないか。そんなことを考えていると急に雨が止んだ。否、誰かが彼に傘を差し出したようだ。
「そんなとこで寝ていると風邪を引きますよ?」
顔を上げると美しすぎる女性が微笑んだ。その魔的な美は儚すぎて、却って生きているという雰囲気を感じさせない。綺麗なアッシュグレーの長髪に、茶色の瞳、白磁のような白い肌、薄すぎる胸。歳の頃は20代前半だろうか。
「あ…なたは?」
「私ですか?私はナギ、ナギ・レナウスって言います」
まるで聖女のように優しく笑う彼女はエルマーに向かってそっと手を差し出した。
いつもの空き地で訓練を終えたジンは仰向けになって夜空を眺めていた。徐々に初夏の兆しも見えるがまだ夜は涼しい。火照った体を冷ましてくれる心地のいい風に体を晒す。
分かっていたことだ。自分がこの復讐をやり遂げればきっと、もっと多くの人々の憎しみを背負うことになるだろう。それでも彼は進むと決めたのだ。どれだけ苦しくても、悲しくても、友を裏切ることになっても、それが彼の心をすり減らしていくとしても、彼はもう止まることができない。
最後に会った時のウィルを思い出す。治療の甲斐もなくベッドから起き上がることもできなくなった彼は、それでも強い意志を秘めた目をしていた。
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「行くのか?」
「うん、今日行こうと思ってる。もうさっきマリアにも挨拶してきたよ」
「そうか…」
「うん…」
二人の間を沈黙が流れる。8年間、文字通り自らの命を削ってまで、ジンを育ててくれたウィルともうすぐ別れることになるのだ。そして、おそらくこれが今生の別れになるだろう。もうウィルはいつ死ぬかもわからない状態であると、ティファニアから聞いていた。ウィルもそれを承知していたし、ジンもそれは理解していた。だからこそ二人はそのことについて何も言わなかった。
結局彼らは間に合わなかった。あの強さに、あの高みに到達することはできなかった。最初から分かっていたことだ。たかだか5年の修行で倒せる相手なら四魔人などとは称されはしない。
「…8年か、お前と出会ってから」
「そうだね。あの時俺はまだ7歳ぐらいだったから」
「そうか…もうそんなになるんだなぁ」
ウィルがしみじみと言う。マリアが一緒にいた3年間、ウィルと二人だけで過ごした5年間はジンの中でかけがえのないものになっていた。気がつけば、姉と一緒に過ごした時間以上に、ウィルに面倒を見てもらっていた。
「それで、いつ頃出発するんだ?」
「このまま行こうかなと思っている」
「そうか、そんじゃあ気をつけて行ってこいよ」
ウィルは笑う。もはやまともに体を動かすこともできない。それでもその笑顔は未だに記憶にあるものと変わらなかった。
「ウィル、俺…」
「あー、いいっていいって、そういう湿っぽいのは無しにしようぜ。苦手なんだよ昔から」
「でも…」
「だからさ、愚痴愚痴言ってないでさっさと行っちまえよ。馬鹿息子」
ジンは初めて言われた言葉に驚いて目を大きく開ける。
「ウィル…父さん…ありがとう」
知らず識らずのうちに目から涙が溢れていた。
「まーた泣いてんじゃねえか。いつまでたっても変わんねえなあお前は」
ウィルは鼻声でジンを小馬鹿にする。
「ウ、ウィルだって、鼻声じゃん」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ。これはあれだ、風邪のせいだよ風邪」
「じゃあ俺も目が痒いからだよ」
お互いに馬鹿なことを言って笑い合う。離れがたい気持ちで一杯になった。だがもう出発しなければならない。
マリアが死んだ後、ラグナから教えられたのは四魔人が目覚め始めたということだった。ここでできることはもう無い。そこでジンはオリジンに向かうことにした。あの街には多くの情報が集まる。とりわけ騎士学校が保有する図書館は王国でも随一の蔵書量を誇る。そこの禁書庫に潜入するためには学生の身分がふさわしい。だから彼はこの後ファレス騎士学校の入試を受ける予定だ。
「そんじゃあ行っちまえ」
「うん、行ってきます!」
顔を涙でくしゃくしゃにしながらジンは家から飛び出した。それを見てウィルは笑う。自分には勿体無いほどにできた息子だ。強さも、そして優しさも。
「悪いなぁジン」
どんどん離れていく彼にぼそりと呟いた。自分の復讐もあの少年に託すことになった。もう彼を守ることができなくなった。側に居てやれなくなった。自分でも逃げ出したくなるような訓練をジンに課してきた。それを乗り越えた彼を誇りに思う。それと同時にあんな子供に過酷な運命を強いてしまったことに強い罪悪感を覚えた。
もうジンはきっと街を出ただろう。おそらく2度と会うことはない。これから彼は多くの絶望に打つかるだろう。それでもきっとジンはそれを乗り越えていくはずだ。なぜなら…
「お前は俺の自慢の息子だからな」
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ぼーっと夜空を眺めていると誰かが歩み寄ってきた。それに気がつくが無視して星々を眺め続ける。その誰かはジンの隣まで来ると、地面に座って膝を抱えた。
「なんか用か?」
「んーん、別に」
少女の声は少し枯れている。あれからずっと泣き続けていたのだろう。互いに何も話すことなく、静かに時間が流れていく。
「お前さ、いつもここにいるの?」
「まあ、訓練にもってこいな広さだからな」
「ふーん」
「誰かに聞いたのか?」
「うん、ルースが教えてくれた」
「あー、なるほど」
再度流れる沈黙に何となく気まずくなってくる。
「「あの」」
「何だ?」
「いや、そっちからでいいよ」
「いや、お先にどうぞ」
「…分かった。そのお前が僕を助けてくれたって聞いたんだけど」
「別に、お前のためじゃねえよ。ただ誰かを犠牲にして逃げるっていうのが気に食わなかっただけだ」
ジンは気恥ずかしさからぶっきらぼうに返答する。確かにそれも真実なので嘘は言っていない。シオンがそんな彼の顔を覗き込んできたので思わず目を背けた。
「それでもさ、あの、えっと、あ、あ、ありが、ありがと…う」
言い辛そうに何度も吃りながら何とか口にしたその言葉にジンは目頭が熱くなった。彼女を助ける代わりに自分は一人の友人を壊してしまった。未だにエルマーは部屋から出てこない。
「礼なんか言わないでくれ」
「でも…」
「頼むから」
「…分かった」
今の彼にとって感謝の言葉ほど心を苛むものはなかった。ジンは必死になって空を見上げ、涙が溢れないようにする。
「君は強いね」
そんな彼を見てシオンは呟く。ルースからの又聞きではあるが、彼女達が遭遇した合成獣の素体はエルマーの姉のサラだったそうだ。その彼女をエルマーの目の前で殺したのだ。一体どれほどの覚悟を持てばそんなことができるのだろうか、想像もつかない。
「…強くなんかねえよ」
ジンはシオンの言葉を忌々しく思う。自分が強ければもっと良い解決策があったかもしれない。自分が強ければシオンは死にかけなかったはずだ。自分が強ければ…。そんなことを考えていると、ふと顔が翳って額に柔らかい感触が当たった。
「…な、何だよ」
「わ、わかんない。何となく…かな」
シオン自身も自分の行動に驚いている。ジンもシオンからの突然のキスに驚くが、少し気持ちが和らいだことに気がついた。現金なやつだと心の中で自嘲する。
「さてと…」
シオンが立ち上がって伸びをする。
「行くのか?」
「うん、おやすみ。そっちはまだ此処にいるの?」
「ああ、そのつもりだ。おやすみ」
シオンはそのまま歩き去った。辺りが暗かったため彼女の頬に朱がさしていることにジンは気がつかなかった。自分の頬が真っ赤になっているのも、彼は気づいていなかった。
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「エルマーが消えたらしい」
翌日の朝、稽古から戻ってきたジンはルースからそう告げられた。どうやら昨晩のうちに、荷物を持って消えてしまったのだそうだ。
「どっかに出かけたとかじゃないのか?」
「その可能性も無いわけじゃないけど、さすがに可能性は低いだろ」
「そうか」
最後に見たエルマーの顔を思い出す。全てに絶望した顔だ。何も映さない瞳は昔の自分を見ているかのような痛ましさだった。エルマーは自分と同じなのだと強く感じた。自分はウィルとマリアが救い出してくれた。だが彼はどうなのだろうか。
「お前が気に病むことじゃねえよ。仕方なかったんだ」
「ああ、そうだな」
どうやら顔に出ていたらしい、ルースが心配そうに覗き込んでいた。
「まあ、あいつのことは先生達がどうにかするだろうし、俺らにゃ今できることはねえよ。だからとりあえず飯に行こうぜ。今日は一限がガバル先生の授業だからな。力蓄えとかねえと」
「食い過ぎて眠るなよ」
「大丈夫、食ってなくても寝るからよ」
「ははは、違いない」
戯けたルースの振る舞いに心の中で感謝する。自分を慰めるためにおそらく、多分、きっとわざとやっているのだろう…かもしれない。
「よっしゃ、そんじゃあさっさと着替えろ。先行って席とっとくから」
「おう、頼んだ」
着替えながら窓から空を見上げる。澄み渡るような青空は、あの事件がまるで嘘なのではないかと思わせるほどに美しい。
合成獣を作り出した存在がいる。あれは人間を強制的に魔人化させるための実験で、かつて四魔人のうちの一人である、獣魔王が行なっていたものを模したものだったはずだ。失われたその邪法を復活させようとしている。つまりそいつは四魔人に連なる者かもしれない。きっとそいつはこれからもあんな化け物を生み出し続けるのだろう。それならばとジンは誓う。
『そんならてめえの思惑は俺が全部ぶっ壊してやるよ』
ジンはドアを開けて歩き始めた。やることは多い。強くなる。合成獣を生み出したクズ野郎を殺す。神器の行方を探る。そして、レヴィを殺す。まだどれも彼は成し遂げられていない。今できるのは一刻も早く強くなれるように鍛えることだけだ。
だから彼は前を目指す。もうこれ以上失わないために。もうこれ以上奪われないために。たとえそれが茨の道であろうとも。きっと叶えてみせる。
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「そんなとこで寝ていると風邪を引きますよ?」
顔を上げると美しすぎる女性が微笑んだ。その魔的な美は儚すぎて、却って生きているという雰囲気を感じさせない。綺麗なアッシュグレーの長髪に、茶色の瞳、白磁のような白い肌、薄すぎる胸。歳の頃は20代前半だろうか。
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