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最恐ドラゴンが人間世界を満喫する時。(2)

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俺が渡した冒険小説は気に入ってくれたようだ。行儀悪いなぁと思うけれど、俺も良く夢中になって食事を抜いたりするから気にしない。

いそいそと夕飯を運んで、アストリッド様のグラスにワインを注ぐと、本に栞を挟んでテーブルに置いた。さすがに食事の時は本を読まないでいてくれる。

だけど『いただきます』の挨拶はない。やはり常識はないみたいだ。

それはともかく、今日の赤ワインは安いけれど美味しいワインだとテレビで紹介されていたものだ。グルメなアストリッド様に気に入ってもらえると良いな。

「この国の王がファフニール討伐パーティーをするそうだ。そのパーティーに呼ばれた」

「へ?」

驚く俺を無視してアストリッド様は招待状を投げ、赤ワインをゴクリと飲む。

「……若いな」

おお、赤ワインの評価も完璧だ!テレビでも専門家が言っていた、ではなく、招待状を開けて見ると確かに招待されている。

俺の討伐パーティーとは意味が分からないが、ここにいけば出会いがあるはずだ!

なぜなら俺はここ数日、町に買い物に出て人々の話を聞いた。
皆が言うにはアストリッド様がこの国に住み始めてから、魔物の被害が減ったそうだ。それはアストリッド様が魔物を退治しているからではなく、ただ単に魔物がアストリッド様を恐れて国周辺から逃げていったからだ。それを王様は知っているはずだ。となると討伐パーティーはアストリッド様を呼び出すただの口実。待っているのは王様の息子とか親戚とか、重役の息子とか息子とかとのお見合いだ!

その誰かにアストリッド様が惚れれば俺の役目は終わり!アストリッド様の読んでいる小説も段々と恋愛要素が強くなっているから、大丈夫……だと思う!

「俺の招待状もある!行きましょうよ」

「そうだな……恋愛は相手がいないとできない。ぜひ行くとしよう」

やった!アストリッド様の乗る気だ!

「ところで、アストリッド様はドレスを持っていますか?」

「ドレス?あるわけがないだろう。いつもの服でいいだろう」

「いつもの……服」

アストリッド様の洗濯も俺の仕事だ。だから知っている。アストリッド様が白い法衣しか持っていないことを……。

「ドレス買いましょう……」

「ドレス?いらないと言っているだろう?」

「要ります!というか必須です!ドレスがないと恋愛には発展しません。恋愛には必須アイテムです。ギャップ萌え大事!素敵なアストリッド様を見せましょう、コーディネートは俺に任せて下さい。誰よりも素敵なアストリッド様にしてみせます」

ふすんと息を吐いてアストリッド様を見ると、俺の勢いに気押されているのが分かる。そうか、この勢いならいけるみたいだ。アストリッド様を圧倒できる。

「……わかった。お前に任せる」

よし!勝ち取った!明日はドレス選びに行こう!



◇◇◇





森の中を姿を隠しながら走る。自分にこんなことが起こるとは思わなかった。こんなことができるとも思わなかった。

「――――!」

人の声が聞こえ、咄嗟に大樹の幹に身を隠す。俺を追ってきた人間だ。

「いたか?」

「いない、どこに行ったんだ?」

「腐っても【勇者】だ。スキルの恩恵で姿を見えなくしているかもしれない」

「新たなスキルに目覚めた可能性があると言うことか」

「そうなると、厄介だな。あの方に知らせなければ……」

口々に聞こえる話し声が俺の心臓をバクバクさせる。
早く行ってくれ。まだこのスキル【隠密】はまだ長く使いこなせない。

足音を立てずに男たちが走り去る。
安堵の息を吐いて、木の幹からそっと出る。

空には二つの月が浮かぶ。大きな月と小さな月。俺が知らない世界だ。俺の知っている世界では月は一つだったのに!

「逃げなきゃ!」
少しでも遠くに、あの女の魔の手から一刻も早く!
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