World End

nao

文字の大きさ
102 / 273
第5章:ファレス武闘祭

予選初日終了

しおりを挟む
「くそ、一回戦からなんてついてないんだ」

 レーベンは目の前の相手を見て思わず泣き言を言ってしまう。それもそのはず、彼の一回戦の相手はSクラスでも指折りの実力者であるフォルス・ビルストだ。王国騎士団長のアレキウス・ビルストの息子の一人であり、何歳も年上の兄達よりも武勇で優れていると言われている少年だ。まだ16歳と言われているが到底信じることのできない容姿をしている。服の上からでも分かるぐらい筋骨隆々の体と、190センチメートル近くの身長。首から覗く炎の意匠が凝らされた刺青。そのどれもが彼に強者の風格を纏わせていた。

「おいおいどうした雑魚。来ねえのか?」

 目の前の獲物を値踏みしている瞳だ。いつ襲ってくるかわからない。レーベンの緊張を前に、フォルスはニヤリと笑う。

「来ねえなら、こっちから行くぜ?」

 その言葉に剣を構えたが、彼が気づいた時にはすでに目の前にフォルスがいた。

「はっ、遅えよ鈍間!」

 慌てて斬りかかろうとしたレーベンを一笑にふすと、その鍛え上げられた巨大な拳を彼の腹部にめり込ませた。フォルスが移動前に立っていた地面はその強靭な脚力によって破壊され、抉れていた。

 タリスマンによる防壁が発動するほどのその攻撃は、レーベンに死を感じさせた。

「おっ、まだ起きてんのか。いいね、もっとやろうぜ!」

「ひっ!」

 再び高速で移動を始めたフォルスに肩を縮こまらせて必死に防御しようとする。

「おいおい雑魚、少しは反撃しようとする気概ぐらい見せろよ…な!」

 凶悪な右蹴りがレーベンの顔面に飛んでくる。だが恐怖に体が固まっている彼にはそれを避けることができない。当たるか当たらないかという瞬間、フォルスは脚を止めた。レーベンの顔に風圧がかかる。

「ちっ、おい審判こいつ気絶してるぜ」

「ふむ、勝者フォルス・ビルスト」

 レーベンは死の恐怖から逃避するために自らの意識を手放した。フォルスはそれを冷めた目で眺めていた。相変わらず自分が全力を出す前に試合が終わってしまう。全力を出せないことへの苛立ちを解消できるのはおそらく…

「あー、早くあの女とやりてえな」

 うざったい取り巻き達がタオルやら飲み物やらを持って駆けてくる。今の試合のどこで汗をかいたというのか。いちいち反応していても仕方がないのは分かっているが、いらつくのは止められない。

「てめえらさっさと行くぞ!」

 荒々しくお供を付き従えて歩き始める。試合を見ていた観客達はその殺伐とした空気に触れて自ずと道を開けた。彼の願いは一つのみ。強者を、自分が全力を出し尽くせる強者との試合を。ただそれだけだった。

~~~~~~~~~~~

「あ、あれ?」

 レティシアが目を開けると、医務室の天井が目に飛び込んできた。

「ふむ、起きたか」

 声のした方に顔を向けると、そこには校医のサール・イアートが椅子に腰掛けて本を読んでいた。

「わ、私は……っ!」

 レティシアは目の前の状況をまだ理解できず、混乱する。

「私は確か試合に……」

 そこまで考えてから、自分が二回戦のことを何も覚えていないことに気がついた。まるでその記憶だけ綺麗さっぱり消されたかのようだ。それどころかひどい頭痛がする。

「ふむ、記憶の混濁か。まあ落ち着け、しばらくしたら思い出すはずだ」

「は、はい。あの、私に何があったのか聞いてませんか?」

「いや、だが怪我の感じからしてタリスマン越しでも吸収しきれない強力な攻撃を頭に受けたんだろうな」

 どうやら先ほどの試合で強烈な攻撃を受けて、なんとか生き延びたのだろう。徐々に記憶も鮮明になってきたことで先ほどの試合で感じていた恐怖が再度彼女を襲う。

 試合開始と同時に却ってゆっくりと見えるほどの神速の拳が彼女の顔に打つかると、そのまま強引に振り切った。吹き飛ばされた彼女は地面に転がり、荒い呼吸を吐きながら、素早く立ち上がろうとしたその時点で、男が彼女の前に立って見下ろしていた。彼女の瞳に恐怖の色が滲む。それに気がついたのかレティシアに向けて何の感情もこもっていない眼差しを向けて、もう一撃、上から下へと剛撃を彼女の顔に叩き込んだ。それから気がつけば医務室だ。助かったことは嬉しいが、クラスメイトの期待に沿えなかったのは少し悔しい。というよりも一回戦も二回戦も誰も見にきてくれなかったのはどういうことなのだろうか。レティシアはものすごく悲しかった。

~~~~~~~~~~

「はあ?レーベンが負けた?」

 クラスメイトからの報告にジンは唖然とする。言い出しっぺが真っ先に負けるとは一体全体どういうことだ。

「相手は誰だったんだ?」

「うん、Sクラスのフォルス・ビルストだよ」

 その名前を聞いて納得する。確かにあの男相手ではレーベンには荷が勝ちすぎている。

「ああ、なるほどな」

「うん、だからジンくんは頑張って、Eクラスの意地を先生に見せてやろうよ!」

「え?いや、俺は…」

「じゃあ、私たちは他の子達のところに行ってくるから、バイバイ!」

「あ、ちょっと!……行っちまったか」

 ジンに報告するだけして、彼は別の会場にいるアルとルースにも話に行った。

「本戦まで勝ち残る気は無いっての」

 先ほどのクラスメイトにそれを言っても聞いてくれるかは怪しいところではあるが。

「さて、そろそろ俺の試合かな」

 リング前まで移動すると一つ前の試合がちょうど終わったところだった。選手達が降りたのを見届けるとリングの上に上がって相手を待つ。しかし一向に相手選手が来ない。



「なあ審判、いくらなんでも遅く無いか?」

 決められていた開始時刻からすでに10分は経過している。

「ふむ、ちょっとここで待ってろ」

 審判がリングから降りたタイミングでスタッフが彼に駆け寄ってきて耳元で何かを囁いた。彼はそれに一つ頷いてから再度リングに上がるとジンに告げた。

「対戦相手が棄権した。よってお前の勝利だ」

「はあ!?」

 どうやら一回戦で足の骨を折ったらしく、まだまともに動くことができないのだそうだ。何もせずに三回戦進出を決めた彼は予想外の事態にただただ言葉を失った。

「嘘だろ…」

~~~~~~~~~

 二回戦、ルースは一回戦とは異なり、最初から高火力で相手を押し切り、試合に勝利した。やはりマルシェによる治癒は素晴らしく、対戦相手が未だに傷が残っている状態だったのに対し、彼は肉体的には完全に復活している。目に見えて動きが鈍い相手を彼は一蹴したのだった。

 一方アルの方はというと、すでに一回戦に勝ったことでもうマルシェとの約束も果たしたから、と早速棄権することにした。しかしマルシェに、今後何かしら外国の本が欲しい時は輸入してくれるという約束につられ、二回戦も一回戦と同様、動くことなく勝利した。

「今日勝ち残れたのはお前達3人だけだ」

 レーベンが腕を組んで教壇の前で語る。その様に負けたくせに偉そうだなとジンは思う。

「残念ながら俺とレティシアは負けてしまった」

 後から聞いた話によると、レティシアの相手は2年でBクラス所属の生徒だったそうだ。進級試験を突破した実力の通り、圧倒的な強さで彼女を負かしたらしい。ただその生徒も続く二回戦で3年に敗北したそうだが。

「やぱりこうやって結果を見ると2、3年生が強いな」

 ジンは黒板に貼られたトーナメント表の写しを眺める。敗北した名前に×印が上書きされている。表からはいかに2、3年と1年生の実力に開きがあるかを示しているかのようだ。全体の4分の3は2、3年生だ。

「まあとにかく明日の試合に備えようぜ。もう対戦相手は決まってんだろ?」

「ああ、俺は2年のルアンとかいう人だ。ルースは?」

「俺か?俺はディナっていう女だ」

「嘘、ディナ先輩!?」

「マルシェ知ってるのか?」

「ジンくんまさかディナ先輩知らないの?」

「ああ」

 ディナ・スキュローンは2年生筆頭の女生徒だ。昨年、1年生ながら武闘祭でベスト4にまで残った逸材である。稀有な光法術師であり、さらに火、風法術を操る法術師である。剣技の方はからっきしで接近戦は弱いがその圧倒的な術の技量と火力に、対戦相手は接近することもできないのだそうだ。

「ふ、ふーん、面白そうじゃねえか」

 マルシェの説明を聞いてふてぶてしい態度を取っているルースではあるが、その手はわずかに震えている。それは武者震いからか、強敵に対する畏怖心からか。

「じゃあ、アルは誰とやるんだ?」

 ジンがアルに目を向けると、彼女はやる気のなさそうな顔を本から上げた。

「いや知らない」

「うぉい!なんで知らねえんだよ!」

 声がでかいルースの言葉にアルは顔をしかめる。そもそも二回戦を突破したこと自体、彼女にとっては奇跡に等しいのだ。これ以上疲れることはしたくない。明日は余程のことがない限り、棄権するつもりだ。もうマルシェに何を言われてもこの決意を変えるつもりはない。

「ま、まあとりあえず今日は解散だな。3人は明日に向けてしっかり休んでくれ」

「ああ」「おう」「うい」

 レーベンの言葉にジン、ルース、アルは頷いた。

~~~~~~~~~

 下校の準備が整い、まさに帰ろうとしていると教室の入り口に見慣れた銀髪の少女が立っていた。

「あ、シオンくんだ!」

 目ざとく見つけたマルシェが彼女に駆け寄ると抱きついた、というより腹部にタックルを敢行した。

「げふっ」

 なかなか良いところに入ったのか、少女らしからぬ声を上げた彼女に気がついた様子もなく、マルシェはきつく抱きしめる。

「マ、マルシェ、痛い、ちょっと放して!」

「えー」

 シオンの言葉に渋々と離れた彼女の横までジンが歩み寄る。

「どうしたんだ?」

 とりあえず不満そうな顔を浮かべているマルシェを無視して話を始める。だが妙に彼女は口ごもり何度も何かを言おうと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す。ジンはそんな彼女を訝しげに眺める。

「だからどうしたんだよ?」

 もう一度聞かれたことでようやく意を決したのか、一度深呼吸するとジンを上目遣いに見上げてきた。

「あ、うん。あのさ、えっと明日だけど絶対負けるなよ」

「はぁ?」

「だ、だから、絶対に負けるなよって言ってるんだ!それだけ、じゃあね!」

 顔を赤らめながらジンに真剣な眼差しを向けると、シオンは言うだけ言って走り去った。

「なんだったんだ?」

 何がしたくてわざわざEクラスまで訪ねてきたのか、意図が分からない。

「はぁ、まあジンくんはそうだよね」

「そうね、そういうところよね」

 気怠げに本を読んでいたはずのアルがいつのまにかマルシェとヒソヒソと話している。ただ声が妙に大きいので全て丸聞こえなのだが。

「なんだよそういうところって?」

「別にー、ね?」

「ねー」

 よく分からないが二人は真面目に答える気がないようだ。少しため息を吐くともう一度黒板に貼られたトーナメントを眺める。シオンの次なる対戦相手は……。その名前を確認して思う。

『何もなければいいけどな』

 未だ未知数のカイウスが一体どれほどの実力者なのか、只只それが気になった。彼のことを考えているジンは、自分が武者震いしていることに気がつかなかった。

『強いやつと戦ってみたい』

 そんな思いが彼の心の片隅で密かに燃え始めたことにジンはまだ認識していなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...