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第5章:ファレス武闘祭

ジンvsアスラン3 肉弾戦

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 金属と金属がぶつかり合い、片方の剣の折れる音が響き渡った。もう何度目になるかわからない攻防は、あっけなく終わった。

 アスランとジンは荒い息を吐きながら睨み合う。ふっ、と体から力を抜いてアスランが困ったような笑顔をジンに向ける。ジンはアスランに剣を向けつつ話かけた。

「はあ、はあ、どうしたんですか?」

「まじいな、次の試合用の替えの武器用意してないんだよ。この後の試合どうすっかな」

 この大会では一本だけ何かがあった時のために、代替武器を登録することができる。だがそれは同時に登録外の武器は使うことができないということも意味している。

「流石にそれは舐めすぎじゃないですか? 別に今からでも術使ってもいいっすよ?」

 実際の話、アスランなら法術さえ使えば、体術のみでも優勝は難くない。シオンにだって容易く勝てるのではないかと思えるほど、実力もまだまだ秘めている。もちろん全てはジンに勝ってからの話ではあるのだが。

「いやぁ、ここで使わねえって言ったもん使ったら、流石に恥ずかしすぎるだろ俺。でも棄権する気はねえよ」

 アスランとしても『武器が破壊されたから負けた』なんてくだらない理由でこの勝負を終わりにするのは不本意だ。そんなことで勝負を降りるつもりなどさらさらない。その言葉を聞いたジンはしばしば逡巡すると、持っていた一対の短剣を場外に投げ捨てた。それを見てアスランはすぐに彼の意図に気がつき破顔し、同じように使い物にならなくなった武器を場外に放り投げた。

「お前、本っ当に最高だよ」

「そう言う先輩もですよ」

「ははは、そんじゃあ」

「ええ、それじゃあ」



「「殴り合いだ!」」



 彼らは一気に近寄る。ジンが蹴りを放つとアスランはそれを腕で受けて、そのまま蹴り返す。それを容易く躱すとジンは右拳をアスランの腹に叩き込む。

「ぐっ、うおおお!」

 お返しとばかりに隙ができたジンの顔を殴りつける。

「がっ、はあああ!」

 殴られた勢いで顔を吹き飛ばされながら、素早くジンはその拳を掴むと思いっきり引き寄せて頭突きをする。だがアスランは引っ張られた時点でそれを読んでいた。彼も同時に頭を振りかぶる。

 ドゴッという骨のぶつかる音が周囲に響き渡る。観客はその痛みを想像して思わず顔をしかめる。だが両者はそんなものは感じていないかのように再び飛びかかった。ジンの膝蹴りをアスランも膝で迎撃する。アスランの拳をジンが受け止める。

~~~~~~~~~~~~~~

【こ、これはどういうことでしょうか……、突如武器を手放したかと思ったら殴り合いを始めました……。しかし、なんと言いましょうか。この清々しいほどの暴力! これは……喧嘩、そう喧嘩だ! 男と男の根性比べだああああ!】

 リングの中央で突如始められたその殴り合いに観客の興奮は最高潮にまで達していた。法術や武器を用いない、原初的な野蛮さが内包する美しさ、熱気に彼らは包まれていた。一部の女性たちが悲鳴をあげてジンに怨嗟の言葉を吐き捨てる。それにドン引きしつつも男たちが興奮のあまり吠え声をあげた。

「ちょっと、ジンくんやめて、やめてってば、やめ、やめろおおおお!」

「お、おお落ち着け、落ち着けってマルシェグエッ」

「マ、マルシェ危ない!」

「あらまあ」

 興奮のあまり落ち着けようと近寄ったルースの胸ぐらを掴みあげ、どこにそんな力があるのかわからないほどの強さでルースを持ち上げてブンブンと振り回す。たまらずアルトワールとテレサがマルシェを取り押さえようと立ち上がった。その瞬間、アスランの顔にジンの拳が突き刺さり、発狂したような悲鳴を上げる。そしてマルシェの拳がルースの腹部に深くめり込んだ。

~~~~~~~~~~~

「はああああ!」

 ジンの右拳が下から掬い上がり顎を撃ち抜かんとする。それをアスラン後転して回避する。ジンはそれを見てすぐさま追撃とばかりに駆け寄って蹴りつけようとする。アスランはそれを紙一重で避けると、思いっきり地面を蹴ってジンの足にタックルを敢行する。見事に決まったその攻撃によってジンは地面に倒れる。すぐさまアスランはマウントを取ると何度も何度もジンの顔を殴りつけようとした。

「らあああああ!」

「ぐっ」

 ジンも必死になって両手で顔を防ごうとする。だがアスランはそんなことはお構いなく拳を振りおろす。強化された拳はいくら防御力をあげているとしても体の底に響いてくる。たまらずジンは体を必死に動かしてアスランから逃れようとする。

「させるかよ!」

 しかしそんなことを許すアスランでは無い。しっかりと重心が取った体勢では容易に外すこともできないだろう。通常なら簡単には外せはしない、通常ならば。だがこんな状況での解決策はかつてウィルに何度も叩き込まれている。ジンはそれを思い出して一気にアスランの拘束から逃れた。

「はあっ、はあっ、はあっ、やるじゃねえか」

「はあっ、はあっ、はあっ、どうも」

 お互いに荒い息をつく。だがダメージ的にはジンの方が深刻だ。両腕で防いだおかげで、脳へのダメージはそれほどでも無いが、防いでいた腕が腫れ上がっている。確実にヒビが入っているだろう。対してアスランにはまだ余裕が見られる。ジンは口にたまっていた血の塊を吐きつけると、キッとアスランを睨みつけた。

「まだまだやる気は十分みたいだな」

「当然」

 ジンとアスランは歩み寄ると思いっきり踏み込んだ。両者の拳が互いの顔面に打ち込まれる。どうやら一撃の重さはジンが優っているらしい。アスランの体がよろける。その隙にジンは腹部に思い切り膝をたたき込むと、前のめりになったアスランの首筋を掴んで再度膝蹴りを、今度は顔面に放つ。

「うらあああああ!」

 何度も繰り返される膝蹴りにアスランもたまらず、タイミングを合わせて片手を自分の首を抑えるジンの右腕に這わせ、思いっきり握りつぶそうと力を入れる。

「つっ!」

 痛みに思わず拘束が緩むと、すかさずアスランは逃れた。その追撃にとすぐさまジンは前蹴りを放つ。それをあえて前に飛び込むことで回避したアスランは、またしても素早く軸足を掴まえて引き倒そうとする。だがジンはそれにとっさに反応し、軸足に力を込めて前に飛ぶ。なんとか躱すと、そのまま背後からその隙だらけの背中に拳を繰り出す。しかしアスランはそれを読んでいた。

 当然のようにその攻撃を避けると、ジンの拳はそのまま地面に突き刺さった。ドゴッという音が周囲に響き渡り、石畳が割れて隆起する。今度はお返しとばかりにアスランがジンの顔面へと蹴りを放つ。ジンはそれを避けきることができずに直接食らった。

 その攻撃に流石のジンもよろける。アスランは好機と見て、返す足でジンの顔を蹴ろうとする。だがジンはなんとかその足をギリギリのところで躱すと、飛びついてアスランを引き倒し、そのまま右腕の関節を決める。

「うがっ」

 あまりの痛みにアスランが小さくうめき声をあげる。ガッチリと腕の関節を締め上げられ、必死に振りほどこうとするもミキミキと嫌な音が聞こえてくる。
「先輩、降参しないとこのまま肘ぶっ壊しますよ!」

 ジンは徐々に圧を掛けていく。このまま少し力を加えれば、簡単にアスランの肘は壊れるだろう。

「ぐっ、ふっざけんな!」

 その言葉を聞いて、ジンは深呼吸すると一気に力を込めようとして、鋭い痛みが走る。

「っ、なに!」

 患部を見ると、アスランの指が深々と自分のふくらはぎに指が深々と突き刺さっている。

「は、はは、お前が俺の腕を折れば、その瞬間に俺はお前のふくらはぎをむしり取ってやるよ!」

「ち!」

 腕を折っても、足が動かなくなるのは、あまりにも被害が大きすぎる。機動力がなくなれば、片腕の相手とはいえ負ける可能性は一気に高くなるだろう。ジンは仕方なくアスランの腕を放す。アスランもそれを見てジンのふくらはぎから指を引き抜いた。両者は一旦距離をとって体勢を整える。

「先輩、陰湿すぎません?」

「バーカ、俺は負けず嫌いなんだ。勝てればいいんだよ、勝てれば。お前だってそうだろ?」

 アスランの子供っぽい言葉に一瞬目を丸くするが、思わず吹き出した。

「ぷっ、あはははは! た、確かにそうですね。俺もそう思います」

「はははは! だろ? それじゃあ、行くぜ!」

「はい!」

 アスランがジンに殴りかかり、ジンは彼に蹴りを放った。再び凄絶な殴り合いが始まった。

~~~~~~~~~~~~

「お、おい、もう30分以上殴り合ってるぜ」

「ああ、なんなんだあの一年」

 観客は驚愕する。なにせただの一年がアスランと渡り合っているのだ。このような試合になるとはシオン一人を除いて誰も思いもよらなかったのだ。そんな彼らの声がシオンの耳元に届いてくる。

「やっぱり。あんなに強いんじゃん」

 控え室を抜けて、入場口から試合を眺めていたシオンはジンとアスランの試合を見てぼそりと呟いた。自分でも見たことがないジンの楽しそうな『喧嘩』。彼のあんな顔は今まで知らなかった。その顔を自分に向けずに、アスランに向けていることを理解して少し胸が痛んだ。
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