World End

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第6章:ギルド編

決戦前

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 ハンゾーとクロウが街に到着すると、既に戦闘準備が行われていた。街の中では住民が慌ただしく逃げる準備をしており、避難勧告も出されていることが容易に想像できた。それを見て二人はジンとミコトが説得に成功したことを知った。

「ジン様と姫様がどこにいるか探すぞ」

「了解しました」

 クロウを引き連れて、ハンゾーは取り敢えずギルドに向かう。おそらく職員に聞けば何かしらの情報を手に入れることができるはずだからだ。二人が建物の中に入ると、ギルド内は騒然としていた。ハンゾーはまっすぐに受付へと歩を進めた。

「昨日ここに魔人の情報を報告しにきた二人がいたと思うが、どこに行ったかわかるか?」

 その言葉にハンゾーの目の前にいる女性職員はしばらく待って欲しいというと奥へと引っ込んでいった。数分後、彼女は一人の男を引き連れて戻ってきた。いつも受付で無愛想な表情を浮かべている男だった。

「『カンナヅキ』のハンゾーとクロウだな。そいつらはこのギルドの近くにある『踊る子鹿亭』で休んでいる。宿屋の主人に聞いてみな。……ただその前に、あいつらの話以外にあんたの話も聞かせてくれないか?ジンの話ではあんたも戦いに参加したんだろ?」

 逸る気持ちを抑えながらも、ハンゾーは我慢して、何が起こったかをざっくりと説明した。男は真剣な表情でハンゾーの話とジンの話で齟齬がないかを確認しているかの様に話を聞き続けた。

 ようやく全て話し終えると、男は険しい顔を浮かべた。ジンの話とハンゾーの話に齟齬があることに気がついたからだ。それも最悪な形で。ジンの報告はあくまで彼の主観が多分に含まれていた。これは彼のせいではない。まだ若い彼にそこまでの説明能力を求めるのは酷だろう。想像通り、知識や経験に則ったハンゾーの客観的な説明により、男、モガルはおおよその敵の強大さが見えてきた。

 モガルの目の前にいる老人は年老いているとはいえ、確実にAランクの冒険者であり、その後ろに控えている大男も最低でもBランクだろう、と彼は推測する。そんなハンゾーが負傷していたとはいえ、碌に手も出せずに両腕を切り飛ばされたことを知り、モガルは頭の中で思い描いていた敵の情報を書き換えた。

「わかった。先ほど偵察に出ていた者からの連絡であんたらの情報の裏は取れた。それと、回復のスピードから見て、おそらく遅くても数時間後には行動を開始するということもわかっている。疲れているところ悪いが、あんたらも準備しておいてくれ」

「承知した。それでは失礼する」

 ハンゾーとクロウは頭を軽く下げると、足早にギルドを出て、モガルから聞いた宿に向かった。その後ろ姿を眺めながら、モガルは舌打ちする。彼は今後予想される甚大な被害を想像していた。

~~~~~~~~~~~

 コンコンとノックをするが、それに対しての返答を無視してハンゾーがドアを押し開けた。

「姫様、ジン様、ご無事か!?」

 しかし、目の前の光景にハンゾーの体は硬直した。続いて入ってきたクロウも驚きで目を見開き、言葉を失っている。

「じい、クロウ!お願い、手伝って!」

 いつもなら強引に部屋に入れば、ギャアギャア騒いでくるミコトは、そんなことにも気付かずに大量の汗を流しながら、必死にジンを治療していた。そのジンの姿はあまりにも惨たらしかった。身体中の至る所から血が流れ、顔色から彼がどんどん生気を失っていることが見て取れる。

 ミコトが一箇所の傷を防ぐと、ぶしゅっという音ともに今度は別の箇所が裂けて血が溢れ出した。ミコトの話によると、特に右肩から下が酷いらしい。治るかどうかすらわからないそうだ。このままでは死ぬ可能性が高い。

「原因はわからんのですか!」

「わかってたら治してるわよ!」

 ミコトの言葉にハンゾーは言葉に詰まった。おそらく原因はあの黒い『力』であることは容易く想像できる。しかし治癒系の術を持たない彼には、どうすれば良いかが分からなかった。それはクロウも同様だ。この場で唯一ジンを救うことが出来るのはミコトのみだ。

「姫様、俺たちは何をすれば良い?」

 切羽詰まった表情のハンゾーとは異なり、クロウは現状をすぐに理解し、ミコトに何をすべきか尋ねる。

「とりあえず清潔なタオルか何かで出血している箇所を圧迫して!」

「わかりました!ほらお師匠様も早く行きましょう」

 クロウは強引にハンゾーを立たせると、引きずりながら部屋から急いで出て行こうとした瞬間、ハンゾーはジンが持っている剣のことを思い出した。

「クロウ待て!姫様、ジン様の荷物はどこに!?」

 ミコトは一瞬ハンゾーの言葉に困惑するが、無言で床に転がっている荷物を指差した。ハンゾーはそれを見て早速ジンの腰に巻かれていたベルトから例の短剣を引き抜き、ジンの体にのせた。

「一体、何してるの?」

 その質問に答えることなく、彼は闘気をその短剣に送り始める。緑色の光がジンの体を包み込み、傷の回復速度が増した。

「よし!」

 目の前の光景にミコトは治癒の術を展開しながらも驚いて目を丸くした。

「どういうこと?何をしたのじい?」

「これはこの御方が持っておった治癒の力を込めた短剣です。闘気を込めると発動する物だそうです」

「よくわかんないけど、これならいけるはず!」

 そう言うとミコトはさらに術に集中した。精神力を削りながら、ようやく人の治療が完了したのは、それから一時間後のことだった。

~~~~~~~~~~~

「それにしてもお師匠様、先ほどから気になっていたのですが、なぜジンに突然敬称を使い始めたんですか」

 ひどく疲れていたため、治療後すぐに眠り込んだミコトを優しい目で眺めながら、クロウはふと思い出したかの様にハンゾーに尋ねた。思い返せば、魔人から逃れ、森を出たところで合流して以降、ハンゾーの言葉の端々に崇敬の念が込められていた。それがなぜなのかクロウは気になったのだ。

「なに、姫様の勘、いや予言も満更でもないということだ」

 ハンゾーが何を言っているのかを一瞬考えたクロウはその意図に気がつき、思わず身を乗り出して、声を大きくした。

「つ、つまり!」

「静かにせんか、この馬鹿もんが。しかしお主の考えている通りだ。この御方こそ、わしらの祖カムイ様が予言なされた選ばれし御方だ。そしてわしの予想が正しければ、アカリ様のご子息であらせられる」

「選ばれし御方というだけでなく、アカリ様の!?」

「だから煩いと言っておるだろうが」

「す、すみません」

 大きくなった声をなんとかクロウは抑える。

「しかし、それは確かなのでしょうか?」

「うむ。この目でしかと見た。あの『力』は法術でも闘気でもなく、神術でもない。確実に何か別のものだ。多分伝承に残っている『ラグナの権能』というものであろう。そして、一瞬だけだがあの力を解放する際に、ジン様の髪色が赤茶色から黒へと変化した」

 ハンゾーはその時のことを思い出す。おそらく『力』の発動により、髪の色を変化させていた術が一瞬ぶれたのだと彼は推測していた。

「まあそれだけではアカリ様のご子息であるという根拠としては乏しいかもしれんがな。だがジン様の首にかけてある指輪が何よりの証拠だ」

「指輪って、まさか!」

 またしても声が大きくなったクロウをハンゾーはジロリと睨む。その視線に怯んで、クロウは慌てて手で口を塞いだ。

「そうだ。その指輪は古来より姫巫女が誕生するたびに作られてきた物。それぞれの所有者ごとに紋様が異なり、ジン様が持つそれはアカリ様の物で間違いない」

 ハンゾーの言葉にクロウは身震いする。彼ら一族の長となる者がついに現れたのだ。それもかつて彼が憧れた女性の子供であるというおまけ付きだ。姿を消すまでの数年間でしかないが彼女は確かに彼が剣を捧げた存在だった。

「これから一体どうなるのでしょうか?」

 忠誠を誓った相手の子供に出会えたことは嬉しいが、伝説の存在が何をもたらすのか、伝承には何も記されていない。導くとは一体どういうことなのか、それがクロウは不安だった。

「わからん。しかし今はこの御方に出会うことができたことを喜ぼうではないか」

「そう……ですね」

 クロウはハンゾーの言葉に頷いた。だがまずはこの状況を打破しなければならない。逃げることも考えるが、おそらくあの魔人の狙いはジンであるとクロウとハンゾーは推測していた。つまりは迎撃するしかなく、それには多くの兵士や冒険者がいるこの街に留まる方が都合が良かった。そう考えた二人はしばし今後の作戦を話してから、体力を回復させるために休むことにした。

 それから5時間後、魔人の蹂躙が始まった。
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