World End

nao

文字の大きさ
233 / 273
第8章:王国決戦編

一縷の望み

しおりを挟む
 頬を伝う涙を見て、ジンは目を見張る。

【む? 何だこれは】

 レトはそっと自分の頬を伝う涙を拭う。わずかに濡れた自分の手を不思議そうに見る。だがジンの反応は違った。微かなその印が意味するのは。

「シオン。まだ、そこにいるのか……」

 ジンの心に活力が戻る。彼女の心がまだ法魔の中に残っているならば、救う手段がある。そうジンは信じていた。

「それなら、俺はお前を必ず助けてみせる!」

~~~~~~~~~~

 真っ白な空間で、ラグナが目の前にいるというお馴染みの光景が広がっていた。

『やあ、ジン君。久しぶりだね。元気にしていたかい?』

 いつものように軽い口調で話しかけてくるので腹が立つ。今はこいつと話している時間はない。それよりも早くシオンの所に……

『随分と焦っているみたいだけど、少し落ち着いて話そうよ』

「今そんなことしている暇はねえ!」

 思わず声が大きくなる。こいつはいつもそうだ。こっちの気なんか知らずに突然現れる。

『本当に良いのかい? 君が今最も欲している情報を教えてあげようと思ったんだけどな』

 その言葉に、俺は思わずラグナの顔を凝視する。

「どういうことだ?」

 俺の関心が引けたからか、ラグナはニコリと笑う。いつも見る表情なのに、俺はなぜか怖くなった。いや、不気味に思った。俺が焦っている状況を楽しんでいるように思えたからだ。

『君、今大切な人を救いたいと思っているだろう?』

 心の中を覗かれている事を理解する。さらに、俺の状況も知っているようだ。

「ああ。だから、何か知っているなら早く教えろ」

『教えてもらう身なのにその態度はいただけないけど、まあ、僕は優しい神様だからね。迷える僕の使徒に教えてあげよう』

 もったいぶった言い方をするラグナにイラつく。ラグナはそんな俺を見てひどく楽しそうだった。それがいっそう俺の神経を逆撫でる。

『簡単な事さ。彼女の意識を表層に浮かべてあげればいい』

 そんな事、俺だって分かっている。姉ちゃんと戦った時、最後の最後で姉ちゃんは元に戻ったからだ。

「だから、それをどうすれば良いか聞いているんだ!」

 俺は声を荒げる。

『確実な方法ではないんだけどね。運の要素が強いから。完全にレトの中の彼女が眠りについたなら、この方法は使えない。だけどまだ微睡の中にいるのなら、きっと救う事ができるはずさ』

「……俺は何をすればいい?」

『彼女の生への執着を刺激すれば良いんだ。今、彼女がレトに支配されている理由は彼女が強い絶望を感じ、生き続ける事を拒否しているからだ。だけど、それを反転させる事ができれば、彼女は強い意志でもってレトの精神を封じる事ができるだろう』

「……」

『レヴィを思い出してごらん。彼は龍魔と共生していたよね。あの状態を作れば良いんだ。そのためには強い自我が必要だ。未練と言えば良いかな。それを彼女に強く認識させてあげるんだ』

「そのために、俺はどうすべきなんだ?」

『おいおい、分かっているだろう? 御伽噺にもあるように、お姫様が目を覚ます手段なんて、古くからたった一つしかないって事をさ』

「それは……」

 ラグナはまたニコリと笑った。ゾッとするような綺麗な顔で。

『王子様が濃厚なキスを一発ぶちかませば良いのさ』

~~~~~~~~~~

 ジンは先程ラグナから聞いた言葉を思い出す。シオンの頬を伝う涙は、まだ彼女を救える可能性を示していた。彼女の心が残っていなければ、涙は出ないはずだ。

「行くぞ、シオン!」

 彼女をシオンと呼ぶ。それは彼に出来る意思表示だった。自分がシオンの事をレトと呼べば、それだけで彼女の心を閉ざすきっかけになってしまうだろうと考えたのだ。

【だから、あやつはもう我の心の中で眠っている。起きる事のない永遠の眠りについたのだ】

「俺は信じない。シオン、お前はそんな柔な女じゃない。そんな事、俺が一番知っている!」

 ジンはもう一度腕を治そうとする。今度は成功した。

「行くぞ!」

【良いだろう。遊んでやる】

 レトはイースを放置してジンに向き合った。ジンは一対の短剣を空中に作り出す。それを握りレトに向かって走る。

【ふざけているのか? 今更ただの突進が通じるわけないだろう】

 レトがつまらなそうに術の乗った言葉を発しようとする。しかしジンはそれを読んでいた。言葉を発し切る前に届かない距離を短剣を投げる事で埋める。

 1秒にも満たない速度で短剣はレトに接近する。レトは発しようとしていた言葉を止めて回避を選択する。だが回避先にも先手を打ってジンは無神術を発動していた。レトを束縛するための帯が彼女の体を絡め取ろうと伸びてくる。ジンには彼女を殺す意志はない。ただ少しだけ相手の隙を生むためにのみ術を使う。

【『解』】

 しかし、ジンが彼女に辿り着く前に、レトは言葉を発し終える。すぐさま術は発動し、彼女を縛っていた帯は力なく地面に落ちた。

「ちっ」

 ジンは舌打ちしつつも次の一手を考えるために高速で頭を巡らせる。

『チャンスは一瞬だ』

 心の中でそんな事を考える。それは簡単なようでいて、果てしなく不可能に近かった。それほどまでに二人の実力には壁がある。相手が全力を出せば、死を覚悟して全ての力を解放したとしても、届きすらしない。今こうして僅かばかりでもジンの攻撃が通用しているのは、レトがこの戦いを遊びとして捉えているからだった。

「はあああ!」

 ジンは裂帛の気合とともにレトに斬りかかる。この攻撃はあくまでもフェイントであり、これに意識を割いた瞬間に次手を放つ予定だった。

【『止』】

 だが体が麻痺したかのように、その場で硬直する。それも地面を蹴ったタイミングだったので若干宙に浮いている状態だ。瞬き一つ出来ない。呼吸をしようにも肺が止まる。心臓は脈動する事を拒否する。血液は循環をやめ、思考することすら出来ない。それなのに生きている。否、生きているという事実だけを残して、あらゆる事象が完全に停止しているのだ。

【本当に弱いな。この程度の術でさえ躱すことも抜け出すことも出来ぬとは。此度はフィリア様も随分と脆弱な存在を選んだものだ。いや、選んだのはラグナ様か】

 ボソリと呟いたレトの言葉はジンには届かない。仮に届いても、その意味を理解するための機能が停止しているため通じる事はない。

【さてと、もう一人いるのだろう? いつまで見ているつもりだ?】

 草陰に隠れているハンゾーに目を向ける。ハンゾーは覚悟を決めて歩き出す。本来ならばジンに続いて出るはずだったが、彼からいざという時のために待機するよう命令されたのだ。ジンが殺されそうになったら自らの身を差し出す覚悟だったが、彼の強い要望から自分の思いを押し殺し、指示に従っていたのだ。

【お前は……確かハンゾーと言ったか】

 記憶を脳髄から引き出すかのように、右手の人差し指をこめかみに当てながら答える。

【なんだ、お前一人か? いつも連れ立っている小僧と小娘はどうした?】

 その質問に、ハンゾーは答えずに剣を構える。敵わない事は理解している。しかし、それが主を放って逃げる理由にはならない。仕えるべき女性を一度失った彼にとって、その彼女が残した一粒種を見捨てる選択肢などなかった。そしてもう一人も。記憶の中にあるシオンとよく似た彼女を思い出す。一番手のかかった、そして一番可愛がった娘を。

「我が名はハンゾー・レンリ。我が主と孫娘を返してもらうぞ」

 シオンの母親であるツクヨの結婚する前の苗字はレンリといった。レンリ一族は古くからアカツキ家に仕える家臣であり、ツクヨはハンゾーの5人いる子供の内の末の娘だった。アカリとともに彼女が姿を消して以来、彼は彼女を勘当した。そのため、例えシオンがツクヨの娘だと分かった後でも、決して彼女を自分の孫と認める事はしなかった。

 しかし、事ここに至れば別である。大切な肉親と尽くすべき主を前にしたのならば、もう覚悟は決まっていた。ハンゾーの体から紅い気が立ち上る。闘気の最終形『紅気』。修行を始め数十年、彼はこの気をまだ習得出来てはいない。習得とは命を担保に使う必要がない状態を意味するため、この力自体は使おうと思えばハンゾーも使える。だがその反動は凄まじく、全力で戦えば10分で彼の肉体は砂になるだろう。

 それでも彼は今この場で不退転の覚悟を決めた。そうして彼は地面を蹴った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

ゴミ捨て場領主のクラフト無双 ~最弱魔法【分解と合成】で領地を黄金郷に変えたら、俺を見下していた大貴族令嬢たちが掌を返してすり寄ってきた件~

namisan
ファンタジー
東西南北の大貴族から「毒の川」「凶暴な魔獣」「莫大な借金」を押し付けられ、王国の『ゴミ捨て場』と化したローゼンベルク領。 父と兄を謀殺され、その絶望の領地を押し付けられた無能貴族のアークは、領地の分割を企む高慢な令嬢たち(王女、公爵令嬢、姫将軍など)に嘲笑われていた。 だが、彼には現代の知識と、隠された最強チート能力があった! 触れたものを瞬時に素材に戻し、全く別のモノに作り変える神の御業――【分解と合成】。 「毒の川」を分解して『超高価な宝石と純水』へ! 「魔獣の死骸」と「瓦礫」を合成して『絶対に壊れない防壁』へ! 借金取りには新素材を高値で売りつけ、逆に敵の経済を支配していく。 圧倒的なクラフト能力で、瞬く間にゴミ捨て場を「無敵の黄金郷」へと作り変えていくアーク。 己の敗北を悟り、震え上がる悪徳貴族と高慢な令嬢たち。 さらに、アークの圧倒的な知略と底知れぬ実力は、気高い令嬢たちの本能に深く刻み込まれていく。 「どうか、私をあなたの手駒としてお使いください……っ!」 プライドを完全にへし折られた最高位の美少女たちは、いつしかアークの与える『恩恵』なしでは生きられないほど、彼に絶対の忠誠と依存を誓うようになっていく――。 最弱のゴミ捨て場から始まる、爽快クラフト内政&ざまぁファンタジー、堂々開幕!

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

黄金の魔導書使い  -でも、騒動は来ないで欲しいー

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。 そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。 ‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!! これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。 「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

処理中です...