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第5章:ファレス武闘祭
ルースとアルの一回戦
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第5ブロックではまさに第1試合目が白熱の試合を繰り広げられてい……なかった。
「くそっ、卑怯だろ!」
「いや、ルール上問題ない」
審判の言葉にルースは舌打ちをする。彼の目の前には『岩人形』という土法術で形成された3体のゴーレムが佇立ちふさがっていた。その背後にはニヤニヤと笑いながら隠れるようにルースを覗き見ている、術者のマールス・フラギリスが居た。
「うおっ」
一体のゴーレムが拳を振りかぶってルースに攻撃をしてくる。彼はそれを後ろに下がることで躱す。外れた攻撃はそのまま地面に突き刺さった。大きさはそれほどではない。せいぜいルースと同じぐらいだ。だがリングに突き立った拳の威力は想像したくもない。
「ちっ」
ルースは再び舌打ちをする。あれらを攻撃するための武器を自分は所持していない。残念ながら今回持ってきたのはただの長剣だ。あんなものに攻撃してはすぐに刃がかけてしまうだろう。
「グフフ、お、お前に僕の可愛いゴーレムちゃんたちを倒すことができるかな?」
その上彼の神経を逆撫でるかのように、気持ちの悪い笑い方で先ほどからマールスが野次を飛ばしてくるのだ。ルースは声のする方を睨む。そこには灰色の前髪で目を隠した痩せぎすの男が立っていた。根暗そうな外見通り戦術も陰険だ。術で作ったゴーレムの背後に隠れ、ルースが攻撃を掻い潜って接近するたびに、彼の足元へ岩棘を作り出すのだ。おかげで近寄ることもできない。
「グフフ、お、お前Eクラスのく、くせに生意気なんだよ!」
「ああ?」
ドスの効いたルースの声に一瞬びくりと反応するも現状を思い出したのか、直ぐに強気の態度に戻る。
「グヘヘ、こ、怖い声出したって無駄だぜ。お、お前は僕に近づけないまま終わるんだ」
その腹立たしい顔を思いっきり殴りたいが相手の言う通り、今ルースにできるのは回避に専念することだけだ。3体ものゴーレムの攻撃を避け続けて既に10分経過した。力は強いが動きが遅いためなんとか交わし続けることができる。しかしそれもそろそろ限界だ。攻撃が出来ず、致死的な攻撃から回避し続け、煽られ続けることで彼の精神と肉体に疲労が溜まっていく。
「グフフ、ざ、雑魚は雑魚らしくさっさと負けちまえ」
その言葉についにルースは彼のイライラは限界値を超えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
獣のような吠え声をあげると右手を前に突き出した。
「もういい、もうぶっ殺す!」
岩人形が接近してくるのも無視して手のひらに炎を集中させる。どうせお互い死にはしないのだ。それならば後は根性で勝負だ。
「ひっ、な、何をする気だ!」
その怯えた声にニタリと笑うとルースは叫んだ。
「死ねやクソ野郎!『業火炎』!」
青白い炎が猛烈な勢いで右手から放たれる。その炎は岩人形の攻撃が彼の腹部に当たった瞬間にゴーレムたちを包み込み、消し炭にした。その勢いのままマールスにも延焼した。
「グヘ?グエエエエ!!」
炎の熱に悲鳴を挙げる彼の目には、腹部を殴られ吹き飛ばされ、悶絶しているルースが入ってきた。だがそこでマールスの意識は完全に途切れた。
ルースの秘策『業火炎』は彼がまだ完全に火法術をコントロールできていないために自身にも被害が及ぶ場合がある諸刃の剣である。しかしその威力は絶大で人に向ければ先ほどのゴーレムのように一瞬にして灰燼にきしてしまう危険極まりない術だ。力押しの彼にぴったりの術とも言えるのだが。
両者リング上で倒れこみ、ルースは意識があるが殴られた腹部を押さえて転げ回っており、マールスに至っては完全に気絶している。
「……くっ、勝者ルース・ラント!」
顔をしかめて笑いを噛み殺している審判の宣言を受けて、未だに腹を殴られて蹲っている彼が弱々しく顔を上げて右拳を上に伸ばした。
「ぶはっ、あははははははは!」
「あはははははは!」
マルシェに連れられて、暇つぶしに試合を観戦していたアルが大爆笑しながら指を差す。それに釣られてマルシェも笑い出した。ルースはそんな二人を恨めしい目で見つめていた。
~~~~~~~~~~~
「悪かったって、いい加減機嫌直せよ女々しいなぁ。ぶふっ!」
「お前全然反省してねえだろ!いつつ……」
アルの笑いながらの謝罪に、未だ腹部を押さえているルースが怒鳴る。
「もぉ、動かないでじっとして。まだ治ってないんだから。クスッ」
マルシェはそんな彼を治療してはいるものの、先ほどの姿を思い出して思わず笑ってしまう。
「お前もかよ!」
「あ、そろそろジンの試合じゃない?」
「話そらすなよ!」
文句を言うルースを無視してアルがマルシェに言う。
「あー、そうかも。どうしよう、ルース私もう行っていいかな?」
「ちょっ」
治療も終わっていないというのに、まさか放置されるのかと驚くがマルシェはそんな彼の反応を見て舌をチロリと出す。
「うそうそ、さすがに私もこの状態のあんたをほっぽって行ったりはしないわよ」
「マ、マルシェ…」
その言葉にルースは少し感動する。他意はないとはいえ自分のことを優先してくれたのだから。
「ま、次の試合までにしっかり治しなさいよ」
そんな幼馴染に苦笑しながら腹部をバシッと叩いた。
「ひぎぃ!」
「あ、ごめ、わざとではない」
「ル、ルース大丈夫?」
「だ、大丈夫ではない。ア、アル後でぶん殴ってやる」
「わぁ、こわーい」
バカにしたような彼女の態度に舌打ちしながらルースは回復するために目を閉じて気絶するように眠りについた。
~~~~~~~~~~
「あ、そろそろアルるんの番だよ!」
「ん?あ、そうですか」
マルシェに言われて目を落としていた本をパタンと閉じると丁度一つ前の試合が大詰めを迎えているところだった。
「ほらほら早く準備しなきゃ!」
「えぇ、めんどい」
「そんなこと言わないの、ほら立って!」
「ねえ、棄権させてよぉ」
「だーめ、1試合は出るって約束したでしょ」
愚図愚図しているアルを無理やり立たせると、寝ているルースを放置してグイグイリングまで押していく。
「あぁ、やる気でないよぉ」
「ほらほらもう名前呼ばれてるから、リングまで自分で上がって。もし勝ったらこの前欲しいって言ってた外国の本うちで輸入しといてあげるから」
「え、マジで?」
ノロノロとリングに上っていたアルの目の色が変わる、そういえばマルシェは有名な商家の一人娘のはずだ。こんなところを見落としていたのかとアルは後悔する。もっと前に彼女に頼んでおけばわざわざ戦わずに棄権できたのに。お目当の本は国外の古書であるため、学校の図書館にすら置かれていない。そのため手に入れるにはマルシェにお願いするしかないだろう。
「はあ、しょうがないな」
大きくため息をついてリングの中央に立つと目の前には生意気そうな少年が待ち構えていた。
「気のせいかもしれませんが僕に勝つ気ですか?失礼ですが、先輩はEクラスの方ですよね?」
「……君は本当に失礼だね。でもまあ、そのつもりだよ」
やる気のなさそうな目に獰猛な光が宿ったことに、目の前の少年、ジェニ・ハーヴェは気づいていなかった。
「それでは試合開始!」
審判の掛け声とともに少年は叫ぶ。
「先手はもらいますよ『水槍』!」
5つの水の槍が空中に現れ射出された。
「せっかちだねえ」
アルは接近してくるそれを前に頭をボリボリと掻いてから地面を爪先で二度、トントンと叩いた。その瞬間リングに岩の壁が出現し水槍を防いだ。
「なに!?」
ジェニはその光景に驚く。彼女は術の名前すら発しなかった。つまり彼女は名前を発さずとも術を発動できるということだ。彼の中での彼女への警戒度が一気に上昇する。
当然のことだ。術者同士が対峙する場合、両者にとって技名とは非常に重要なものだ。発動者側は言葉にすることでより明確なイメージを瞬時に作り出すことができる。却って、受け手側はその術の名前から連想できる情報を元に、それに対応するためのカウンター技を自分の引き出しから選択できるのだ。
しかし目の前の少女はその彼にとっての常識の外にいる。もし仮に彼女が全ての術を無詠唱で発動することができるとするなら、彼はこの試合全てにおいて後手に回らざるを得なくなる。
「か、『かま…』!」
「遅いよ」
慌てた彼は広範囲風法術『かまいたち』を発動しようとする。だが言い終える前にパチンという指を鳴らしたような音とともに彼の目の前は真っ暗になった。
彼女が発動したのは闇法術の『暗闇』という術だ。ただ視界を奪うだけの術だがアルの行動が読めず、強く警戒していたていた彼には効果的だった。
「ど、どこだ!僕に何をした!」
体を回し、どこから来るかわからない攻撃に怯えてパニックを起こし、やたらめったら剣を振り回す彼を眺めながら再度指をパチンと鳴らす。すると突然ジェニは糸の切れた傀儡人形のようにその場に倒れた。
「ほう、『暗失』か」
その光景を眺めていた審判が感心する。『暗失』は簡単に言ってしまえば意識を刈り取る術だ。恐慌状態に陥った人間を強制的に失神させることができる。
審判の言葉に頷くように軽く肩を動かした。その場から全く動かずの完勝である。
「勝者、アルトワール・アニック!」
審判がその宣言を言い終える前に、スタスタとリングから降りたアルにマルシェが抱きついて来る。
「すごいすごい!アルるんすごい!」
「わかった、わかったから離してマルシェ」
鬱陶しそうな顔をしながらもどことなく嬉しそうだ。そんな彼女たちに目を覚ましたばかりのルースが近づいてきた。どうやらもう腹痛は取れたようだ。
「おう、勝ったか」
「まあね」
「ルース、アルるんがこんなに強いって知ってたの?」
「まあ、一応幼馴染だからな。っていうより俺としてはこいつがなんでEクラスにいるのかの方が不思議なんだよ。お前入試で手ぇ抜いただろ」
「だって面倒じゃん」
その言葉にルースはため息を吐いた。マルシェはそんな二人を見て不思議そうな顔を浮かべている。だがルースは正直最初から真面目にやればアルが負けるわけがないと知っていた。
「こいつは土と、珍しい闇法術の使い手だ。武術も俺よりも少しだけ、すこーしだけ優れている。状況判断もめちゃくちゃ早いし、四六時中本ばっか読んでるから知識も結構ある。能力を十分に試験官に見せてりゃ最低でもBクラスは固いはずだぜ」
「ええ!?」
「まあ、いつもやる気ねえからな。しょうがないっちゃ、しょうがない」
ルースの言葉に少し照れているのかそっぽを向いて鼻頭をポリポリと掻いているアルにマルシェは驚愕の視線を向けた。
「くそっ、卑怯だろ!」
「いや、ルール上問題ない」
審判の言葉にルースは舌打ちをする。彼の目の前には『岩人形』という土法術で形成された3体のゴーレムが佇立ちふさがっていた。その背後にはニヤニヤと笑いながら隠れるようにルースを覗き見ている、術者のマールス・フラギリスが居た。
「うおっ」
一体のゴーレムが拳を振りかぶってルースに攻撃をしてくる。彼はそれを後ろに下がることで躱す。外れた攻撃はそのまま地面に突き刺さった。大きさはそれほどではない。せいぜいルースと同じぐらいだ。だがリングに突き立った拳の威力は想像したくもない。
「ちっ」
ルースは再び舌打ちをする。あれらを攻撃するための武器を自分は所持していない。残念ながら今回持ってきたのはただの長剣だ。あんなものに攻撃してはすぐに刃がかけてしまうだろう。
「グフフ、お、お前に僕の可愛いゴーレムちゃんたちを倒すことができるかな?」
その上彼の神経を逆撫でるかのように、気持ちの悪い笑い方で先ほどからマールスが野次を飛ばしてくるのだ。ルースは声のする方を睨む。そこには灰色の前髪で目を隠した痩せぎすの男が立っていた。根暗そうな外見通り戦術も陰険だ。術で作ったゴーレムの背後に隠れ、ルースが攻撃を掻い潜って接近するたびに、彼の足元へ岩棘を作り出すのだ。おかげで近寄ることもできない。
「グフフ、お、お前Eクラスのく、くせに生意気なんだよ!」
「ああ?」
ドスの効いたルースの声に一瞬びくりと反応するも現状を思い出したのか、直ぐに強気の態度に戻る。
「グヘヘ、こ、怖い声出したって無駄だぜ。お、お前は僕に近づけないまま終わるんだ」
その腹立たしい顔を思いっきり殴りたいが相手の言う通り、今ルースにできるのは回避に専念することだけだ。3体ものゴーレムの攻撃を避け続けて既に10分経過した。力は強いが動きが遅いためなんとか交わし続けることができる。しかしそれもそろそろ限界だ。攻撃が出来ず、致死的な攻撃から回避し続け、煽られ続けることで彼の精神と肉体に疲労が溜まっていく。
「グフフ、ざ、雑魚は雑魚らしくさっさと負けちまえ」
その言葉についにルースは彼のイライラは限界値を超えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
獣のような吠え声をあげると右手を前に突き出した。
「もういい、もうぶっ殺す!」
岩人形が接近してくるのも無視して手のひらに炎を集中させる。どうせお互い死にはしないのだ。それならば後は根性で勝負だ。
「ひっ、な、何をする気だ!」
その怯えた声にニタリと笑うとルースは叫んだ。
「死ねやクソ野郎!『業火炎』!」
青白い炎が猛烈な勢いで右手から放たれる。その炎は岩人形の攻撃が彼の腹部に当たった瞬間にゴーレムたちを包み込み、消し炭にした。その勢いのままマールスにも延焼した。
「グヘ?グエエエエ!!」
炎の熱に悲鳴を挙げる彼の目には、腹部を殴られ吹き飛ばされ、悶絶しているルースが入ってきた。だがそこでマールスの意識は完全に途切れた。
ルースの秘策『業火炎』は彼がまだ完全に火法術をコントロールできていないために自身にも被害が及ぶ場合がある諸刃の剣である。しかしその威力は絶大で人に向ければ先ほどのゴーレムのように一瞬にして灰燼にきしてしまう危険極まりない術だ。力押しの彼にぴったりの術とも言えるのだが。
両者リング上で倒れこみ、ルースは意識があるが殴られた腹部を押さえて転げ回っており、マールスに至っては完全に気絶している。
「……くっ、勝者ルース・ラント!」
顔をしかめて笑いを噛み殺している審判の宣言を受けて、未だに腹を殴られて蹲っている彼が弱々しく顔を上げて右拳を上に伸ばした。
「ぶはっ、あははははははは!」
「あはははははは!」
マルシェに連れられて、暇つぶしに試合を観戦していたアルが大爆笑しながら指を差す。それに釣られてマルシェも笑い出した。ルースはそんな二人を恨めしい目で見つめていた。
~~~~~~~~~~~
「悪かったって、いい加減機嫌直せよ女々しいなぁ。ぶふっ!」
「お前全然反省してねえだろ!いつつ……」
アルの笑いながらの謝罪に、未だ腹部を押さえているルースが怒鳴る。
「もぉ、動かないでじっとして。まだ治ってないんだから。クスッ」
マルシェはそんな彼を治療してはいるものの、先ほどの姿を思い出して思わず笑ってしまう。
「お前もかよ!」
「あ、そろそろジンの試合じゃない?」
「話そらすなよ!」
文句を言うルースを無視してアルがマルシェに言う。
「あー、そうかも。どうしよう、ルース私もう行っていいかな?」
「ちょっ」
治療も終わっていないというのに、まさか放置されるのかと驚くがマルシェはそんな彼の反応を見て舌をチロリと出す。
「うそうそ、さすがに私もこの状態のあんたをほっぽって行ったりはしないわよ」
「マ、マルシェ…」
その言葉にルースは少し感動する。他意はないとはいえ自分のことを優先してくれたのだから。
「ま、次の試合までにしっかり治しなさいよ」
そんな幼馴染に苦笑しながら腹部をバシッと叩いた。
「ひぎぃ!」
「あ、ごめ、わざとではない」
「ル、ルース大丈夫?」
「だ、大丈夫ではない。ア、アル後でぶん殴ってやる」
「わぁ、こわーい」
バカにしたような彼女の態度に舌打ちしながらルースは回復するために目を閉じて気絶するように眠りについた。
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「あ、そろそろアルるんの番だよ!」
「ん?あ、そうですか」
マルシェに言われて目を落としていた本をパタンと閉じると丁度一つ前の試合が大詰めを迎えているところだった。
「ほらほら早く準備しなきゃ!」
「えぇ、めんどい」
「そんなこと言わないの、ほら立って!」
「ねえ、棄権させてよぉ」
「だーめ、1試合は出るって約束したでしょ」
愚図愚図しているアルを無理やり立たせると、寝ているルースを放置してグイグイリングまで押していく。
「あぁ、やる気でないよぉ」
「ほらほらもう名前呼ばれてるから、リングまで自分で上がって。もし勝ったらこの前欲しいって言ってた外国の本うちで輸入しといてあげるから」
「え、マジで?」
ノロノロとリングに上っていたアルの目の色が変わる、そういえばマルシェは有名な商家の一人娘のはずだ。こんなところを見落としていたのかとアルは後悔する。もっと前に彼女に頼んでおけばわざわざ戦わずに棄権できたのに。お目当の本は国外の古書であるため、学校の図書館にすら置かれていない。そのため手に入れるにはマルシェにお願いするしかないだろう。
「はあ、しょうがないな」
大きくため息をついてリングの中央に立つと目の前には生意気そうな少年が待ち構えていた。
「気のせいかもしれませんが僕に勝つ気ですか?失礼ですが、先輩はEクラスの方ですよね?」
「……君は本当に失礼だね。でもまあ、そのつもりだよ」
やる気のなさそうな目に獰猛な光が宿ったことに、目の前の少年、ジェニ・ハーヴェは気づいていなかった。
「それでは試合開始!」
審判の掛け声とともに少年は叫ぶ。
「先手はもらいますよ『水槍』!」
5つの水の槍が空中に現れ射出された。
「せっかちだねえ」
アルは接近してくるそれを前に頭をボリボリと掻いてから地面を爪先で二度、トントンと叩いた。その瞬間リングに岩の壁が出現し水槍を防いだ。
「なに!?」
ジェニはその光景に驚く。彼女は術の名前すら発しなかった。つまり彼女は名前を発さずとも術を発動できるということだ。彼の中での彼女への警戒度が一気に上昇する。
当然のことだ。術者同士が対峙する場合、両者にとって技名とは非常に重要なものだ。発動者側は言葉にすることでより明確なイメージを瞬時に作り出すことができる。却って、受け手側はその術の名前から連想できる情報を元に、それに対応するためのカウンター技を自分の引き出しから選択できるのだ。
しかし目の前の少女はその彼にとっての常識の外にいる。もし仮に彼女が全ての術を無詠唱で発動することができるとするなら、彼はこの試合全てにおいて後手に回らざるを得なくなる。
「か、『かま…』!」
「遅いよ」
慌てた彼は広範囲風法術『かまいたち』を発動しようとする。だが言い終える前にパチンという指を鳴らしたような音とともに彼の目の前は真っ暗になった。
彼女が発動したのは闇法術の『暗闇』という術だ。ただ視界を奪うだけの術だがアルの行動が読めず、強く警戒していたていた彼には効果的だった。
「ど、どこだ!僕に何をした!」
体を回し、どこから来るかわからない攻撃に怯えてパニックを起こし、やたらめったら剣を振り回す彼を眺めながら再度指をパチンと鳴らす。すると突然ジェニは糸の切れた傀儡人形のようにその場に倒れた。
「ほう、『暗失』か」
その光景を眺めていた審判が感心する。『暗失』は簡単に言ってしまえば意識を刈り取る術だ。恐慌状態に陥った人間を強制的に失神させることができる。
審判の言葉に頷くように軽く肩を動かした。その場から全く動かずの完勝である。
「勝者、アルトワール・アニック!」
審判がその宣言を言い終える前に、スタスタとリングから降りたアルにマルシェが抱きついて来る。
「すごいすごい!アルるんすごい!」
「わかった、わかったから離してマルシェ」
鬱陶しそうな顔をしながらもどことなく嬉しそうだ。そんな彼女たちに目を覚ましたばかりのルースが近づいてきた。どうやらもう腹痛は取れたようだ。
「おう、勝ったか」
「まあね」
「ルース、アルるんがこんなに強いって知ってたの?」
「まあ、一応幼馴染だからな。っていうより俺としてはこいつがなんでEクラスにいるのかの方が不思議なんだよ。お前入試で手ぇ抜いただろ」
「だって面倒じゃん」
その言葉にルースはため息を吐いた。マルシェはそんな二人を見て不思議そうな顔を浮かべている。だがルースは正直最初から真面目にやればアルが負けるわけがないと知っていた。
「こいつは土と、珍しい闇法術の使い手だ。武術も俺よりも少しだけ、すこーしだけ優れている。状況判断もめちゃくちゃ早いし、四六時中本ばっか読んでるから知識も結構ある。能力を十分に試験官に見せてりゃ最低でもBクラスは固いはずだぜ」
「ええ!?」
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