World End

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第6章:ギルド編

オーガの正体

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「ちっ、『暗闇』か!」

 ハンゾーの声が聞こえてくるが、どこにいるのかわからない。ジンも内心舌打ちをしながら相手の攻撃に備える。突然横手から金属と金属がぶつかり合う音が響いた。

「ぬるいわ!」

 ハンゾーには見えているのか、音から察するに相手の攻撃を上手く捌いているようだ。

「クロウ!」

「はい!」

 その声が聞こえた瞬間、ジンの体がものすごい力に引っ張られた。

「なっ!?」

「慌てるな!」

 どうやらクロウがジンを掴んでいるようだ。そのまま先ほどの場所から少し距離をとったらしい。

「姫様!」

「待って、今治すから!」

 ミーシャの声が頭上から聞こえてくる。次の瞬間目の前を覆っていた黒い靄が晴れた。目の前にはミーシャとクロウの姿があった。

「今のは?」

 『暗闇』を容易く解除できるのは光法術でも高度な術である『全癒』しかない。それをまだジンと同じぐらいの少女が扱えるという事実にジンは驚いた。だがそのことに気を取られそうになる前に、又しても金属がぶつかり合う甲高い音が彼の耳に届いた。音の方を見るとハンゾーが目を瞑りながら相手の攻撃を躱し、弾き、反撃している。おそらく援護射撃をしようと試みているのだろう。雌オーガがしきりに術を発動しようとするも、ハンゾーは果敢に雄オーガに詰め寄り、その隙を与えない。

「あれ、目が見えていないんだよな?」

 予想外の光景にジンは瞠目する。だがミーシャもクロウも然して驚いている様子はない。

「まあ、伊達に剣聖なんて呼ばれないわよ」

「暗闇の中での戦闘は俺たちの流派では当然のように訓練しているからな。まあそんなことより、そろそろお師匠様の手伝いをしないとな。ジン、俺はあの雌オーガに仕掛ける。その間にお師匠様と代わって、もう片方のやつに仕掛けてくれ。流石のお師匠様でも長時間目が見えない状態で戦うのは辛いはずだ」

「わかった」

 クロウの言葉に頷く。それを満足そうに確認したクロウは一歩踏み出すと、突進するために大楯を片手で構えて、走り出した。

「行くぞ!」

 その声と同時にジンも動き出した。

~~~~~~~~~~~~

 なぜ目の前の小柄な老人がこうも見事に自分の攻撃を躱し続けるのか。オーガには理解できなかった。相方によって目は完全に塞がれているはずだ。事実、彼は目を完全に閉じている。それがわかっているのに、一向に自分の攻撃が相手に届かない。むしろ徐々にではあるが老人の攻撃が当たり出してきた。幸いなことに体格差と頑健さのおかげで大したダメージはない。

 だがその攻撃も増えてくれば話は別だ。イラつきが増し、それと比例して肉体へのダメージが蓄積していく。

『なぜだ。なぜ届かない!』

 どんどん自分の攻撃が雑になっていくことを理解しながらも、強引に武器を振り回す。しかしそうすればそうするほど老人は的確に回避し、襲いかかってきた。まるで大人と子供の戦闘だ。それほどに実力差があることを理解し、歯噛みする。強引に振り回した剣を老人が中心から切断した。くるくると切れた刀身が宙を舞い、遠くへ飛んで行った。目で一瞬追いかけるも、すぐさま迫ってくる老人に意識を切り替えようとした。

 しかしその前に突如、遠くにいる少女の悲鳴のようなものが聞こえた。どうやら飛んでいった剣が運悪く、否、運良く少女の側に落ちたらしい。すると予想通りと言うべきか、一瞬老人の気がそちらに流れた。それを見逃すほど彼は甘くない。折れた剣をパッと手離し、左足を深く踏み込むと強烈な一撃を老人の腹部へと叩き込んだ。咄嗟に老人は防御したらしい。剣が自分の拳にめり込んだ。だがその痛みを無視して、思いっきり振り抜いた。拳にくる感触から、彼の攻撃は確実に老人の内臓を破壊したはずだ。

 老人はまるでボールのように地面に転がると、木にぶつかって動かなくなった。

「じい!」

 少女の悲痛な叫びが聞こえる。だがその声に老人は反応しない。わずかに体をピクピクと動かしているだけだ。致命傷であることは確実だ。少女が彼に駆け寄っていく姿を視界の端に入れながら、目の前に接近してきた、既視感のある少年に向かって警戒を強める。

『もしこの男が、あいつなら!』

 そんな考えが刹那のうちに頭によぎる。あいつとは一体誰なのか。彼にはわからない。だが一気に憎しみの心が彼を蝕む。

 なぜ目の前の少年が生きているのか。なぜ自分はこんな醜い姿なのか。なぜあんな痛みを知らなければならなかったのか。なぜこの高貴な自分があんな恐怖を味わわなければならなかったのか。なぜこの少年ではなく、選ばれた人間であるはずの自分がこんな目に合わなければならなかったのか。そんな怒りが彼を包み込んだ。

『憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い!』

 オーガは拳を大きく振りかぶって、少年に殴りかかった。

~~~~~~~~~~~~~

 ハンゾーが一瞬の隙を突かれて思いっきり殴り飛ばされた。それを目視しながらも、ジンは走るのを止めない。ここで相手に時間を与えれば、それだけ自分たちが不利になるからだ。少なくともミーシャがハンゾーを治療する時間を稼がなければならない。クロウも同様の考えなのか、雌オーガに果敢に立ち向かい、ミーシャに攻撃が行かないように抑え込んでいる。

 ミーシャが何度もじい、じい、と泣きそうな声で名前を呼んで治療を開始した。ジンは目の前の相手に集中する。少しでも動きを見落とすことはできない。自分よりも遥かに技量が上であるはずのハンゾーが、不意を突かれたとはいえ、たった一撃で瀕死の重傷を負ったのだ。油断すれば自分もそうなるだろうと彼は理解していた。

「はあああああ!」

 相手の気を引こうと、気迫の篭った声を張り上げる。だが彼の意に反して、目の前のオーガは既にジンへと意識を切り替えていた。怯むことなく、大振りな一撃をジンに向けて放ってきた。流石にそんな雑な攻撃を喰らうほど、彼は間抜けではない。一瞬にしてそれを回避し、相手の懐に潜り込むと、手にしていた短剣で大きく胸元を切り裂こうとした。だが唯一彼が想定していなかったのは、オーガのその強靭な筋肉が、彼の短剣が深く侵入するのを食い止めたことだ。

 なぜ圧倒的な実力を持ちながらもハンゾーが決定的な攻撃を浴びせられなかったのか。それは鋼のような筋肉で包まれたこのオーガの肉体が原因であった。それに気を取られてジンの動きが僅かに止まる。想定外の状況に思わず短剣を握りしめて引き抜こうとした。だがその判断は愚策と言わざるを得なかった。

 オーガは懐に潜り込んだジンを思いっきり抱きしめた。

「がっ、あああああああ」

 ジンの耳にはミキミキと自分の骨が軋む音が聞こえる。僅かにでも全身を包む闘気が緩めば、彼は確実にへし折られるだろう。あまりの痛みと圧迫感にジンは声を上げた。そんな彼の耳元でオーガが言葉を発した。初めは何を言っているか、濁った声な上に声が小さすぎるのとあまりの痛みで聞き取ることができなかった。しかし徐々にその言葉は大きくなり、それが怨嗟の言葉であることが分かった。

『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。殺してやる、殺してやるぞ! ジン・アカツキィィィィ!』

 オーガの言葉に、ジンの思考が一瞬停止する。痛みすらも忘れ、混乱する。なぜ自分の名前を知っているのか。自分の知り合いだというのか。だがこっちに来てからできた知り合いといえば、学園にいる彼らしかいない。最悪の想像が頭をよぎる。自分はまた大切な人達を失ったのではないか。彼らを巻き込みたくなくて、あの心地良い場所から断腸の思いで去ったのだ。だがそれが間違いだったのだろうか。

 その疑念に苛まれた彼は、それでもすぐさま自分の状況を思い出す。このままでは確実に死ぬ。しかし自分は彼らの安否を確認したい。だからこんなところで躓いている暇はない。無神術は本来ならば使いたくない。もしミーシャたちに見られたら、どうなるか分からない。だが今自分ができる限界までの無神術を用いた身体強化ではこの拘束から抜け出すことは、おそらく不可能だ。

 だから彼は決断した。その瞬間、黒い小さな球体が現れ、オーガの左腕を肩から奪い去った。

『——————————————!!!』

 オーガが悲鳴を上げて、思わずジンに込めていた力を緩めた。ジンはその隙を見逃さず、残っていた右腕の拘束を跳ね除けると、痛みに顔を歪めながら、オーガの胸からいつの間にか落ちていた短剣を即座に拾い上げ、ついでとばかりに足の腱を切りつけた。深くは入らなかったが、それでも相手の行動は制限できるはずだ。そして距離を取ると、オーガを見据えた。腕を失い、足の腱を切られたオーガは倒れこみ、あまりの痛みにのたうち回っている。

 だがその瞳にはより一層の憎悪を燃やし、ジンを睨みつけた。

「………お前は、お前は一体誰なんだ?」

 その質問をすることに恐怖しながらも、ジンはあらん限りの勇気を持って尋ねた。オーガは右腕で左肩を抑えながら叫んだ。

『俺は、俺はアイザック、アイザック・フォン・クルデリスだ!』

 咆哮のように吐き出した名前に、ジンは知り合いの名前ではないことに安堵しながらも、瞬時に頭を回転させる。その名はすぐに行き当たった。当然のことだ。あの事件の時に消えた同じ班のメンバーの一人なのだから。今目の前にいる魔物が自分が知っている存在だということに、ジンは驚愕した。
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