最恐ドラゴンの恋愛指導〜美人で冷酷で常識のない最強賢者に愛を教えるのは、俺には荷が重いです!〜

清水柚木

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最強賢者が、魔王軍を蹂躙する時。

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雨が地上に降り注ぐように天から落雷が落ち、大地を黒く染めていく。それだけではない。古き時代より栄光を誇った城も激しい雷の力で、打ち壊されていく。美しかった庭園は燃え盛り、嘆く兵士にその業火を止める術はない。

まるで地獄絵図だ。こんなはずではなかったのにと、庭園を見渡す王城のテラスで王は嘆く。

王をぐるりと囲む事で護衛する兵士達が剣を向ける先には、白い法衣に身を包んだ人間が立っている。その背後は死体の山だ。

王の間は兵士から流れる血で、かつてあった庭園の芝生のように緑に染まっている。

「実に情けない姿だ。それが世界を支配しようとした魔王の成れの果てだとは……」

愉悦に満ちた表情を浮かべる人間の手には、一振りの大剣が握られている。背丈と同じ長さの剣は、緑に染まっている。

「貴様……良くも我が配下を!しかも女子供まで皆殺しとは‼︎貴様に良心はないのか!」

「さぁ?そんなものは知らないな」

フッと笑うと、人間は剣を大きく振る。

剣から衝撃波が現れ、魔王を守っていた兵士は音を立てる事なく無惨に半分になり、その命を輪廻のこちわりに還す。

魔王はごくりと唾を飲み込んだ。最強賢者と言われるのは伊達じゃない。眉唾物だと思っていたのに、まさか人間でこんなに強い生き物がいるとは!

何千といたと兵士は全てこの人間に殺された。たったひとりの、しかも女に!

魔王にとって人間など簡単に殺せる生き物だった。それこそ指先一本で切り裂ける、脆弱な生き物。そんな脆弱な生き物がこの世界を支配しているのはおかしい。自分たち魔物こそが、世界の覇者になるべきだ!そう言い放ち、世界征服宣言をしたのが先週末。その結果がまさかの全滅とは……。

「やはりファフニールの言う通りだったか……」

魔王は後悔と共に呟く。

ファフニール。世界征服宣言の前に共闘を申し込んだ最恐ドラゴン。魔王である自分ですら、彼の前では弱者に思えた。

「ファフニール?最恐ドラゴン、ファフニールか?最近、姿を見せなくなったが、お前、居場所を知っているのか?」

「――――ッう!」

魔王の目の前には剣の切先がある。いつの間にここまで距離を縮められたか分からない。いつの間に周囲の兵士が殺されたか分からない。守るように背中に隠した自分の妻と子供だけが、涙を流しながら荒い呼吸をしている。

「言えば……子供と妻を見逃してくれるのか?」

実に卑怯な発言だと魔王は息を呑む。周囲に倒れる兵士たちは我が子や愛する妻、老いたる両親を守る事なく、魔王である自分を守り、散っていったのに。

だが3つある目で周囲をギョロギョロ見ても、誰の呼吸も感じない。世界征服のために集めた魔物たちは、誰ひとりとして生きていない。

「これは、これは、魔王ともあろうものが――クク、実に滑稽だな?だが良いだろう。ファフニールの居場所を言えば、お前の家族の命については考えてやっても良いぞ?」

「か……考えるではダメだ!言ったあとに気が変わったと言って殺すだろう!人間は卑怯だからな!殺さないと神に誓え!」

「フ……用心深いな。神……ね。神に誓えば満足か?」

剣先間近で魔王は首を縦に振る。その姿を嘲笑する様に女性は剣を下ろした。

「良いだろう……この世界におわす全ての神々に誓おう。ファフニールの情報を漏らせば、お前を含めた家族は殺さない」

魔王はふうと安堵の息を吐く。

ファフニールと死んでしまった部下達への後ろめたさは、家族への愛に消えた。

「ファフニールは大陸の北にあるレイヴォネン王国の東にある活火山にいる。活火山の中腹に大きな洞穴があり、そこがやつの巣だ」

「そうか……それはありがとう――な!」

「――――グっっ!……ひ……卑怯な……」

魔王の身体の中心には大剣が深々と刺さっている。魔王だけではない。その妻子をも貫く剣を、女性は力任せにぐるりと回す。その勢いで魔王は妻子と共に床に身体を投げ出される。

城中に響き渡る家族の断末魔に女性は愉悦の笑みを浮かべる。返り血ひとつ浴びる事なく、抜いた剣を無造作にぶんぶんと振り回す。

「私は神を信じない。残念だったな」

「貴様、卑怯な……の……呪ってやる……」

「呪う?それは楽しそうだ。やってみるが良い」

女性は言葉と同時に魔王の頭を踏み潰す。ぐしゃっと音がしたと同時に緑色の体液が周辺に飛び散る。

「家族仲良く殺してやったんだ。感謝して喜ぶべきだろう?」

靴底の体液を床に擦りつけ、女性はテラスから、かつて庭園だった景色を見回す。

そこには魔物の死体から流れ落ちる緑色の体液と、空に大きく展開した魔法陣から落ちる雷、黒く染まる大地、燃え盛る炎、そして無機質な城の瓦礫が広がるばかりだ。

「……美しくないな」
緑、黄色、燃え盛る炎はオレンジ色、魔王軍の軍服は茶色、転がる瓦礫は灰色。まとまりがなくて好きじゃない。

眉をひそめた女性は大きく手を振る。空いっぱいに広がる魔法陣の形が変わる。

「醜いものは好きじゃない。弱いものはもっと嫌いだ」

女性の手の一振りで、辺り一帯が闇に包まれた。空に広がる魔法陣が、地上にある全ての存在を許さないかの様に吸い込んでいく。

「全て消え去れ……」

残酷な笑みと共に、女性はその場所から姿を消す。
そして確かに存在していた魔王軍は、消えた。この世界に初めから存在していなかったように。
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